満開 ―春休み10日目―
今日で最後か…。いつもより早めに着いてしまった。甘党であろう陽向のために買ったイチゴのケーキが入った箱を横に置き、桜の木の下に座って桜を見上げる。強い風が吹いて桜が舞った。桜吹雪が収まって前を見ると目の前に陽向がいた。黒髪だ。私の顔に手が伸びる。陽向の顔が今までで一番近い。無意識に目を瞑ってしまった。「花びら、付いてたよ。」え、花びら?
「ひなた、髪黒に戻したんだね。」「髪型とか衣装とかは事務所が決めてるからね。僕は黒髪キャラ?らしいから。」前は黒髪がかっこいいと思ってたけどやっぱり桜色の方が似合ってたかも。やっぱり行っちゃうんだって実感した。「どんな髪色も似合うね、さすが。」もっと元気な声で言うつもりだったのに、ちょっと暗く聞こえちゃったかな。本心じゃないってってバレたかな。そう思って下を向くとケーキの箱が目に入る。「そういえばさ、ひなたのためにケーキ買ってきたよ!」ケーキ出すの忘れるところだった。「え、僕も買ってきた、ケーキ。」陽向も買ってくるとは予想外だった。「だって甘いもの好きでしょ?」「だってイチゴ好きでしょ?」言葉がかぶったのでつい、笑ってしまった。「僕たち気が合うってことだね。」そんなこんなで交換してせーので開けたらなんと同じイチゴのケーキだ!気が合うねって笑い合う。そうかもしれない。なんだか嬉しい。
ケーキを食べ終えてまったりしていたら、また桜が舞ってきた。「桜、満開だね。」って私が言ったら、陽向がある提案をした。「スマホを交換して、この桜を撮ろう。綺麗に撮れた方が勝ち。」と。陽向が私にスマホを手渡した。そこにはホーム画面が表示されているのだが、これ私じゃない?「これ、私?盗撮!いつ撮ったたの!」「いいじゃん別に、『契約恋愛』ってことなら一応おうかは僕の彼女でしょ?」「だから撮っていいって訳ではないと思うけど。」私は陽向の写真ないのに、サンアの写真を待ち受けにしてやろう。スマホを操作してわざと、ホーム画面を表示して陽向に手渡す。「これ、僕じゃん。へー、そんなに僕のこと好きなんだ。」「違う!そんなこと言ったらひなただって私のこと好きじゃん。」「まあね。」まあねって何?否定しないのってどういうこと。顔が熱い、隣で涼しい顔をしている陽向にまた笑われてしまう。私は誤魔化すように「ひなたよりいい写真撮ってやるから!」と桜の木の後ろ側にまわった。
なかなかいい写真が撮れたんじゃないか。スマホを返しあって陽向が撮った写真を見ようとしたら止められた。いつか見てって。「いつかっていつ?」「いつかはいつかだよ。」そういって陽向は桜の下に寝転んだ。私もつられて寝転ぶ。「人生で一番楽しい春休みだったなー。今でも夢みたい。ありがとう、ひなた。」「青春って感じだった。願い事叶えてくれてありがとう、おうか。」顔を見合わせて笑い合う。目を瞑って陽向との10日間に思いをはせた。
「そろそろ、行かなきゃ。」そう言って陽向が立ち上がる。私も立ち上がる。隣を見たら、陽向が下を向いていた。「笑って、ひなた。」私は陽向の顔に両手を添え、無理やり正面を向かせる。「もしかして、もう会えないと思ってる?それ、私が夢叶えられないって言ってるようなもんだよ!私は絶対に夢を叶えて画面の向こう側に行くんだから!」そう熱弁したら陽向に笑われた。でも、「よかった、笑顔になった。好きだから、ひなたの笑顔。」陽向が驚いたような顔をして、今度は嬉しそうに微笑んだ。「それじゃ、行くね。」私は黙って頷く。陽向はそのまま丘を降りていく。下を向きたいのは、泣きたいのはこっちだ。私はどこまで泣き虫なんだろう。涙に濡れた瞳にうつっていた丘を降りかけている陽向がなぜかこっちを振り向き、戻って来た。そして私の目の前で止まった。「また、泣いてる。絶対夢を叶えてまた会うんじゃなかった?」そう言って涙をそっと拭ってくれる。「そうだけど…。」陽向は私の前に何かを差し出した。「これ、あげる」そう言って私の髪にバレッタをつけた。そして、私の髪を撫でる。そのまま抱きしめられた。「またね。」そう言って私から離れ、丘を駆け下りていく。
髪にとめられたバレッタを手でさわる。桜の形…。ズルいよ、知っててくれたの…?桜の花言葉、「私を忘れないで」って意味もあるって。遠くなっていく背中に私は叫んだ。
「待ってて、もうすぐ行くから。」
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