成金男爵令嬢は借金返済中
風子
第1話 つぼを割ってしまったところから
壺を割ってしまった。
わが身をスライドさせ、何とか割れることだけは回避しようとしたが、残念なことにかなわなかった。なにせ、でかい壺だったので、、、、
「やってしまったな。」
冷静に言われても、、、まあ、その通りです。
ここは貴族のための学院の生徒会室。私、地方小規模男爵家のナタリーは足元で割れてしまったでかい高価そうな壺の残骸に目を落とす。
「・・・す、、すみません、、、弁償します、、、え、と、、お幾らくらい?」
私を呼び出した生徒会長が、ニヤリと笑う。
「1000万ガルドくらい。」
だろうな、隣国の希少な焼き窯の壺だった。趣味は悪いけど。相場だ。払えないけど。同じものは二つとない、と言われる焼き物だ。頭の中で素早く計算する。
「え、、、と、では、20年の分割払いでいかがでしょう?」
進学と同時に、王都で小さな店を開いたばかり。従業員もいる。学生協への卸も始まったばかり。軌道に乗るまでは無理はできない。年間50万ガルド、妥当な線だ。
「・・・ふむ、意外と現実的だな。でも、そうだな、、お前に仕事を依頼する。で、仕事の出来高で負債金を軽減してやろう。どうだ?」
仕事で解消できるなら、無駄なお金は使わなくて済む!快諾だ!
「はい!やります!仕事します!針仕事でも、洗い場でも、何でもやります!!」
嬉々として答えた私に、生徒会長はきれいな濃い青の目を細めて笑った。
あ、ちょっと早まったかな。
「なんでも、ね。いい心がけだな。」
*****
私、ナタリーは一応男爵令嬢なのだが、実家はお爺ちゃんが戦時中に国に軍事物資をだいぶ提供したことで頂いた爵位で、もともとは商家だ。
父親は、やり手過ぎて隣国との間の大河に私財を投じて橋をかけて、これまた上位爵位を頂けることになったが、面倒くさいので断ったらしい。が、この橋はうちの領地から隣国への反物の輸出用だと思う。うちの領地は痩せた土地なので、東洋につながりのあったお爺ちゃんが綿花や蚕や、麻の栽培に力を入れ、糸から布地の生産、染色、加工、出荷までを領民と力を合わせて行っている。王都に出荷するより、隣国が近かったため、橋をかけたと思われる。隣国と関係が良好だからできる技である。
跡取りの兄は、布地の生産の傍ら、紙の生産を始めたらしい。これからは娯楽本とかが売れるよーって言ってたから、作家も抱えてるっぽい。
私は好きに生きていいと言われていたので、まあ、政略結婚するほどの家名もないしね。お爺ちゃんからの生前贈与の500万ガルドをもって、王都で学生生活を送ることに。専攻は経営経済学。なのだが、田舎者なので、都会の流行とか、学園のお嬢さま、お坊ちゃまの動向を観察するのが目的かなあ。
そんな私がなぜ生徒会室で壺を割ってしまったかというと、学生協に出店している私の店の件で確認したいことがあるから、と、生徒会長直々に呼び出されたから。
「失礼します」
「ああ、入れ」
「生徒会長のハルだ。君の名前は?」
「あ、はい、ナタリーと申します」
スカートを軽くつまんでお辞儀した。その時!なんとスカートのポケットの中から500ガルド硬貨がころころと転がり出てしまったのだ。あわてた私は、思わず硬貨を追いかけた。そう、そしてその硬貨はころころと、、生徒会室になぜか鎮座する大きな如何にも高価そうな壺の台座の下に転がって行ってしまったのだ。私は迷わずかがんで台座の下に手を突っ込む。あとちょっと、あとちょっと、、、隙間に指を伸ばせるだけ伸ばした、その時、、
「取れたああああ!!」
と、歓喜の声を上げている場合ではなかったのだ。
500ガルド硬貨を握りしめて立ち上がろうとしたときに、なんと、、壺にもたれかかってしまったのだ。そこから先はスローモーションを見ているようだった。
「げっ」
「あっ」
なんとか傾く壺を支えようとした。が、しかし、壺は重かった。傾きかけた壺は無念にも床に転がることになる。ボゴッツ、という重い声を上げて、壺は割れてしまった。
割れてしまったものは仕方がない。掃除道具を借りてきて、さっさと片づける。
「侍女にやらせないのか?」
と、生徒会長。
「えー、うちの優秀なスタッフはこの時間は学生協の売店ですね。このくらいはなんでもないですよ。」
「ふーーーん」
「この残骸頂いてしまってもよろしいですか?
で、、、なんで私は呼ばれたんでしたっけ?」
そもそも呼び出しさえされなければ、硬貨も転がらず、壺にも出会わなかったのに、、、
「おい、声に出てるぞ」
「!!」
「お前、学生の身で、市内に店を構えてなおかつ、この学院の学生協で出店しているんだってな。間違いないか。」
「はい。手続きはきちんと踏んでいます。学生協への出店の要綱も、隅々読んで確認しましたが、学生は不可、の記載はありませんでした。市内の出店に関しても、公序良俗に反することは致しておりません。商工会にも加盟し、帳簿もつけていますので、年末きちんと税額申請するつもりです。なにか、問題が?」
「お前の実家は、金銭的に困っているわけではないだろう?」
「はい。ただ、与えられた金額内で学園生活を送るように言われていますので、それを元手に手堅く稼いでいきつつ、情報収集としての、まあ、パイロットショップ的な?なおかつ、若者の動向や趣味嗜好を観察出来て、ホントに楽しいです。
生徒会長もただ制服を着ているように見せかけて、、シャツは別注ですねえ。カフスボタンの青い石は南の国のサファイヤ、加工はモーガン商会と見ました。会長の瞳の色に合わせているということは、、、婚約者からのお誕生日プレゼント、あたりでしょうか?」
「あ、、、いや、、、母だ。
いや、そうじゃなくてだな、そうか、事情はわかった。商売熱心はいいが、学生の本業は学業だ。おろそかにするなよ。」
「はい。特待生で入らせていただいたので、このまま卒業まで学費免除で頑張るつもりです!」
「特待生、、だったのか」
「はい、では、失礼します!」
と、切り上げて帰ろうとした私に、、、
「いや、待て。壺がなかったことにしてないか?」
「・・・・・」
「とりあえず、放課後は生徒会の仕事を手伝え。俺の秘書として骨身を惜しまず働け。」
「・・・で、月額の差引額は?
そもそも、学院の備品ですか?」
「うーーーーーん、10万ガルドでどうだ?
この壺は私物だ。生徒会室が殺風景だからと理由をつけて祖母に押し付けられた。」
一年で120万ガルドかあ、、、高位貴族の御ボンボンぽい割に、意外と現実的な金額の提示だったなあ、、まあ、いい金額だけど。放課後かあ、、まあいいか。
「おい、声に出てるぞ」
「・・・・・はい、了承いたしました。契約書作ったほうが良ければ用意しますが。」
「いや、不要だ。」
「そうですねえ、口頭での契約も契約に違いないですからね。じゃ、明日からお伺いします。おばあさまにもお詫びをお伝えください。」
軽くスカートをつまんで挨拶する。500ガルド硬貨は落とさないように上着の内ポケットに入れておいたから、、、しかし、500ガルドが原因で1000万ガルドの負債かあ、、、修業が足りないなあ、、、
*****
閉まったドアを見てため息をつく。声に出てるぞ。
学生協で荒稼ぎしている『成金男爵令嬢』がいる、といううわさを聞いて少し調べてみたが、意外としっかりした商品を適正な値段で売っている。学生協への契約書も確認したが、不正はないし、不備もない。学長に確認したら、
「たまーにああいう面白い子が入学するよねえ」
と、笑っていたので、まあ、問題はないのだろう。
彼女の父親は私財を投げうって隣国との間の大河に橋を架けた。
戦になったらどうするつもりなのか、と国王に問われた彼は、
「壊せばいいんですよ。戦略的にも有効ですね。」
と、言ってのけた。すんごい金額がかかっている橋だ。壊すんだ。
まあ、隣国との関係は良好だし、確かに両国の間に橋が架かれば交流も盛んになり、良いことのほうが多いだろう。実際、流通は向上し、日数をかけて荷物を移動させ、各地でよくわからない通行税を取られることを考えると、農作物や交易品の流通業者には良いこと尽くしだろう。橋の両脇にはお互いの国の監督署がおかれ、通行料は1000ガルド。安くない?これは橋の維持管理にのみ使われるらしい。
その娘が王都のこの学園に入学する情報が入り、よく観察するように、と、国王直々に御言葉があった。
観察してみたが、、、貴族令嬢らしからぬ娘だとわかった。へんな、、未知の生物のような、、、すくなくても俺の周りにはこの17年間のうちには存在しなかった貴族令嬢。今も、がっちゃがっちゃ、壺の残骸を運んでいる音がしている。
どうするんだ?それを貰って帰って??
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