第四十七話 無慈悲に潰す

「……ふぅ。全く、想定外もいい所だ。まさか、小川宏紀に後れを取るとは」


 戦場から一瞬で離脱し、ダンジョンの第1階層にまで逃げ込んだ藤堂信也は、損傷した自らの身体を、世界をも欺く幻術――《偽神幻界ヤルダバオト》で世界を騙す事で、傷を無かったことにし、完治させる。


「だが、問題はない。早急に執り行おう」


 そう言って、信也はその場で膝を付くと、地面に両手を当てた。

 刹那、地面に広がるのは青白い魔法陣。

 先ほど発動させた、誰よりも秘匿していた固有魔法――《万想継承クレーロノミア》。

 それにより解放された高濃度のエネルギーを、魔法陣にして纏めたのだ。


「ふぅ……始めよう」


 全能力を掛けた、ダンジョンを欺く幻術を。

 次の瞬間、魔法陣の青白い光は、より一層強くなり――そして。


 パチッ


 した。


「……は?」


 訳が分からず、呆けた声を上げながら茫然自失とする信也。

 すると、そんな信也の背後に音も無く1つの人影が現れた。


「なるほど。魂のエネルギーか。ダンジョンが、人知を超えた様々な物を差し出してでも欲する理由が、これを見れば良く分かる」


「なっ!?」


 振り返れば、そこには漆黒の大鎌を携えた、1人の男が立っていた。

 そんな男の右手には、凝縮されたエネルギーが、球体として収まっている。


「ただ、ここまで加工するのが難しいと見た。俺でも、これはキツいかな」


 そう言って、男はぎゅっと拳を握り締め、そのエネルギーを取り込んだ。


「返せ! それは、我らが悲願を成し遂げるために、必要なものだ!!」


 信也は心の底から怒りを露わにすると、幻術を全力で発動させ、姿を完璧に隠蔽してから死角を突くように突貫する。


「幻術の精度も申し分なし。こんなのをダンジョン相手に使われなくて、本当に良かった」


 それに対し、男はそう言ってその場で漆黒の大鎌を一振りした。


(ん……? 何をした?)


 突然の奇行に、信也は眉を顰めながらそんな疑問を浮かべる。

 だが次の瞬間、信也は驚愕する事となった。


「……は?」


 気付けば、信也は5歩後ろに下がった場所で、地面に倒れていたのだ。

 そこは丁度10秒前に、信也が居た場所。


「10秒前のお前を斬った。もう終わりだ」


 そして今の言葉で、信也は自分が何をされたのかを悟る。


「馬鹿な……ごふっ 過去を……ごほっ 斬った……だ、と?」


 胴を両断された信也は、血反吐を吐きながらも、力を振り絞るようにしてそう言葉を吐き出す。

 それに対し、男は心底どうでもいいといった様子で信也を見下ろしながら口を開いた。


「ああ。それが一番、手っ取り早かったからな」


 そう言って、男は信也に手を翳す。

 これから放たれるであろうその一撃が、信也の命を容易く奪うのは、もはや確定。

 そんな中で、信也は最後の力を振り絞って言葉を紡いだ。


「お前、は……何者、だっ……?」


 その問いに。


「答える必要は無い」


 男は無情にもそう言うと、闇の魔力を解き放った。


(化け物、が……)


 そうして。

 佐藤時光と並んで、多くの人々を恐れさせた稀代の幻術魔法師。

 藤堂信也が、今までの積み重ねを根底からひっくり返すかのように、あっけなく散るのであった。


 ◇ ◇ ◇


「全く。《時空神の加護クロノス・ブレス》のクールタイムが終わってから、来て欲しかったな」


 お陰で、そのクールタイムを消費する為だけに中々の魔力を消費して、時を加速させたよ。

 割に合わない事が多い、無理やりのクールタイム短縮だが、今回ばかりは役に立った。

 そう思いながら、俺は転移魔法で拠点に戻る。


「マスター~~~!!!!」


「おうっ……と」


 すると、俺は帰還早々背後からルルムにド突かれた。背中から俺の腹に手を回し、背伸びしながらぎゅっと抱き締めてくるルルムを微笑ましく思いながら、俺はそんなルルムの両手を優しく包み込んであげた。


「えへへ~……」


 そしたら、見ずとも分かるぐらい顔をへにゃりとさせて笑った。

 気が安らぐな……ルルム。

 ありがとう。


「オカエリナサイ。マスター」


「お帰りなのじゃ、ご主人様。して、終わったかの?」


 その後、遅れてロボさんとアルフィアがやってきた。


「ああ。終わらせてきた。これで、最悪の事態は回避できた筈だ。後は、そろそろ上で大量に出て来る筈の魔物を片付ければ、終了だ。金が結構貰えるだろうから、それで色々な飯が食えるぞ。娯楽もいくらか楽しもう」


「おーそれは楽しみじゃのう」


 俺の言葉に、アルフィアは一目見て分かるレベルでにっこにこだ。


「さてと。そんじゃ、いつ来るかは《世界ノ掌握アルケニア》で把握済みだから、それまではまた休息だ」


 そう言って、ベッドにゴロリと寝転がる俺。


「マスター~~~~」


 すると、俺の上に定位置とばかりに乗っかって来るルルム。

 横向きで寝転がる俺の上から、抱き着く様に乗っているルルムは、心底幸せそうな表情だ。


「……結局、俺の居場所はここなんだよ」


 人間として、地上で暮らす未来だってそりゃ思った。

 だけど……俺はもう、人間であって人間でない。

 地上で生きる事は出来ても、暮らす事は出来ないんだと思うようになってきた、今日この頃であった。

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