『戦いを誓う者』
「内通者がいます。実行犯を焚きつけた――公国とつながりを持つ帝国人です」
一夜明け、公国から戻ったメリルたちはバフォメットの執務室に集まっていた。緊急会議の前の時間であった。スカーレットの件で議会を招集することが決まり、猶予がなかった。
がらんとしていて何もない執務室のソファーには唇を噛んだメリルと、最早感じ得る怒りさえ凍えたミゼル、嫌な予感が現実となったことに険しい表情のダズマール、そして執務卓に構えるバフォメットの四人が重い空気に佇む。さっそく公国常駐の部下から送られてきたスカーレット逮捕を報じた新聞を、ダズマールがバフォメットに渡した。バフォメットが公国による実行犯の買収を目撃したことを話した後の沈黙を破ったのは、ミゼルである。
「執政官……あんた何で見逃したんだよ」
「あの場で申し立てたところで、しらを切られるだけだと踏んだから……と言っておきます」
バフォメットは見出しだけ読んだ新聞を、落ち着いた口調とは裏腹な乱暴さでぐしゃりとひねり潰した。
スカーレットが捕らわれてしまったこと、国内に裏切り者が存在することの二重の衝撃に呆然の態であったメリルが、ずっと噛み締めていた唇をほどいて、怒りを軋らせる。
「わたくしの即位が決まったこの頃合いに、邪魔をしたのだわ……中将に罪を着せて、その罪をわたくしやこの国の罪にしようとしている誰かが……」
公国では踊らされた人々が怒りの声を上げ、また帝国支配をよく思わない人々が騒いでいるという旨の電報を機械が吐いていたので、それをむしり取ったミゼルが紙を丸めて踏み潰した。
「中将だけじゃない、オレたちは、はめられたんだ……! 四年前と同じ、あの頃から公国と結託してる奴らが、また仕掛けてきたとしか思えない」
「……確かに、ベルリリーの乱で中将を潰そうとする動きがありました。公国と、裏切り者の帝国人はよほど中将を殿下の傍に置きたくないらしい」
四年前はまだ十二歳で、国政に疎かったメリルは、当時の事実――その説明を乞うた。
「クロード少将、ローランド大将……何故その戦いのせいで、中将は〝血まみれ将校〟だなんて言われてしまったの?」
酷く寂しげなメリルの瞳には、涙の代わりに翳りがあった。ダズマールとミゼルは躊躇ったわけではなかったが、バフォメットの方を窺い見る。バフォメットが無言で頷いたのを話す許可とみなして、当時スカーレットの下で部下として戦ったミゼルが、先に口を開いた。詳細を知っていても戦いには関与していないダズマールは、ミゼルに説明を委ねる。
「ベルリリーの乱は帝国と公国の、現状では(今のところ)最後の戦いです。当時は中将がまだ少将で、オレは中佐だった。もう亡くなった先代の大将から命令を受けた中将が連隊を率いて行くことになって、オレは中将に直接志願して中将の下で戦いました」
ミゼルが話した軍による公式記録は、スカーレット率いる部隊が公国の反乱軍に休戦と和平を餌にして丸腰に近い状態で戦都ベルリリーの中心部に呼び寄せてから、皆殺しにしたという恐ろしいものであった。これではスカーレットに〝血まみれ〟の汚名がついてもおかしくはないし、公国の憎しみを買うことは当然である。
「……でもこれは公国と、国内の裏切り者が歪めて伝えた情報で、事実とは違う」
以前メリルに話そうとしてスカーレットに制された内容に、ミゼルは言及した。
「いつもの内乱みたいに鎮圧して終わるはずだったのを〝休戦と和平〟を反乱軍に呼びかけるよう命じたのは、当時の大将でした。ハークネス中将は反対したけど、命令の一点張りだった。中将やオレたちは戦闘の激戦区だったベルリリーの街に、命令に従って反乱軍を呼び寄せた。中将とオレたちはほとんど武装なしの状態で反乱軍と対峙することを強いられた……やられたのは、虐殺されたのは、オレたちの方だったんです」
ミゼルはかつての怒りを腹の底から反芻し、炎を吐きそうな形相に変わっている。
「罠だったと気づいたけど、遅かった。公国の反乱軍はオレたちが丸腰で来ているのをどうしてか知ってて、部隊の仲間は壊滅しました。加勢に来た先代大将の部隊が、オレたちが撤退した後に反乱軍を皆殺しにした」
「オレは先代大将を問いつめるつもりでした。でも大将の率いてた部隊の記録は存在してなくて、その大将本人もすぐに暗殺された……署名入りの遺言状が出てきて、それには反乱軍に対して休戦と和平を持ちかけておびき寄せて虐殺したのがハークネス中将だと名指ししてあった。自分は関与していないって、ご丁寧に書き添えて……当然、公開された書類のせいで中将は虐殺犯に仕立てられた。今思うと」
ミゼルはぎりりと奥歯を噛んだ。
「先の大将は、間違いなく公国とつながってた。殺されたから確かめようがないけど、きっと公国に不要になったから切り捨てられたんだ」
「罠……では先の大将は率いていたはずの兵士たちは何処に消えたと言うの?」
「先代大将が公国に加担していたのは、臣も間違いないかと存じます」
ミゼルの言葉をバフォメットが引き取った。
「臣が公国に目星をつけて密偵をやったところ、公式記録に残されなかった本当の虐殺部隊は全員、名を変えて公国に迎えられていました。公国兵になり変われば、自国の反乱軍を殺した人間とはまず思われないからでしょうな」
バフォメットは椅子の背にもたれかかった。
「彼ら――公国と手を組み帝国を巣食う者たちを〝反王家勢力〟とでも銘打っておきましょう。メリル殿下は十年前に宮廷に公国の反乱軍が攻め入ってきたのを覚えておいででしょうか? 殿下が六歳のときでした」
メリルは震えて頷いた。メリルが六歳のとき、アルフレッド王の殺害を目的に公国の兵士たちが宮廷に攻めてくる事件があったのである。メリルも命を狙われたが、どうにか逃げ延びて保護されるまでの恐ろしい記憶は穿たれたように残っていた。
「国内の〝反王家勢力〟は公国とパイプを持ち、王の一族、薔薇の支配を終わらせようと目論んでいます。十年前の一件も、臣は反王家の白蟻共がお膳立てして公国軍を手引きしていた……陛下が亡くなって、いよいよ活動を表立たせてきたということでしょうな。今が、熟しつつある期であるとして」
バフォメットは溜め息をついた。
「反王家が何故中将を陥れることにこだわるのかと、誰が首魁なのかは不明ですが、臣はベルリリーの乱の詳細をクロード少将から知らされて先帝陛下に中将をお救いするように上申し、国に巣食う反王家についてもその存在への疑いが確信に至ったゆえに報告しましたが、陛下は――中将を守ろうとはしなかった」
メリルの美貌はバフォメットの言葉にひび割れ、同時にバフォメットの声音にも強い怒りがにじむ――奇しくもその二つの感情は、亡き王に対する思いを共有していた。
「そんなひとたちのために……中将の名誉は汚されたというのね……」
メリルは俯いて言葉を軋らせたが、やがて顔を上げた。バフォメット、ダズマール、ミゼルを見る据える金の瞳には、怒りがもたらす眩しさと、強い意思を含む輝きがあった。メリルはすっくと立ちあがり、三人の前へ歩を進めた。
「首席執政官、ローランド大将、クロード少将。わたくしから、お願いがあります」
このとき、メリルたちには共有する想いと、自分たちがするべきことが分かっていた。共に戦う用意は、既にできていたのだ。メリルはその共有を全て見通して、三人を真摯に見やる。
「わたくしはハークネス中将を救います。わたくしが力を持つことを嫌う売国奴に、中将もこの国も渡しません。力を、貸してください」
メリルの願いを、バフォメット、ダズマール、ミゼルは快く協力することをはじめから決めていたように力強い言葉を返す。
「臣も中将を救い、且つ反王家を叩き潰さねばなりますまい」
「反王家勢力ということは、危険なのはスカーレットだけでなく殿下の身も危険に曝されている。お守りし、共にスカーレットの救出に励みます」
「四年前の争いを仕組んだのが誰なのか、裏切り野郎を探さないと」
会議を控えた朝、メリルたちはスカーレット奪回と反王家勢力を崩すことを誓った。
「共に励んでくださることに感謝を。参りましょう、まずはわたくしが、揺さぶりをかけます」
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