第34話 やっぱあいつ腹立つわ

 懇親会の次の日、朝の修練を済ませたレオは早速いくつかの依頼が掲示板に貼られているのを見かけた。もっともまだそこまで数が多いわけではないので、1枚2枚だけだったが。


「———パープルアントの大量発生の駆除とティルグリスの群れの討伐か・・・なんか依頼の強さが偏っているなー」

 現在レオたちのレベルは9レベルで、他の人たちも同じくらいだと聞いている。

 レベルの目安として、5~7レベルが一人前、9レベルが宮廷魔術師や騎士と同等の実力、それより上に上がるにつれて数はだんだんと少なくなっていく。

 また人族は15レベルまで成長することができ、それより上の存在は“超越者”と呼ばれる。といっても15レベルになれるのはほんの一握りで“超越者”は大陸で数えるほどしか存在しない。

 

「————まだそこまでいい依頼無いんだね〜………レオはどっち受けるか決めてる?私はティルグリスのほうの依頼を請けようと思うんだけど・・・一緒にどう?」

 気が付くと、少し髪の毛が濡れたシルヴィアが立っていた。どうやら彼女も軽くトレーニングを済ませ、お風呂に入ってきたようだ。少しドキッとしたが、なるべく平常心を保とうとした。

「それじゃあ俺もこれにする」

 なんとなく、一緒にいたい・・・とは本人の前では恥ずかしくて言えないが。

「そっか―――じゃ、他に誰か誘う?けっこう強いし・・・できれば初めてのひととも組んでみたいしね~」

 心なしかうれしそうなシルヴィアだったが、次の瞬間、少し嫌な顔をした。そこにはシエルとグリュックがいた。

「———む?ラザフォード殿達も依頼を請けるか?ちょうど私たちも何か受けてみようとしていたところなのだが・・・何か良い依頼はあるか?」

「俺たちはティルグリス討伐を請けようって話していたところなんだけど・・・あ、もしよかったら一緒にどう?えっと・・・グリュックさん?も、どう?」

「———!そうだな、ではよろしく頼む。私は戦士としての心得と神聖魔法が使える。きっと役に立つぞ」

「レオと役目かぶってるじゃん」

 

 思わずシルヴィアはボソッと呟いてしまった。こっそり傷ついたレオだったが、彼はシエルの隣にいるグリュックの顔を見た。自分の顔にどことなく似ている、彼の顔を―――


「あー、俺は戦士としての心得と、繰霊魔法が使えるよ。あとはまあ斥候としての心得もあるからこのメンツだけでもなんとかなると思うよ」

「そしたらなんとかなるかな?シルヴィアは魔物に対する知識もあるから、多分どうにかなると思うよ!」


 こうして、レオ達はティルグリス討伐を受けることになった。





 ————それが、長きにわたる因縁の始まりとは知らずに――――






***






「————ここ?・・・なんか、めっちゃ木が折れているんだけど・・・・・・」

「そのはずなんだけど・・・・・・こんな場所なの?ここって・・・・・・」


 レオ達はティルグリス討伐の依頼を受け、リベリタ地方ぺタロ山まで来ていた。


 しかし山腹まで上がったとき、木々で囲まれているはずが、なぜか辺り一帯の木は倒されていた。


「やはり、レンジャー技能を持つものを連れてくるべきではなかったか?そうすれば、もっと楽にここまで来ることができたと思うが・・・」

「まだ全員何ができるのか知らないんだよ。自分が知ってる人は、みんな今日いなかったし・・・・・・カレンはどっか行っちゃているし・・・」

 ギルバートとクライドは、今日は護衛任務の依頼を先に受けてていない。ロークも後から誘われていったらしい。そのほかの面々はまだ聞けるほど仲が良いわけでもないため、今回はこのメンバーでいいんじゃね?となってここまで来た。

「まあいない人のことも言っても仕方ないじゃん。今できることを考えようよ」

「ただ先に準備しておけば、こうなることもなかっただろう。冒険者と言えど、事前準備ができていなければ、死ぬのは当たり前だろう?」

 シエルはにべもなくシルヴィアに言った。おそらく深い意味は無かっただろうが、シルヴィアは思わずむっとした。

「・・・ッ。それはそうだけど!今そのこと話しても仕方ないでしょ!なんで前のことを蒸し返すの⁈今はもうその話しても意味ないじゃん!」

「私はこうしたらよかっただろうということを言っただけだが?まあ、ただ確かにそのことももっともだな。すまない」

「・・・・・・もう何でもない!」

 

―——なんなんなの、あいつシエル!————


 シルヴィアは心の中がモヤモヤしていた。シエルのせいで腹が立ち、しかしここで怒るのは違うというのもわかっていた。






 だからこそ―――—どうしたらよいのかわからなかった。



「———————ねえ、あそこにいるのって・・・・・・」




 レオの目線の先には、通常よりも大きいトラのようなものが三体いた。



「ティルグリスだ・・・・・・」

 シルヴィアは慌てて周囲を見た。木々が倒されているのは、おおむねティルグリスが進んでいる道だった。先ほどまでいた大きく倒されている木々のところで、何かあったかもしれない。シルヴィアはそう分析した。

「では、事前に決めた作戦通りに」

「了解」

「わかった」

「・・・ん」


 シルヴィアは、無言でダガーをティルグリス三体いるうちの一体に投げつけた。




 「—————グギャッ⁈グルルルルル・・・・・・」


 傷つけられたティルグリスの一体は短く悲鳴を上げ、後ろにいたシルヴィアに振り向いた。遅れて残りの二匹もシルヴィアのほうを向き、戦闘の態勢に入った。


「悪しき獣よ。その罪を死をもって償いなさい。【フォース】」


 シエルが放った魔法の気弾の威力はすさまじかった。レオ達に後を引かない実力を彼女は持っていた。


 しかし、それはシエルだけではなかった。



「—————あまり、手ごたえがなかったね」


 気が付くと、グリュックが大剣を抜いており、その先には血がついていた。驚いて振り向くと、そこにはティルグリスが三体とも弱っていた。



―————これは、まともに戦いたくない・・・かな―――――――






 今までシルヴィア達以外で同じ強さを持つ同年代を知らなかったレオは、井の中の蛙であることを思い知らされた。






 自分以外にもこれほどの力をもつ存在に、自分は弱いのではという危機感と――――これまでにないほどの競争心が芽生えた。




 今までのレオなら、強くなることにまるっきし興味を持っていなかっただろう。


          




            しかし今は違う。



 絶望を味わい、もう二度と前向きになることはないだろう思っていたレオだったが、彼はこの歳近き仲間に同等、いやそれ以上の力を見せつけられ、彼はより高みを目指したいと心から思った。



 それはシルヴィアも同じだった。大がつくほど嫌いだ。しかしこれだけは言える。




           




             彼女の実力は本物だ






  

 おそらく今の実力ではシエルと戦うと近接戦が強いのと回復魔法がある分、こちらが不利だろう。




 グリュックは大剣での一撃が大きいため、相手を倒す前に紙装甲であるシルヴィアがやられてしまうだろう。




―———強くならないと。あいつシエルよりももっと―――――



それは、少年少女を成長させるには十分な出来事だった。




***



「いや、さすがだな、ラザフォード殿。噂は聞いたことがあったが、想像以上だ」


 あのあと、レオ達は瀕死のティルグリスにとどめを刺し、剥ぎ取りをしているところだった。大きな傷を負うことはなく、怪我人はいなかった。


「いや、今回俺はあまり活躍できていないよ。むしろ、タナ―さんとカメラ―トさんを見ていろいろ学ばさせてもらったよ」

「・・・・・・私なんて、ダガー投げただけだしね」


 シルヴィアは一度しか攻撃する機会がなく、とても不服そうだ。


「しかし、なぜここにティルグリスが?生息域ではないと思うのだが・・・・・・」

 シエルが不思議そうにティルグリスの死骸を見た。もう死んでしまっているため、この質問に答えることはない。そもそも獣なので話すことはできないのだが。


 しかし、シエルにはその獣の瞳から、なにやら尋常ではない恐怖に染まっているような気がした。



 まるで何かから逃げてきたような―――――



「———————あーあ、失敗しちゃったか~。残念残念」


レオ達は驚いて辺りを見渡した。すると、そこにはグリフォンに乗った男がいた。



「ッ誰だ⁈」


「ん~?名乗るほどの者じゃないさ。ただしいと言えば・・・紅鴉の一人“獰猛の”デセオかな?さあ!僕と遊ぼうじゃないか!」



第34話 やっぱあいつ腹立つわ 完



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彩の英雄 流鏑馬サブヤ @kabuno3sosiru5matu7tuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ