魔装探偵

キサガキ

昭和編 

第1話 死人使い(前編)

 ショウワ××年。架空の国二ホン。

 東の片隅に、神乃島町のちに神嶋市と呼ばれる街がある。

「ふぅ、夏は過ぎてもまだまだ暑い」

 そう言ってクリーム色のハット帽を被り黒縁の丸眼鏡をかけた青年が、タオルで白い襟つきシャツから染み出す汗を拭く。

「確かこの辺なんだが」

 住所を確認したいがキツい日差し。日陰へ逃げメモを見るかと目に留まったのは、駄菓子屋であった。

 外よりは涼しい店内で冷やされた瓶のコーラを購入して口に運ぶ。しゅわしゅわの弾ける炭酸が乾いた喉を潤す筈だったが……。

「しまった」

 早く飲みたくて蓋を抜くのを忘れてしまった。

 クスクス笑う和服姿の女性店員に頭を下げながら、今から行く住所の道を聞く。

「どうも」

 コーラを飲み干して店に返却すると、青年は真新しい二階建ての建築物に足を運んだ。


「異国の子?」

 建物の前で子供達が、大縄跳びをして元気に遊んでいる。

 その中で、一際目立つ美少女がいたのだ。

 透き通る程白い肌とゆるふわな長く赤い髪はビスクドール。少しつりあがった真紅の目から感じる強い意思。薄い鼻筋。そして天然に色づく桃色の唇には艶があり、男の本能をかきたてる破壊力をもっていた。

「次はリリスちゃんの番だよー」

「カカッまかせよ」

 リリスと呼ばれた異国の少女は笑い、フリルのついた黒いドレスを膝上まで摘まみ縄を飛ぶ。

 ドキリとする程、真っ白い太ももから目が離せない。

(こんな子供にどうしたんだ。僕は)

 青年の体内がじわじわと熱を帯びていく。

「あっ? なんじゃお主、子供に興奮する変態か」

 美少女は青年に気がつくと、半目で睨み下半身を指差した。

「ち、違う。これは……あの御門探偵事務所はこちらで。僕は神乃島警察署の神威宗一郎です」

「中島のところのひよっ子か、何ようじゃ」


「リリスちゃん。あたし達帰るね」


「おぅ、気をつけて帰るのじゃぞ、変質者がおるしの」

「重ね重ねすいません。狂月さん––––魔装探偵狂月、御門羅我さんに仕事の依頼を」

「カッカッ、そうか客じゃったか。自己紹介がまだじゃったな儂は暁リリス。御門羅我の女房で狂月の相棒よ」

「はぁぁいいっ?」

 そんなあり得ない。口調は大人びてるが、どう見ても十ニ歳前後の少女だ。からかっているのか。いや大きく開かれた胸元から見える谷間は成熟した果実だ。

「すけべぇじゃな宗一郎は」

 視線に気づきながらも何故か嬉しそうに、リリスは口角を吊り上げて笑っていた。


「羅我、我が愛しの主様。客じゃぞ」

 案内された部屋は甘い薬品臭がする。中央に広いテーブルが置かれ並ぶは製作途中の義手と義足。足元にはよくわからない部品が沢山落ちていた。まるでマッドサイエンティストの研究室の一室だ。それが神威の正直な感想であった。

「汚いじゃろ。掃除したいのじゃが「使う部品だ」と怒るから触れぬのじゃ」

「はははっ、親子の会話ですね」

「カッカッカッ、じゃな」

「こ、これは鬼ですか」

 乱雑な室内で神威が心奪われたのは、壁際で座る異形なる形をした三体の鎧。青銅黒鋼白銀と色も形も違うが三体の頭部に角が生えている。その中でも特に白銀色の鎧から黄金の光を感じてしまう。

 未完成だが猛禽類の翼をモチーフにした頭部は凛々しく気高く、鉤爪を生やした右腕が握るは神が振るうに相応しい黄金の剣。

「な、なんて恰好いいんだ。僕の夢見る正義の味方みたいです」


「そいつはどうも。それはミカエルの鎧だ。蒼の壱號スサノオ。黒の弐號ルシファー。白の参號ミカエル。三体とも異国の魔術を利用して製作中よ」


 弾んだ声と共に隣接する扉は開かれる。野性的な鋭い目の青年が両手を大きく広げた。

「へへっ。このミカエルソードをよ、こうするとこうよ!」

 羅我は口角をつりあげ、剣に隠されたカラクリを起動させる。

 ――ジャキィィン。刀身が左右に広がり弓へ変形した。

「名付けてミカエルアローよ。すげーだろ」

「は、はい凄いです! もしかして貴方が怪人事件を専門に解決する魔装探偵、狂月さんですか」

「へっ。本業は、技術師なんだがな。中島から連絡もらってるぜ。話を聞かせてもらおうか」


「最近死者が蘇り怪人となって人々を殺しています。怪異事件に対して警察は無力です。狂月さん僕達に力を貸してください」

「死人使いじゃな」

 ソファーに座る羅我の膝を枕にして、リリスはそう答えた。

「そんな事もできるんですか?」

「可能だぜ。お前も警察の人間だ。聞いたことあるだろ。魂に付喪神を宿し超常的な力に覚醒した者。超人の名をよ」

「はい。超人には異能の力があると噂で……じゃあ犯人はその力で死者を怪人に」

「かもな。そのあたりは調べないと」

 ガタガタガタ。不意に大地が揺れ動く。地脈で微睡む地の龍の寝相が悪いらしい。

「地震だ、ここ最近多いですね。狂月さん」

「まぁこの神乃島は他と比べてそれでも少ない方だぜ。神嶋院の御子様が要石で龍を抑え込んでるからよ」

「そうか中島さんから聞きましたけど狂月さんって、神乃島を霊的に守護してる御門本家の跡取り……」


「車を出せ」

 醜く太った中年の男が酒の臭いを漂わせ、毒々しくきらびやかなネオンを輝かせた飲み屋から出てくる。

 専属の運転手は無言で頭を下げて、車後方の扉を開く。

「糞が、何が神乃島町を護る霊的な封印だ。分家の神嶋院め。儂は本家の人間だぞ」

 嘘である。正しくは、御門本家からかなり離れた遠縁。一族として数えられない程に、血も魂の質も薄まった家の婿養子であった。

 男は不動産を扱う仕事をしていた。駅前を発展させ、閉鎖的な町に新しい風を取り入れるのが役目であった。

 駅周辺は自然豊かな森林が生い茂り、広大な土地が広がっている。

 男はそこに目をつけたのだ。

 この場所を更地にして巨大ショッピングモールを築きあげる、それが男の夢であった。

 だがそれに待ったをかけたのが、町を霊的に守護する神嶋院。


「あそこは封印の一つ、要石が地の龍を抑えつけている」


 その鶴の一声で計画は白紙となったのだ。

「どれだけの金を使ってるのかわかるかッッ!?」

 キキキキィィィ。激しいブレーキ音と焦げたタイヤの臭いが、男を黙らせた。

 男を乗せた車が、突然急ブレーキをかけたのだ。

「おいっ、何があった!」

「人が急に飛び出しまして」

 ライトに照らされるは、痩せ細った長身の青年。

「運転の邪魔だ、どけっ」

 クラクションを鳴らすが、青年は動かない。しびれを切らした運転手はドアあけて、胸ぐらを掴みかかるが突如後方に吹き飛んだ。

「何者だ貴様」

 怒りでドス黒く染まった顔色で、男は外に飛び出す。

「魔術師。霧島龍人」

 マントを羽織った、全身黒ずくめの青年であった。

 蛇顔。つり目の三白眼。薄い唇。オールバックの髪型をしている。

「霧島……御門に連なる者か。何の様だ」

「僕はついでさ。貴様に用事があるのは彼女だ」

「お父さん」

 ゆらりと男の後方に美しい女性が、幽鬼の様に立っていた。

「ひいぃぃぃ、なぜ生きている」

「事故死した由加理お嬢様の幽霊だぁぁぁ」

 運転手は一目散に逃げていく。

「待て貴様、儂を置いて逃げるな」

「お父さん、由加理を抱いてください」

 美しき女性、由加理はシュルシュルと着物を脱ぎ出す。

「わ、儂がこの手で首をしめて、海に沈めたはずなのに」

「娘の魂が泣き叫ぶのだ。父親に抱かれたいと」

「お父さん」

 生前と同じ表情で由加理は近づいてくる。男は恐怖で震えながらも、それを受け入れる。

「うぐぐっ、許してくれ。儂が悪かった」

 腹から血を流し、男は倒れた。

「大地に掬う龍脈よ。不浄の血をとくと味わうがいい」



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