五郎

 蒸し暑い夜だった。

 終電に駆け込んで、なんとか家の最寄り駅まで辿り着いた俺は、アルコールの回った身体を引きずりながら家路についた。久しぶりに大学時代の同期と会って飲んだもんだから、楽しくてふわふわした状態で帰っていたのを覚えてる。


 駅から家までは20分くらい歩くんだけど、近道を使うと5分くらい短縮できて。


 ただ、その近道ってのが結構不気味でさ。その道、まあ見た目は普通のトンネルなんだけど、なんか変なんだよ。

 普通、トンネルってどこでも多少のゴミや落書きがあるもんじゃん?それが、ここだけは一切ないんだよ。全部新品みたく綺麗で、ゴミどころか草の一本も生えちゃいない。んでトンネルだから、当然そこにもライトがあるんだけど。普通の、天井についてる白色のライト。


 そのライトが点滅している間は絶対にそのトンネルを通ってはいけないらしくて、それを破った奴は必ず不幸な目に遭うって噂があったんだ。


 まあ単なる噂だろうとは思ったんだけど、やっぱり気持ち悪いし、無理に通らなくても駅まで行けるから普段は無視してたんだよ。




 んで、どこまで話したっけ。

 あ、そうだ。それでそのトンネルを通ったのよ、俺。酔った勢いで。


 中は思ったより涼しくて、酔い覚ましに丁度いいな~とか思いながら進んでいったのよ。変な噂もあったけどまあ大丈夫でしょ、みたいなテンションで。



 半分くらい進んだあたりでライトが点滅し始めた。夜だからトンネル内は真っ暗になったりして、酔ってるとはいえちょっと不安になったりもしたのね。


 流石に不気味だなとか、早く抜けたいな、みたいなことを考えながら歩いていくと、


 人がいたんだよ。トンネルの出口あたりに。いつの間に来たんだろう、とか思ったら、ライトがまた点滅して。




 ライトが点いたら、そいつ、俺の目の前にいてさ。




 まず目に入ったのは、顔だった。


 顔といっても、普通の人みたいに目や鼻がついている訳じゃない。

 そこには“穴”があった。底が見えないほどの縦穴が。向こうの景色が穴越しに見えることもない。



 直感的に、「ああ、この穴は地獄に繋がっているんだなあ」と思った。



 その時、わかっちゃったんだよ。




「俺が死ぬ時、こいつは必ず俺を迎えに来るんだろうなあ」って。




 その日は半狂乱になりながら、とにかく走って逃げた。




 ただ……あの、これからが本題なんだけどさ。



 そいつ、あの日からずっと俺に着いてきてるんだよ。



 電柱の裏とか、会社のフロントとか、電車の接合部分……車両と車両の間の、ドアがあるとことか。


 最初は幻覚かと思って精神科行ったり、有名な霊媒師の人に除霊してもらったりしてもらったんだけど、どれも効果はなかった。




 それから……もう5年くらい経つかな。

 もう俺も慣れたもんで、冷蔵庫のドアを閉めた時にこいつがいても驚かなくなったよ。




 笑いながらそう語る友人は、隣の席の“そいつ”と顔を合わせた。

“そいつ”は友人と肩を組みながら、卓上のタブレットでカルーアミルクを注文した。

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五郎 @Gorochi

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