第十二話 ネットカフェ

「ここが外か……懐かしい雰囲気だな」


 ダンジョンの入り口がある、大きい楕円形の建物の外に出て、真っ先に目についたのは、夜空に浮かぶ月だった。

 第600階層も、2時間の朝と10時間の昼、2時間の夕方、そして10時間の夜で構成されているから、久々の夜空という訳では無いのだが――それでも、本物は違うな。


「……じゃあ、行くか」


 さっきの建物は、すり鉢状の広場の中央に位置しており、その周りをぐるりと囲うように、なだらかな階段が並んでいる。

 俺はまっすぐ歩くと、そのなだらかな階段を上り始める。

 そして、丁度30段で上まで上がることが出来た。


「ああ……違う街に見える。アクトタワーも無いな。だけど、さっきの地図的に、ここが浜松で間違いないんだよなぁ……」


 そうボヤきながら、俺は多種多様な店や高いビルが立ち並んでいる周囲を見やった。

 何となく、近未来的な感じがする。

 それにしても、見知った街なのに、初めて来た感じがするのは、何だか不思議な気分だ。


「……でも、300年経ったにしては、意外と進んでない……のかな?」


 そんな街並みを前に、俺はそんな言葉を口にする。

 300年。それだけあれば、技術の進歩は相当なものになっていることぐらい、用意に想像つく。

 だが、実際はそこまで……って感じだ。

 進んではいるが、300年前の時点で既に構想が立てられていた物が大半のように思える。


「……まあ、意外と難しかったのかもな。さて、それよりさっさとネカフェに行って、手っ取り早く調べないと」


 この300年間で、何が変わったのか。

 それを手早く知るには、やはりインターネットが一番だ。

 俺は先ほど見た地図を脳裏に浮かべると、ネカフェがある方向へ向かって歩き出した。


「……服装も違うな。防具着ている奴が、普通に歩いている」


 街では、普通にスーツや私服の人と同じくらい、防具を着ている人が居た。

 もっとも。フルアーマーみたいなゴツいやつでは無く、今の俺みたいに魔物の革で作られた、私服に近い防具って感じだが。

 そんなことを思いながら、街中を歩き続ける事約20分。

 ようやく目的地のネットカフェに到着した。


「ん〜……パッと見、良さげな所だな」


 店の前にある値段表とサービスの内容を見ながら、俺はポツリと呟くと、中に入った。

 そして、真っ先に受付へと向かうと、さっさと会員登録を済ませて、完全個室の部屋に入ることにした。

 ネカフェって、会員登録しないと入れないところが大半だからね。

 だが、ここで問題になってくるのが、会員登録の際に必ず必要になってくる身分証明証だ。

 現状を見れば分かる通り、今の俺は身分証明証となるものを一切持っていない。300年経った故に、今では戸籍すらも残っていないだろう。

 川品大翔という男は、あの日穴に落ちて死んだ――享年16歳……ってなっているのが俺の予想だ。


「だから、こうする――」


 そう言って、俺は受付にいる男性スタッフに目をやると、詠唱を紡いだ。

 お陰で――


「ありがとうございます。それでは、そちらの階段から、地下へ向かってください。それでは、ごゆっくりどうぞ」


 そう言って、スタッフは笑顔で奥の階段を指差していた。

 俺はこくりと頷くと、言われた通り階段を下りて地下へと向かう。


「……ふぅ。成功だな」


 階段を降りながら、俺はふぅと息を吐いた。

 俺が何をしたのか。

 それは、《幻術イリュージョン》という相手に幻を見せる魔法を使った……とだけ言えば、大体分かるだろう。

 バリバリ法を犯してそうなやり方だが、法なんてあって無いようなものだし、《幻術イリュージョン》で誤魔化せると知っていながら、キチンと金は払ったから問題は無い。


「お、ここにかざすのかな?」


 やがて見えて来た半透明の自動ドアに、俺は先程発行して貰った会員カードをピッとかざした。

 すると、ウィーンと扉が開き、前方へ真っ直ぐ伸びる長い通路が目に入った。両側には、ずらっとドアが並んでおり、ネットカフェと言うよりかは、ホテルのような雰囲気がする。


「んっと……お、ここか」


 自動ドアが開いている内に中に入った俺は、受付で指定された番号が書かれた部屋を見つけると、ドアノブにルームキーをかざして、中に入った。


「ほう……いいじゃん」


 個室は、床に程よい硬さのマットレスが敷かれており、その奥にはキーボードと、空中ディスプレイが既に表示されていた。

 右には鏡、左にはハンガーがあり、ゴミ箱や荷物を置く棚もある。

 そして、壁には音を遮断する系の付与魔法エンチャントが施されていた。軽く解析して見た感じ、俺のよりも無駄は多く、出力も弱いが――その分初心者でも安易に使えるような感じかな。


「よっこらせっと」


 俺は靴を脱ぎ、部屋に上がると、ドカッとそこに腰を下ろした。

 そして、ほっと一息吐く。


「はぁ……やっぱ、こういう個室は落ち着くな」


 誰にも邪魔されない場所というのは、やはり落ち着く。

 俺は海の龍王リヴァイアサンの革で作った、何気に《神話級ミソロジー・クラス》の性能を誇る戦闘衣バトルクロスを脱ぎ、ハンガーに引っかけると、暫くは何もせず、ここに寝転がることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る