27.死神のヒロイン
部活が終わって帰り道。買い物をしなくてはならない為、姫宮には先に帰るように伝えた。家には俺1人。本当なら自炊をするのがいいのだろうが、生憎と俺は料理に疎い。スーパーで出来合いの物やインスタント食品を買って帰るのが日課になっていた。
買い物を終えて店を出たところで、なにやら騒がしいのに気付く。
「お姉さん可愛いねー。俺らと一緒に遊ばない?」
「遊びません! どいてください!」
「そう言わずにさあ、ちょっと遊んだらすぐ楽しくなるって」
ナンパか。見ればガラの悪そうな人相の男が二人がかりで一人の女子に群がっていた。なんでナンパ男って断られたらすぐに引かないのだろうか。嫌がっている女の子を無理やりみたいな趣味でもあるのだろうか。
通りがかったとはいえ、このまま無視するのも気分が悪い。ちょっと助けに入るか。
そう思ってナンパ男の方へと足を向けた時だ。ナンパされている女の子の顔が見えた。
俺はとっさに踵を返す。
「まずいまずいまずいまずい」
最も遭遇したくなかった人物に出くわしてしまった。紫の髪に可愛らしい垂れ目。大きな胸と腰のくびれが特徴的な女子だ。どこからどうみても「恋の怪物」に登場するヒロイン
俺がどうして九条を避けるのかには理由がある。九条は黒川に飽きた鈴木真が付き合う3人目のヒロインだが、真は九条に惚れていたわけではなかった。ただ九条は金持ちだから付き合っていただけ。九条は少し重い女子で、真に依存する。やがて九条の依存に真が嫌気が差し他の女にいくという不遇なヒロインなのだ。
それだけなら避ける理由はないのだが、真への依存の具合を見ていると、真を刺したのは九条ではないかと言われているからだ。マンガの考察でも九条が疑わしいという意見が大半だった。つまり最も俺の命を奪う可能性のあるヒロインということになる。できれば関わり合いになりたくない。
「ほらほら、いいからおいでって」
「やめてください。いやっ、放して」
九条の悲鳴が上がるが誰も助けに入ろうとはしない。ここで見捨てられるほど、俺は悪い人間にはなれない。
俺は意を決して再び踵を返す。
「おい、放してやれよ。嫌がってるだろ」
「なんだてめえは」
「その子の連れだよ。警察呼んだけどまだ続ける?」
「ちっ、余計なことしやがって。覚えてやがれ」
周囲の視線も集まり、ナンパ男たちは分が悪いと判断して引き下がった。これで俺の役目は終わりだ。
「それじゃ、君も気を付けて」
俺はすぐさまその場を離れようとする。
「待ってください」
九条が俺の腕を引き、引き留める。
「何かお礼をさせてください」
「ごめん、ちょっと用事があって急いでるんだ。ごめんね」
「あっ、せめて名前だけでも」
引き留める九条の声を無視して俺はその場を去った。できれば関わり合いになりたくない。姫宮や黒川と違って、この子は本当に俺にとって危険な相手かもしれないのだから。
しかし、俺はこの時既に九条と関わってしまったことが致命的なミスだったのだと気付かなかった。
それから何事もなく一週間が過ぎた。その間特に何もなかった。平和そのものだ。
だが、その日、突如として平和は崩れ去った。
朝のホームルーム前、転入生が来るという噂が広がった。こんな時期に転入生なんて珍しいな。そんな風に考えていた俺は、危機が迫っているのに気付けなかった。隣の席が一つ増えている。ここに転入生が座るのかなとか呑気なことを考えていた。
担任が教室に入ってきて「転入生を紹介する」と言った時、なぜか背中に寒気が走った。
そしてその嫌な予感は的中することになる。
教室に女子が入ってくる。紫の髪で可愛い垂れ目の女の子。俺は目を疑った。何度も何度も瞬きを繰り返し、目を擦った。
だが、俺の目には九条京の姿しか映らなかった。
「初めまして。九条京です。九条財閥の一人娘で、以前は花ノ宮女子に通っていました。共学は初めてなので仲良くしてください」
なぜ。なぜ九条がここにいる。なぜ九条が転入してくる。わけがわからない。
「よし、九条は空いている席に座れ」
案の定、九条は俺の隣の席へとやってくる。
「よろしくお願いします、真様」
「な、なんで俺の名前」
「少し調べればわかりました。真様がどこに通っていて、どこに住んでいるのか」
「なんで転入してきたんだ?」
「それは勿論真様に恋してしまったからです。好きな人と一緒にいたいのは当然でしょ?」
真顔でそんなことを言ってのける九条。姫宮も黒川も呆気に取られている。クラスメイトも驚きの表情を各々浮かべ、中には俺を睨む奴もいた。
「いや、無理だから。好きとか言われても」
「大丈夫です。時間はたっぷりあります。これから私のことを好きになってくれればいいですよ」
にこりと微笑む九条に俺は恐怖を感じる。たったあれだけのことで惚れるってどんなにちょろいんだ。
やはり助けるべきではなかったのか。選択肢を間違えたのだろうか。
「なんで鈴木が好きなの?」
クラスメイトの一人が九条に質問する。
「私、一瞬で恋に落ちました。ナンパ男から華麗に助けに来てくれた真様は、まさに理想の王子様でした」
「ナンパから助けたのは事実だが、そんな大層なことはしていない」
「九条の娘を助けたとあれば、謝礼を望むのが当然ですが、彼は私のお礼を断り去ったのです。純粋な気持ちで私を助けてくれた真様の姿に私はときめいてしまいました」
まさかあの場からすぐに立ち去ったのがこんな不利益を生じさせるとは。色々と選択肢を間違えていたようだ。
「家に帰ってすぐに探偵を雇い、真様のことを調べました。写真はこっそりと撮っておいたので、情報はすぐに集まりました」
この子怖い。いつの間に俺の写真なんて撮ったのか。
やはり九条京は警戒に値する人物であることは間違いないようだ。好きな人へのこの執着っぷりは裏切りを絶対に許さない裏返しではないだろうか。マンガの九条もなんらかの方法で真の裏切りを知り、激怒して刺したと考えれば納得がいく。
俺は生唾を飲み込み、九条を見る。
九条はうっとりとした瞳で俺を見つめてくる。そして俺の手を取り、微笑みかけてくる。
「よろしくお願いしますね、真様」
九条の微笑みに、俺は苦笑するしかなかった。
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