第2話 告白

 ある日の放課後、オレは中庭の校訓が刻まれた石碑せきひの前に呼び出された。

 足元には梅の実らしき物がいくつか転がり、近くの花壇にはあじさいが色付き始めている。


 しばらくするとかをりがこっちに向かって歩いて来た。かをりはシュウの事が好きだが、まだ告白とまでは至らず、どうでもいいような情報ばかりオレを通して知りたがる。


 シュウセンパイって教室のどの辺の席に座ってるんですか?

 シュウセンパイって私服どんな感じですか? 

 シュウセンパイって好きな芸能人とかいるんですか?


 その度にオレはテキトーに答える。


 この学校では馬鹿な奴から順に前から席を埋めていくという、一目瞭然のカースト制度があるのだった。


 シュウは教卓の真ん前で、ちなみにオレは窓側の一番前だ。


 シュウの部屋でオレはテレビゲームにいそしみ、自分のゲームソフトに飽きたシュウは、中学生の時から愛用している毛玉のついた真っ黒なジャージに身を包み、グラビアの袋とじに魅入みいっている。


「おい、これ見ろや梨九。ほら、いっけー、乳!」


「おわっ、おい、バカ、やられてもたやろ」


 そんな姿をそのまま教えてやる訳にはいかない。

 こんなオレでも、友達を大切にする気持ちは持ち合わせているつもりだ、と言いたいところだが、本音を言えば、恩を売っておいたほうが後々困らないからだ。

 今日は何を聞かれるのだろう? また二つ、三つ、小さな嘘をつく事になるのかも知れない。


 かをりは中庭を真っ直ぐ歩いて来てオレの前で立ち止まると、何故か企みを含んだような笑みを浮かべた。


「あのぉ、梨九センパイ。突然ですけど、私のクラスの子井野こいのさんて分かりますか?」


「子井野?」


「ほら、昨日の放課後、私とあそこの廊下で一緒にいた……」


「あぁ、あのおかっぱみたいな髪型の……」


「そうそう、あのコ、未歩みほっていう名前なんやけど……」


 そこで言葉を区切るとかをりはそっと辺りを見回し、人が近くにいない事を確かめて、声をひそめた。


「あのコ……、その、未歩がね、梨九センパイの事、好きみたいなんです」


 急な話の展開に、オレの思考回路は一瞬止まった。

 中庭ではしゃぐ生徒達の嬌声が吸い込まれるように消え、かをりの言葉が頭の中で回り続けている。


「はぁ……」


 我ながらマヌケな声だった。

 そのあと、オレはどう返していいのか分からず、ただぼおっとかをりの顔をながめるしかなかった。


「あの……センパイ?」


「あ、あぁ、うん」


「また今度、返事聞かせて下さいね」


 かをりが去った後も、その声と言葉が頭の中で回り続けた。オレはそのままぼんやりと歩き出し、ふと気が付くと校庭横の自転車置き場にいた。


 思考が追い付かないのも無理はない。その子井野未歩ってコとは、喋ったこともなければ、目が合ったことすら無かった。もう少し何らかのサインがあれば、ちょっとはこの事態が飲み込めたのかも知れない。

 さらにその告白を素直に受け止められない、もうひとつの理由は、子井野未歩がかなりの美少女だったからだ。

 

 もうすぐ夏が始まろうとしている。

 自転車をこぎ始めると、茜色の空から吹く親密な風が頬を撫でた。


 浮足立った気持ちを押さえ付けるように、ペダルを思い切り踏みつけながら走る。

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