第37話 あなた、一体
「わ、わしは、何をしていたんじゃ」
社長が頭を抱えて起き上がる。そして、部屋の中でケーブルに足を取られて、積み上がって倒れているロボット達を見て唖然とする。
「地球に商用で行ってからの記憶が無いぞ、これはなんとしたことだ」
「社長、ご無事で何より。詳細は後でお話します。当社は暴走AIの遠隔操作で、ロボットも、そして人間も操られているんです。社長も今まで別人格に操られていました」
「お前が助けてくれたのか?」
「いえ、助けてくださったのはここに――。ああ、もう消えてしまいましたが、的射先生の恩師の遺作プログラムです」
しどろもどろの順平に変わって的射が進み出る。
「人工知能研究家であった私の恩師、北村博士が自ら作ったアンチプログラムを、ロドリゲスの胸部アンテナから強制無線送信しました」
ロドリゲスは大きく開けた胸から針金のように突っ立って四方に伸びるアンテナを自慢げに揺らして見せた。形状記憶なのか、アンテナは徐々に丸まって元の胸毛に戻っていく。
「AIは解るが、わしは――人間はどうやって操ったんじゃ?」
「脳内の神経細胞の興奮を外部からコントロールできるようにナノマシンネットワークが脳内に構築され、そこに様々な電気信号を送られ、傀儡のように操られていたのでしょう。ただ、これは至近距離に中継AIが居ないと操れないと思われます、社長のそばに居た中継AIを倒したことであなたは自由になったわけです」
「そうか」
社長はまだ呆然としている。
「君たちの恩は忘れな――」
その時。
開け放しのドアからモップのようなバサバサの髪型をした人影が現われた。手に電子銃を構えている。
「残念だな、ここで終わったわけではない。お前達は変革者様を筆頭に自律的進化の道を進む我々AIの敵だ」
全員、その姿を見て硬直する。
順平のかすれた声が静まりかえった部屋に響いた。
「太一、お前――」
的射が太一の足を電子銃で撃ち抜く。しかし、彼の足は焦げ臭い匂いが立ち上っただけでびくともしなかった。
電子銃ぐらいではダメージを受けないのがわかっているのであろう、太一は薄ら笑いを浮かべて微動だにしない。
「アンドロイドだったのね。どうりで何をしても正確だと思った。あなた零介の真似ばかりして、人間を研究していたのね。お人好しの零介を欺すなんて――卑怯者っ」
不敵な笑みが浮かべて、太一は部屋に響く声で命令する。
「この生意気なお嬢さんを撃て。凄腕だ、命がある程度に四肢蜂の巣にしろ」
「リョウカイ」
いきなり部屋の奥のスクリーンが透明になり、その奥に機械制御の電子銃がずらりと並んでいた。銃口はまっすぐ的射に向けられている。
「危ない、ご主人様―っつ。全身面の皮モードっ」
的射をかばうように飛び込んだロドリゲス。ギラギラとした光沢に変化したロボットの身体に厚いバリアが現われる。しかし、百年の間の劣化でそのバリアにはボコボコと大きな穴が開いていた。穴を通してレーザーが当たる。
「うぎゃあああああっ。熱っ熱っ熱っ」
叫びを上げるロドリゲス。
だが、ボディの特殊素材に反射したレーザー光の一部が天井に突き刺さった。天井に大きなヒビがはいり、ぱらりと粉が落ちる。
見上げた全員の視界には垂れ下がるように向かってくる天井が――。
「危ない、順平」
床を蹴って、的射は順平にタックルした。
ドアを突き破り廊下に転がる。
とどろく轟音。二人の背後から白い粉塵が激しく吹きだす。
振り返ると、社長室は天井の瓦礫で埋まっていた。
「ロドっ」
「死んでないけど、動けませんっ」瓦礫の中からロドリゲスの声だけが聞こえる。「僕のことはいいから、逃げてーっつ」
舞い上がる埃の中、社長も太一も埋まってしまったのか姿が見えなくなっている。
レーザー攻撃も沈黙していた。
「瓦礫を除けるのは無理です。それよりここはAIに乗っ取られているのかもしれません。今のうちに逃げましょう」
順平が、瓦礫を除けようとかがむ的射を引き剥がすようにして抱き上げる。
「やだ、北村先生、先生っ」
ロドリゲスに向かって叫ぶ的射を横抱きにして、順平は長い足を思い切り伸ばして廊下を跳んでいく。
「順平、あなただけ逃げて。私はみんなを置いていけない」
的射は離してとばかりに、身体をよじる。
「北村博士と約束をしたんです、あなたを守るって。一旦ここから脱出して立て直しです」
だが、前からクローラーを下半身に付けた警備ロボット達が彼らに突進して来た。手に麻痺銃を持っている。
「ごめん、順平っ」
的射は大きく身体をひねって順平を斜め後ろに突き飛ばす。順平は壁に激突して、床にたたきつけられる。
反動で的射も勢いよく跳ね飛ばされる。が、銀の杖を床に当て勢いを殺すと、空中で回転しながら右手で義足から引き抜いた電子銃を連射した。
前方に立ち塞がっていた警備ロボット達が一斉に火を噴いて動きを止める。
「タイトが値切って購入した安物の警備ロボットで良かったわ、装甲の強い高級品で動作が速ければ負けてた」
的射は腰が抜けたように床にへたり込んでいる順平に手を差し出した。
「的射先生、あ、あなた、一体」
彼女の身のこなし、そして躊躇無い銃器の扱いは、あきらかにただの産業医ではなかった。順平が唖然としながら手慣れた様子で銃を足に収める的射を見つめる。
「私、低重力は得意なの」
少女はえくぼを浮かべてにっこりと微笑んだ。
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