第41話 この関係に、彼らは幼馴染と名前をつける

 ノースリーブの水色ワンピースを着て、俺は水上澄玲の前に立つ。恥ずかしさはもちろんあるけれど、最初の頃の動揺はもうどこにもない。

 たしかな自信を胸に秘め、


「──これがあたしたちの答えだよ、澄玲ちゃん。まなちゃんの初めては、あたしたち3人なんだもん」

 

 もちろん、俺がワンピースを着たところで、俺と澄玲と村間の関係自体は何も変わらない。

 だけど、俺たちの繋がりはを共有する特別な関係だと、そう信じることはできる。

 そして、互いがその初めてには意味があると心から思えるなら、俺たちは幼馴染にだってなれるのだ。

 

「……可愛い」


 小さな呟きと共に、澄玲の口から吐息が漏れた。分厚い仮面の奥に隠された彼女の素顔が少しだけ現れる。


 続けて村間は声を絞り出す。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら。


「だからさ……ちゃんと話してよ……澄玲ちゃんの気持ち。あたしも……一緒に悩んで……苦しみたいから」


 切実な村間の訴えに答えるかのように、澄玲のよそよそしい雰囲気は完全に消え、目には涙を溜めていた。

 そして僅かな沈黙ののち、澄玲は口を開いた。


「──失望するかもしれないわよ」

「ううん、大丈夫。どんな澄玲ちゃんも、あたしは受けいれるから」


 そこには村間の覚悟が垣間見え、俺は少しだけ驚いていた。すなわち、永遠を否定し続けていた村間が、澄玲との関係を守り抜くと言い切ったことに。

 その自信こそまさに、俺がずっと、幼馴染という夢に託してきたものだったから。


「……私ね、めぐみさんに嫉妬したの。真那弥に必要なのは私じゃないんだって。おかしいわよね、真那弥と距離を作ったのは、私自身なのに」


 自嘲気味に語る澄玲の瞳を、村間は真っ直ぐに捉えて離さない。誠実な態度で、澄玲と向き合い続けていた。

 

「そんなことない!」 

 

 村間は自分の声量に少し驚いた風だったが、もう一度言い直した。


「そんなこと、ないよ……」


 そうだ、おかしいわけがない。何よりも信頼できる関係性が欲しい。当たり前の事じゃないか。

 それを心から望むなら、俺は彼女と誠実に、本音で向き合わないといけないんだ。

 

「なあ、澄玲」

「……何かしら」

「俺もさ、幼馴染契約なんて半信半疑だったんだよ。昔から積み重ねた信頼、それに代わる者なんてないって」


 澄玲が幼馴染になることを提案された時、俺は一縷の望みにかけてそれを呑んだ。他に、俺の欲しい関係を手にする方法は、思いつかなかったのだ。


「でもいまは違う。俺……あたしは、澄玲となら幼馴染になれるって本当に思ってるよ。だって、澄玲と出会って、あたしに見える世界は180°変わったんだもの」


 彼女に出会わなければ、こんな格好を人に見せるなんて考えてもみなかっただろう。もちろん良いことばかりじゃなかったけど、いまの俺を形作った大切な経験だ。

 だから、たとえ俺に本当の幼馴染がいたとしても、澄玲が俺にとって特別な存在であるという事実は、決して変わらないのだ。


「あたしは誰よりも、水上澄玲と、村間めぐみを信頼したい。そして、互いを幼馴染だと信じられるなら、そこに信頼が宿るなら、もう幼馴染なんだよ!」


 決死の訴え。論理はめちゃくちゃ。だけど届いて欲しい、いまの正直な想い。


 澄玲はそんな俺を見て、こぼれた涙を拭いながら言った。


「そんなの……屁理屈だわ」

「澄玲──」

「だけど!」


 彼女は俺を静止し、首を小さく横に振りながらゆっくりと呟いた。


「──負けたわ」


 そう言って俯きつつも、澄玲の口元は笑っていて、嬉しそうだった。


「屁理屈だけど……そうね。私たちらしいわね。私たちの関係だって、互いを利用するための詭弁から始まったんだから」


 そうだ。俺は幼馴染が欲しくて、澄玲は男避けが欲しくて。始まりは打算だったかもしれない。

 澄玲は俺たちに向き直る。


「まなちゃん、めぐみちゃん。お願いします。私を幼馴染に、そしてにしてください」


 それでも、たとえ虚構で、事実がなくても、ここに繋がりを作り出すことはできる。

 そしてその繋がりを守り続けられるならば、きっといつか、最高の信頼関係が花開くんだ。


「違うよ、澄玲ちゃん」

「……え?」

「私たちはもう親友で、幼馴染だよ! これからもよろしくね、澄玲ちゃん」

「改めてよろしくな、澄玲」

「──ええ! よろしくお願いするわ」


 幼馴染とは何か。結局のところ、この問いに意味なんてなかった。

 だけど一つだけ言えることがある。

 俺の求めていた信頼関係は、ずっと欲しかったものは、間違えなくここに存在しているのだ、と。

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