第22話 出世払いになるようです。その5

三角錐のそれは、、、お香だろう。


奥様の部屋に焚かれた、あのお香だろうと思われる。火をつけなくても、、臭いし。

ハンカチにくるんで、、、も、臭いので、、、二重にくるんで、蓋つきの瓶を台所から貰って、そこにねじ込む。


何食わぬ顔で、日々を送る。

奥様のもとには、たびたびあの司祭が訪れている。

当主は相変わらずだ。


買い物を頼まれて、また市場へ出かける。エマちゃんには会えなかったので、一人でベンチに座ってぼーーっとしていた。なんか、、どうしたものか分からないな。

「お嬢ちゃん?見慣れない子だね。迷子かな?」

「・・・・・」

教会の自警団があって、犯罪の取り締まりをしているので、治安はすこぶる良いはずなのだが、、、胡散臭そうなおじさんに話しかけられた。

「親御さんとはぐれたのかな?一人なのかな?」

「・・・・・」

「かわいいねえ、、、おじさんが教会に連れてってあげるよ?君みたいな子は、お勉強して、王都の学校に行けるよ?」

「・・・王都の?」

「そうだよ、いい子にしていたら、王立学院に入れるんだよ。」

「・・・王立学院?」

驚いた私の反応を、良いように解釈したらしく、胡散臭いおじさんはグイグイ来る。

「そうだよお!王立学院さ。何も不自由しない生活が待ってるんだよ?」

いや、、、ちょっと待て。この前、エマちゃんが言ってたのって、、、王立学院?確かに平民でも入れるが、かなり難易度は高い。とびぬけて優秀でないと厳しい。ほいほいと入れるものでもない。大体、、、同じ学年に平民の人は一人か多くて二人、、エマちゃん、6人て、、言ってた?

「さあ、行こう行こう!今からなら教会の昼ご飯も間にあうよ。お腹すいただろう?」

手を掴まれて、引きずられるように、裏道に連れ込まれそうになる。

「お、良い子を見つけたなあ、、、上玉だな。これは、司祭様、弾んでくださるぞ。」

通りがかった教会の自警団の人に目配せしたら、にやにやしながら思わぬ反応が返ってきてしまった。まずくね?

ホント、、、ちょっと、、、まずいな。

「デイー!どうしたの?」

エマちゃん、天使に見えるよ。

「この子、領主様のお屋敷の女中だよ?さっき、もう一人の大きい女中さんが探してたよ!!」


助かった、、、アリスも来てるのか。


「もう一人?もう一人いるのかい?ふうん。その子もかわいいのかい?」

「ええ、とっても!呼んでもいい?」

「いいよお」


遠慮なく呼ばせてもらう。

「アリス!ここよお!」

間もなく走ってきたアリスに、怪しいおじさん二人はひるむ。だって、すごい殺気だったもの。暴力はダメよ。



*****

思わぬところで危ない橋を渡りそうになったが、、、まあ、収穫があったな。


ただ、、、国教会が絡んでいるし、ひょっとすると、、大司教も知っている?

災害時の緊急支援には国王からの通達がいるはずだから、、、国王もからんでる?ことはないか、、、そう思いたい。どちらにしろ、ここの教会以上の勢力が絡んでいるみたいだな。

ってか、、、どうやって連絡するか聞いてなかった。国王様へ、なんて手紙届くのかな?はたして。・・・ああ、郵便も届かないんだったな。どうするかなあ、、、前はどうしたんだっけ?・・・・ああ、、、


アン様あてに手紙を書いて、届けてもらうか?

しかし、王都行の手紙は開封される恐れがあるしな、、、、書いた手紙と添えた瓶を前に途方に暮れる。



・・・ニャー・・・・ニャーン・・・


あ、夢を見てるな、と、夢の中で思う。


ニャーン・・・・ニャー・・・・



「お嬢様、どうされましたか?」

アリスに起こされて目が覚める。まだ深夜だ。

泣いていたらしい。


「・・・大丈夫です。夢を、、、見ていて、、、」

少し、弱っているな。

涙をぬぐって、頬を叩いて気合を入れる。

「アリス、、、お願いがあるんだけど。」



*****

アリスが急用で王都に帰ってしまってからも、私は通常営業だ。


洗濯、掃除、、、お買い物は危ないので、馬番の子に頼むことにした。

おばあちゃまたちに、クッキーの焼き方を習ったり、アリスがやっていた風呂の水くみをしたり、、、力仕事をすると、汗ばむくらいになった。春が来てるんだなあ。

そう言えば、日も長くなった。麦もすくすく育っている。

木陰で休んでいると、そそくさと司祭様が離れにお越しになったり、、、こちらも通常営業のようだね。アリスは無事に着いたかな、、、あと、1週間くらいかな、、、



*****


その日は突然来た。


街道の閉鎖。なんと、、、軍が出動してきたらしい。しかも、思っていたより早い。

屋敷内は騒然としたが、まあ、なすすべはない。教会も当主の事務棟もすべて包囲されており、当主とも連絡は取れない。と、言うか、誰も出入りできないらしい。あっという間だった。

教会の自警団と小競り合いがあったみたいだが、力の差は歴然だろう。

「お、お坊ちゃまが、、、何かしでかしたんでしょうか?お坊ちゃまも教会の皆様も、、、こんな仕打ちを受けるようなことは、、、」

と、執事さんがうろたえるが、、、

「とりあえず、、、指示を待つしかありませんね。」

落ち着けみんな。血圧が上がるぞ。


みんなをなだめながら、晩御飯を食べる。少し、ほっとする。

王都に送られるはずだった子供たちは、無事保護されただろうか?エマちゃん、大丈夫かな?当主は、、、まあ、いいか。

執事さんは寝ないで起きているようだが、部屋に下がらせてもらう。

2階の窓から、遠くにかがり火が見える。

かなりの数の兵が、しかも静かに領に入ったことに感心する。指揮を執ったのは、誰だろう?これで、無事に帰れるな、、、


「奥様が、、、司祭様を呼ぶように、と、、、」


次の日の夕方に、困り切った顔で、離れ付きの女中のおばあさんが本館に来た。

ああ、こっちもあったな。

執事さんは状況を見に、馬番の子と現場まで出かけている。

仕方なく私が奥様に説明にあがることにした。

「・・・奥様、、司祭様は、、少し都合がつかないらしく、来れないようです。先ほど連絡がございましたよ。」

やんわり、ふんわり説明する。

「・・・・・」

「今日は無理なようですので、、お食事を運びましたので、召し上がられませんか?」

「・・・・・きのうも、、、」

「・・・はい?」

「昨日もそう言われたわ。じゃあ、あなた、旦那様を連れてきてちょうだい。」

「・・・旦那様は事務棟に、、、」

「司祭様を呼んでちょうだい!!お願いよ!司祭様を!!」

「奥様、、、」

「貴方は誰?旦那様をどこに連れて行ったの?あなたが、、、貴方を選んだの??

私の旦那様、、、早く、、、連れてきて!!!」

奥様は、夕食の乗ったトレーごと床にたたきつけ、私につかみかかる。目はうつろだ。何も映していない。髪を振り乱して私のブラウスの襟元を締め上げる、、、

「司祭様は、、まだなの?まだなの?、、、あなた、、司祭様まで私から取り上げるの?」

少しだけ開いたカーテンから、日が沈む前の最後の光が入る。

「なんなの?どうしてなの?どうして来てくれないの?愛していると言ったのに、、、あはは、、」

テーブルの物を片端から放り投げる。部屋に入ると、あのお香の残り香がきつい。

「あはは、、、あなた、、、わたしから、、うばって、、楽しい?」

叩きつけられた羽根枕の羽が、部屋中に舞い上がる。そして、、ベットわきのランプを放り投げる。

油がこぼれ、、、、、カーテンが燃え上がる。最悪だ。

慌てて消しに走るが、勢いが、、、

「あら、、香を、、、焚かなくちゃ」

火を見た奥様は、嬉しそうにお香を放り投げる。ベットわきのテーブルの引き出しに入っていた沢山のお香が、炎に飲まれていく。物凄い匂いだ。

なるべく息をしないようにして、奥様を抱えて部屋の外に出る。もうこの部屋は、手が付けられないほど火が回ってしまった。

香の匂いを嗅いだからなのか、奥様は騒ぐのをやめ、、その代わり、、意識を手放してしまった。細い人だが、意識がない人は、、重い。


メキメキっと音を立てて、天井まで上がった火が、奥様を引きずりだした廊下まで広がりだした。ここで、こんな形でこの人を死なせるわけにはいかない。

一歩づつ歩く。引きずりながら。



階段を降り、玄関から外に出たとたん、、、離れは崩れ落ちた。
























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