『病の行く先』
メリルの外相としての初仕事の日、メリルに随行するスカーレットとダズマールの二人は臙脂の将校服に身を包み、その日のメリルの予定や仕事の詳細を確認していた。
二人は元々士官学校の同期で且つそれぞれが軍の高官ゆえに仕事を共にすることは多かった。
皇帝の娘、それも立志式を迎えたばかりの王女が外相という重役を任されることは異例であるが、大将・中将が二人で護衛をすることもまた異例であった。メリルは貴人であるが、帝国の緊張状態を物語るようだ。今日は公国との講和の日で、メリルはロックハーティアに会うのである。
「……陛下の病を知っていただと? 本当なのか、スカーレット……」
メリルを待つ間にスカーレットが明かした話に、ダズマールは目を見張った。
スカーレットは頷く。
「バフォメットから、聞いていた」
ダズマールは思案げに顎に手を添えて数秒黙る。
「何でバフォメットはお前に話を……」
「とにかく、公女は必ず陛下の病状や次期君主問題に触れてくるはずだ」
スカーレットはダズマールの疑問をさりげなく別の問題とすり替えて、メリルを案じた。ダズマールも自分の疑念よりスカーレットの言が重要だと思ったのか、メリルがロックハーティアに対してどう出るかを考える。
「何もしないで待つことが、殿下の攻撃なんじゃないか?」
「待つこと?」
ダズマールは声を抑えた。
「きっと殿下は、陛下の遺言――指名に賭けてる。陛下が殿下を差し置いて公女を選ぶと思うか?」
「……王は殿下が可愛いのではなく、冠と玉座が可愛いんだろう。しきたりでは公女が一位だが」
メリルがバフォメットやミゼルたちに見送られてやってきた。スカーレットはダズマールに耳打ちしてからメリルの元へ歩を進める。
「しきたりを無視する横暴が、あの偉大王になら赦される。殿下はそれを、分かっていらっしゃる」
スカーレットに手をとられて馬車のタラップを踏んだメリルを、ダズマールは神妙に見つめた。
目的地は帝国第二の都市リステラである。帝国領で最も公国に近い、国教であるマロワ教の大教会がある。帝国には二つの宗教があり、アルフレッド王が長らく国教であったミトカ教から改宗したために国教はマロワ教になった。
双方の宗教に殆んど違いはないが、僧籍にあるアルフレッド王の弟が大司教を務めている。公都にも近い場所なので、公国との会合にはたびたび選ばれている土地である。
会場に着くと、メリルはロックハーティアの待つ部屋に入った。ロックハーティアはメリルが現れても立ち上がらず、目を見ようともしない。メリルはロックハーティアの隣に着席する。
白薔薇の誉れ高い王女メリルと白百合の君主ロックハーティアから〝白花の講和〟と報道されていたが、内容は友好的とはほど遠い、むしろ冷徹で傲慢な白花の名にふさわしかった。一切言葉を交わすことなく書類にサインしていくペン先が走る音が、緊張を掻く。
講和の内容は、公国内で反帝国支配を掲げた勢力による小規模な反乱の和平についてであった。このような内戦に近い争いはたびたび起きていて、今件では帝国軍が出動して鎮圧するほどの騒ぎであった。
サインと共にメリルが外相の帝国側は捕虜の引渡しを、ロックハーティアが君主の公国側は多額の賠償金の支払いを約束した。サインそのものはものの数分で済んだ。
このあとに公国主催の食事会が予定されていたが、メリルは先に断っていた。ロックハーティアが食事会の場で王位の話をしてくることを予想していたからだ。
「ところでメリル殿下、叔父上の容態にお変わりは? 王位の話はまとまった?」
「……」
此処でロックハーティアがメリルに王の病状と次期君主の話を持ち出した。気遣う素振りを見せながらも王の死後の準備にぬかりがない強かさが露骨で、メリルは顔をしかめたくなる衝動を抑えるのに努力を要した。
「父は変わりありませんわ。今からそんなことを仰るのは不謹慎ではなくて?」
メリルがロックハーティアを静かに窘めたところで、大司教が血相を変えて部屋に入ってくる。
「殿下、エリク公、陛下がご危篤という知らせが。至急帝都へ!」
「何ですって!」「あらあら……」
父王が生きてさえいれば次期君主を決める合意は先へ延ばせる――メリルの考えは崩れ落ち、青ざめた美貌にロックハーティアが微笑みを投げたのであった。
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