第二十五話 ルルム、やめいっ!

 暖かな風が、頬を伝う。

 柔らかな感触が、頭を優しく包み込む。


「……朝か」


 すっかり明るくなったこの場を見て、俺はポツリと呟いた。

 もっとも。上から差し込む光は、一晩中俺の膝枕をしていたのであろうアルフィアの豊かな胸と、俺の顔を覗き見る頭によって遮られているが。


「起きたかの。ご主人様にしては、長い睡眠じゃったな。今は……大体昼が始まってから5時間程じゃ」


「なるほど……その間、ずっとこのままで居てくれたのか。すまん」


 夜が始まってから、どの程度経ってから寝たのかを思えば、おおよそ10時間は寝ていた事になる。その間、寝ずにずっとこの体勢をさせてしまったのは、素直に申し訳なく思ってしまう。

 すると、アルフィアはかぶりを振って嘆息してから、口を開いた。


「別にこの程度、苦でも無いわ。侮るでない。むしろご主人様の寝顔を堪能できて、妾は満足じゃ」


 そう言って、アルフィアはちょっと気恥ずかしそうに笑みを浮かべた。


「そうか……ありがとう」


 そんなアルフィアを前に、俺は目を瞑ると、穏やかな笑みを浮かべて礼を言った。


「……それで、ルルムとロボさんは……家の中か。ロボさんはともかく、ルルムが家で大人しくしているのは珍しいな。起きてたら、大概遊びに行く魔物をぶっ殺すか、俺の所に来るかの2択だろ?」


「うむ。ルルムは数時間程前にここへ来ておったぞ。まあ、気を遣ってくれたのじゃ。後で感謝してやるとよい。ロボさんは……命令されなければ、何もせんじゃろ? 今は全員ここにおるし……つまりはそう言う事じゃ」


「なるほどね」


 ルルムに気を遣われる日が来るとは、思わなかったな~。

 どうせなら、その様子をこの目で見たかった気もするが……過去視は需要が無かったせいで、開発して無いんだよね。

 創るのには時間の掛かりそうなやつだし……まあ、いっか。


「さて……と。もう少しこのままでいたいという俺の我が儘、聞いてくれる?」


 アルフィアの膝枕がどうやら気に入ってしまったようで……気が付けば、俺はそんな言葉を口にしていた。すると、アルフィアは一瞬瞠目した後、優しげな笑みを浮かべると、俺の頬を手で優しく包み込んだ。


「うむ。こんなご主人様も、悪くないのう……」


 なんだかご満悦そうだ。

 まー確かに、戦闘以外で頼る事なんて今まで一切無かったもんな。

 新鮮……なのだろう。

 すると、ふと家の方からこちらへ向かってくる気配を感じた。この気配にしては大層珍しく、控えめな感じだ。


「……ルルム。来ていいよ」


 随分と気を利かせてくれるアルフィアの事だ。きっとルルムにも、大方説明はしてあるのだろう。

 まあ……ルルムはちょっとお馬鹿系のであるが故に、過度な表現を使ってガツンと言ってやったに違いない。でなけりゃ、ルルムがここまで消極的になるなんてありえない。

 アルフィアにも言われた通り、俺たちは100年以上の付き合いなのだから――当然、これぐらいは直ぐに分かる。


「マスター……? 大丈夫……なの?」


 俺の所までやって来たルルムは、寝転ぶ俺の横にしゃがみ込むと、俺を心配そうに見つめて来た。何をどうしたら、あのルルムをここまで消極的にさせるのだろうか……ちょっと気になる。


「なあ、アルフィア。一応聞いておきたいのだが……俺の事、ルルムにはなんて言ったんだ?」


 下手に人間の事を悪し様に言ったら、即刻地上を更地に変えかねんぞ……と若干頬を引きつらせながら聞いてみた。すると、「ああ、その件か」と、なんて事無さそうに答えを告げる。


「上へ向かったご主人様が、魂魄損壊精神破壊を起こして帰って来たと伝えておいた。勿論、ルルムが納得してくれるように、原因は地上に居る人間だとな」


「ちょ――」


 アルフィアー!と、思わず叫びたくなる今日この頃。

 ちょ、何してくれちゃってんのマジで!?

 いや、確かにルルムも俺の事情はある程度知っているし、納得させるのならそれが最も確実な方法なのだが……それ、問題の後回しになってる感半端ないよ?どうするの?このままじゃ人間壊滅路線だぞ!?

 すると、俺の視線を感じ取ったのか、アルフィアがまるで誤魔化すように、しきりに俺の頬や髪を、さわさわと触り始めた。心なしか、視線もちょっと背けている。


「おいおい。どうしろと……」


「ごほん。まあ、あの場は凌げたのじゃ。ほれ、ご主人様の言葉なら、全部頷くじゃろ。ルルムは」


「まあ、そうなんだけどさ……」


 何かルルムの純情さと言うか、お馬鹿さというか……それを思いっきり利用する感じがして、心苦し――


「……いや、この前ドアをぶち壊してくれやがったから、その返しとでも思えばいっか。他にも色々と壊されてるし」


 色々とブチ壊す、ナチュラルボーン破壊神ことルルムになら、これくらいやってもバチは全然当たらないだろう。

 俺はアルフィアのなんとも言えない顔を視界に映しながら、ルルムに声を掛ける。


「ルルム。俺はもう大丈夫だから……もう気にする必要はないよ」


 すると、ルルムの表情が、目に見えてパッと明るくなった。そして、俺の腹の上で馬乗りになる。


「良かった〜〜〜! マスター〜〜~!! 」


 そして、ペタンと前に倒れ、俺の首横に顔を埋めた。俺はそんなルルムの背中にそっと手を回すと、さわさわと優しく撫でる。


「えへへ〜〜〜。後でルルムが地上に行って、人間を滅ぼしてくるから、マスターは安心していいよ〜〜」


 我が家の癒やし枠たるルルムさん。笑顔で人間滅殺を宣言する。

 無邪気で甘えん坊な子供って印象が強すぎて忘れがちだが、ルルムも立派な魔物なのだ。感性がちょっぴり俺と異なっている。


「……ルルムが滅ぼしに行く時間が勿体ないから、やらなくていいよ。ルルムは、俺の傍に居てくれれば、それで良いんだ」


 俺は猛烈に頬を引きつらせたい衝動に駆られながらも、それを圧倒的な精神力で抑え込むと、落ち着かせるようにそう言った。


「うん! 滅ぼさない。ルルムはマスターの傍に居る〜〜!」


 そう言って、ルルムはスリスリと頬を擦り寄せてくる。そして、アルフィアはその様子を微笑ましそうに見ているのだった。

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