1-2 野蛮人なんて恨むんじゃねえぞ

「――きゃああああああぁっ!?」


 悲鳴と轟音。船体が揺れ、衝撃に少女――アーシャ・エステバンは悲鳴を上げた。

 感じたのは、体が浮くような落下感――そして本能的な恐怖だった。固くすくんだ身にシートの安全帯が食い込んで、痛みに息がひきつった。

 天井灯は赤く明滅し、緊急事態を船内に知らせている――緊急事態だ。


 数分前までこのフライトバスは、各“浮島”を行き来するという役割を果たすために空を飛んでいた。空のはるか上、雲海上をすべるようにして飛び、乗客を次の浮島へと運ぶ。何も起きるはずのない、快適な旅が続くはずだった。

 だがそれももはや遠い過去のよう。スピーカーからは焦燥をにじませた船員の声が響く――


『緊急警報、緊急警報! 現在当船はメタルの襲撃を受けています! 搭乗員は安全帯をしっかりと締めて、衝撃に――っ!?』


 今度の悲鳴はそのスピーカーからだった。

 次いでまた轟音。乗客の悲鳴――そして船体がまた傾ぐ。今度は横から殴られるような衝撃だった。

 間違いない、何かが衝突してきたのだ。

 だが、何が?


「おい、アレ――」


 その声は誰があげたものだったのか。

 声に強制されたように、一斉に皆がそちらを見やった。そこにあったのは窓だ。フライトバスの外。


 ――そこに、それはいた。


 銀色に輝く四足獣の巨躯。地上で学んだのだろう、それは百獣の王の姿をしていた。だが四足獣にはあるはずのない翼を広げて、フライトバスに併走している。

 人殺しの獣――メタル。

 間違いなかった。人類の天敵。メタリアル・ライヴズ――旧文明の負の遺産が、このフライトバスを見つけたのだ。


 途端に船内はパニックに陥った。

 悲鳴を上げる者、安全帯を外して逃げ出そうとする者、身を固くして祈る者。誰も彼もが混乱する中で、アーシャがしたのは決意することだ。

 ここに戦える人はいない。自分以外には、誰も。このままでは、みんな死ぬ。

 ――なら、自分がやるしかない。

 安全帯を外して席を飛び出した。目的地は貨物室の、更に奥。


「アーシャ!? なにする気!?」


 同じ故郷から旅をしてきた友人の叫びに、アーシャは叫び返す。


「あたしが出る! 格納庫に<>があったの――時間を稼がないと、みんな死んじゃう!!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「――エントリーっ!!」


 宣言と共に、ムジカは交戦空域へと飛び込んだ。

 <ナイト>の調子は最悪だ。フライトグリーヴからは異音。背部のブーストスタビライザーも調子が悪い。手に持つガン・ロッドは装甲に亀裂が入っており、この前これで敵をぶん殴ったことを今更後悔していた。

 だがそれで戦意が消えたりはしない。

 ブースターを機動。魔力を吸い上げたブースターが、蒼い火を噴いてナイトを押す。機体を強引に加速させて、ムジカは戦場へと向かう――


 件のフライトバスはすぐに見えてきた。空の真っただ中を護衛もなく飛んでいる。

 そしてそのバスにまとわりつくように、二体のメタル。全高はおおよそ2.5メートル。ムジカの駆る<ナイト>とタメを張る。

 見たままを語るなら、それは“金属質な表皮の羽根つき獅子”だ。雌雄で一つがい、形はまさしく四足獣。人の体など簡単に潰せそうな顎と牙を持ち、四肢の末端には鋭利な爪。

 翼をはためかせて飛ぶその姿は、シンプルに異形だ――が、ムジカは見切った。学習の浅い個体だ。敵ではない。

 と、フライトバスへとリムが通信を飛ばした。

 

『こちら傭兵登録ナンバー3210、ラウル傭兵団。貴船のエマージェンシーを受信した。当戦場は我らが請け負う。貴船は即時離脱を――』


 その通信を、他人事のように聞き流しながら。

 

「……あん?」


 ふとムジカは瞬きした。

 見間違いかとも思ったが、違う。視界にはバスとメタルの他に、もう一つ異物が映っていた。メタルとはまた違う、だが金属質な輝きに目を細める。


「おい、ラウル? あのバス、一機ノブリス出してねえか?」

『あん? そんなはずはないだろう。戦力があるならエマージェンシーコールなんざ飛ばすわけがない』

「とは言うけどな……マジでなんかいるぞ?」


 疑うラウルに言い返す。実際、そこに一機のノブリスがいるのだ。見間違いではない。

 そのノブリスもまた、メタルと同様にバスにまとわりついているが。こちらはバスを守るように立ちまわっている、らしい。素人なのか動きはすこぶる悪く、空で“おぼれている”ようにすら見える。


 ノブリス・フレーム――通称ノブリスは浮島と同様に、人類が生き残るために作り上げた魔道具だ。搭乗者の魔力を動力源として稼働するパワードスーツで、搭乗者にある種の才能を要求するその代わり、搭乗者を空を舞う戦士に変える。

 その要求される才能というのが、すなわち魔力適性だ。

 貴族が魔術師と融和した現代では、“青き血”などとも呼称される。

 そうしてノブリスを駆って戦場に立つ者を今は“ノーブル”と呼び、いくつかの特権と裕福な生活の対価として“空で舞ノブリス・義務オブリージュ”を背負うのだが――


(ノーブルがいるなら……ノブリスを出せるなら、なんで俺たちを呼んだんだ?)


 と。答えはリムの悲鳴のような通信だった。


『アニキ、急いでください! アレ、ノブリスじゃねえっす!!』

「……はあ? 何言って――」

『アレ、<サーヴァント>っすよ!!』


 その言葉を聞いた瞬間に。

 ムジカは舌打ちと共に、ブースターにくべる魔力を増やした。機体と全身が軋んで嫌な音を立てるが、気にしてられない。

 亜音速でかっ飛んで、即座に戦場に乱入した。

 眼球だけを動かして状況を探る。最大船速で逃げ出そうとするバスに、空と正面から襲い掛かるメタル。そしてそのメタルをどうにかしようと、空で溺れながらも立ち回る<サーヴァント>――

 ただの作業用エクゾスケルトン。ノブリスであって、ノブリスではないもの――武器も持てない、平民でも使用可能な紛い物。


(どこのバカだ! <サーヴァント>で戦闘行為やらかすバカは!!)


 胸中であげた罵声と共に。

 射程圏内。ガン・ロッドを即座に乱射した。マギブラスト――俗に魔弾と呼ばれる、高密度に圧縮された魔力体がメタルを穿たんと飛来する。

 乱入者の攻撃に、メタルは機敏に反応した。身を翻して後方に離脱。回避した代わりに襲撃対象から距離が離れる。

 乱入者に敵意のこもった視線を投げるが、すぐには動きを見せない。それは観察の貯めの時間だった。


 その隙に、ムジカはメタルとバス、そして<サーヴァント>の間に割って入る。

 空のただ中で静止し、ムジカは冷静に敵を見返した。

 状況は間違いなく不利だ。一対二、こちらはいつ壊れてもおかしくないオンボロの<ナイト>のみ。それに加えて足手まといが二つ――

 その一つ。間違いなく素人なのだろう、<サーヴァント>が声をかけてきた。

 女の声だった。


「あ、あなたは――」

「――バカ野郎が!!」

「え!?」


 だが付き合いきれず、振り向きもしないで罵声を返した。


「戦えない奴がなんで戦場に出た!! 英雄ごっこがしたけりゃ他所でやれ!」

「な、は……はあ!? あ、あんた――」

「邪魔だ、下がってろ!」


 反論は罵声で遮って。

 

(――きたっ!!)


 予兆はない。二頭の間で目くばせなどもない。

 だが見ていた――だから反応した。

 メタルの一頭、雄獅子が翼を羽ばたかせる。直後に――その翼の動きでは絶対にあり得ないほどの速さで――飛びかかってくる。

 メタルは物理法則に支配されていない。本質的に“それ”は魔道具だからだ。どこかで魔術によるごまかしを行っている。この場合はおそらく飛行そのものだ。

 飛べるはずもない大きさ、重さの物体が、あり得ない速度で空を飛ぶ――


(そいつは、ノブリスも同じだがな)


 不敵に唇を吊り上げると。ムジカは当然のように受けて立った。

 突っ込んでくるメタルにこちらもまた踏み込む。同時に合わせたガン・ロッドの射線。

 気づいたメタルが普通ではあり得ない速度で下方へ逃れた。銃口を合わせただけで大げさな回避軌道だが、敵は見ただけでこちらの破壊力を理解している。

 ムジカはその動きには付き合わなかった。ガン・ロッドを撃ちもしない。目がいいのは最初の一当てで知っている。


 だから雄獅子は無視して直進すると、即座にムジカはガン・ロッドを頭上へと振り上げた。

 雄獅子は陽動だ。自らを囮にして視線を誘導、その間に頭上へ移動した二頭目が襲いかかってくる連携。気づいていれば、見ないでも当てられる。

 カヒュン、と弾丸が放たれた。空から降ってきた雌獅子はこの不意打ちを予期していない。

 飛来する魔弾は雌獅子の口腔に吸い込まれ、体内を著しく破壊したうえで爆発した。腹部から風船のように爆散し――その直後、メタルの体が砂に変わって散っていく。

 銀色の砂だ。これこそがメタルの本来の姿だと言われている。何物にも自在に姿を変えることのできる砂。


(自己増殖し、人の思考を見透かして、変質する……厄介なもんを作ってくれたもんだ、古代人ってやつは)


 雌獅子を撃破した後も、ムジカはその場に留まらなかった。

 メタルに感情はない。仲間が撃破されても敵は停滞なく行動する。だからこちらも一喜一憂する暇などない。

 正面から下、そして上へと視線を誘導させられたのだから、次の攻撃は下からだ。

 視線をくれてやれば、下方に陣取る雄獅子の頭部が変形している。獅子をかたどっていたはずの顔が、粘土細工のように形を変えた。

 

 牙の生えた口腔が真円を作る。

 それが銃口だ、と気づいた瞬間に、ムジカはブースターを噴かして急速上昇。

 ムジカの残像を射抜くように、暗赤色の光が貫く――間違いない。ムジカが雌獅子を破壊したのと同質の、魔弾だった。


(学習が進んだか。これだからメタルは嫌いなんだ)


 あのメタルは“遠距離攻撃”を学習した。ムジカに出会う前までは、身体能力による暴力しか知らなかったのが、だ。

 これこそがメタルの脅威だった。際限なく学習し、いつか効率的な手段を手に入れる。人間を殺すための手段を。

 だから人類は、幾度かの争いの後に空へと逃げた。いつしかメタルが完璧な人殺しの手段を身に着けてしまう前に。

 見つかることすらないようにと、雲海を隔てた空の上へ――


(だが、見つかった以上は倒されてやるわけにもいかないんでな――)


 と。


 ――Beep! Beep! Beep――!!


「――はあっ!?」


 バイザー内に響き渡る緊急アラート。慌ててバイザーに情報を展開すれば、アラートの原因はすぐ見つかった。


「ガン・ロッドが故障!? 魔力供給なし……マジかよ、焼き付きやがった!?」


 まさかの展開に悲鳴を上げた。危ぶんではいたが、よりにもよってこのタイミングで最悪を引くことになるとは考えもしなかった。

 そしてその隙を逃すメタルではない。


『――アニキっ!?』


 リムの悲鳴。咄嗟に反応できたのは、これまで積んできた経験のおかげだった。

 口から銃口を突き出した雄獅子が、魔弾を吐き出しながら迫る。

 魔弾が当たればよし、当たらなければ回避に手間取った隙を肉弾戦で狩る。そういう腹積もりだと悟った。


「こなくそ……!!」


 最小限の回避で魔弾を見切ると、ムジカもまた突っ込んだ。その場に留まるか、逃げるか。そう読んでいたはずの相手の意表を突く形で飛び込む。

 飛びかかろうとしていたために間合いを測り損ねたメタルの口に、ムジカはガン・ロッドを叩き込んだ。

 ヒビだらけの銃身が大きく砕け、衝撃に雄獅子が大きくのけぞる――


『あー!? あーしのガン・ロッドー!!』

(あいつ鬼だろ、やっぱ)


 またリムの悲鳴。だがそれも一旦は無視して。

 腰部ラックからダガーを引き抜くと、ムジカはガン・ロッドを手放した手で、雄獅子の頭部を掴み取った。

 抵抗する獣の眼光を、こちらもまた睨み返して。

 冷たく告げる。


野蛮人バーバリアンなんて恨むんじゃねえぞ」


 そうしてムジカは、ダガーで雄獅子の頭部を掻き切った。

 そのまま頭部だけ持って、メタルを蹴飛ばして離脱する。頭を失ったメタルはその状態でもしばし暴れ続けたが。

 十秒を数える頃には、雌獅子と同様に砂へと化けた。死んだのだ。

 これもまた、メタルの特性だ。魔道具と同時に“使い魔”でもあるこの奇妙な生物は、生物であるがゆえに急所が存在し、生死がある。根本的な部分で生体を模倣するため、生物として殺すことができる。


 崩れ始めた頭部からガン・ロッドを引き抜くと、ムジカは辺りを見回した。

 敵の姿はもうない。ならば、これで戦闘終了とみていいだろう……

 と、そこでリムが声を上げた。

 なんというか、泣きたそうな声だった。


『アニキー……なんてことを……ガン・ロッド一本買うのに、どれだけお金かかるのかと……』

「うるっせえな。壊れたガン・ロッドなんぞ、鈍器以外にどう使えってんだ」

『修理すれば直ったかもしれなかったっすよ!? どうすんすかそれ! 銃身思いっきりねじくれてるじゃないすか! 廃棄決定っすよ、お金ないのに!! どうすんすか、どうすんすか!?』

「あーあーはいはい。お説教は後にしてくれなー」

『あ、ちょっと!?』


 通信をそこで終わらせる。まだリムは文句が言い足りなさそうだったが、正直言えば付き合いきれない。戦闘の後で聞きたいものではないのは確かだった。


(とはいえ、話聞いてやらねえとへそ曲げやがるからな、あいつ。あー……帰りたくねえ……)


 と。


「あ、あの……」

「……ああ?」


 不意に話しかけられて、つい不機嫌な声が出た。というか、空にいてどうして誰かの声が聞こえたのかと訝しんだのだが。

 ふと振り向いた先に、武器も持たないノブリスもどきを見つけて。きょとんとムジカは呟いた。


「ああ、さっきのバカな<サーヴァント>か」

「なっ!?」


 まだ逃げてなかったらしい。素直にバカ呼ばわりされて驚いたのか、その<サーヴァント>は硬直していたが。

 危機が去ったのならさっさとバスまで戻ればよいものを、と思う。何か文句でも言いに来たのかもしれないが、付き合う気にもならず、ムジカは矢継ぎ早に呟いた。


「悪いが、俺の仕事はもう終わった。交渉ならうちの団長とやってくれ。じゃあな」

「交渉って……いや、そういう話がしたいんじゃ――あ、ちょっと!?」


 そして言いたいことだけ勝手に言うと、ムジカは<ナイト>のブースターを噴かして自分たちの船へと戻った。

 こちらを睨むような気配に気づいてはいたが、どうでもよかったので無視した。

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