第40話 信頼こそ幼馴染の本質なり

 澄玲との1週間ぶりの再会。

 だがそれは拍子抜けするほど淡々としていた。

 

「来てくれてありがとう、2人とも。いまお茶を出すわね」


 どこか他人行儀な澄玲の態度。まるで以前までの関係の終焉を告げるかのように。重苦しい空気が、部屋全体を覆っていた。


「澄玲ちゃん……あたし、前みたいに3人で仲良くしたい」


 村間は目を潤ませながら、その空気を押し返すかのごとく必死に訴える。だが対象的に、澄玲の表情は依然として、不自然なほど穏やかだった。


「あなたたちは本当の幼馴染なんだから、偽りの幼馴染なんてもう必要ないわ」


 優しく言い聞かせるように、澄玲は返す。

 そして呟いた。


「……結局、偽りの幼馴染なんて無意味だったのよ」


 儚げな彼女を見ていると改めて感じる。水上澄玲は、やはり美しい。

 彼女と並び立てる人間なんて、男女問わずほとんどいないのだろう。もちろん俺も含めて。

 いままでも、そしてこれからも……。

 


 ──な〜んてな。

 そんなことは最初からわかっていたさ。その上で、俺は澄玲の幼馴染を目指してきた。

 そう、ここまでは想定内。あの頑固な澄玲なこと。一筋縄ではいかないのはわかっていたよ。むしろあっさり家に上げてくれたのは好都合だ。

 

 


 残念だったな澄玲。俺はもう持っているんだよ、その答えを。

 澄玲が俺と幼馴染契約を結んだのは、他の男を遠ざけるためだった。けどきっと、澄玲はこの契約にそれ以上の意味を見出していたのだ。そうでなければ、本当の幼馴染の存在に、彼女の心が揺らぐはずはない。

 ……作戦開始だ。


「なあ、澄玲。化粧台借りてもいいか?」

「化粧台? ええ、構わないけど……」

「ありがと。行こう、村間」

「真那弥くん……うん!」


 いつ出会ったか。どんな関係を築いてきたか。そんなものに意味は無い。本当に大切なのはもっと別のこと。

 それでも、どうしてもそこに意味が欲しいならば、という理由を求めるならば、俺たちがその初めてを作ればいい。たとえ偽りだろうと、互いが満足できるならそれは真実にできる。

 だって、、過去の事実ではなく、いまの信頼なんだから。


※※※


 村間と共に化粧台のある部屋に移動すると、俺は持ってきた鞄から、用意してきたぶつを取り出す。


「真那弥くん、それどうしたの!?」

「ネットで集めてたんだよ。自分でも使えるようになりたいと思って」


 服も、化粧品も、ウィッグも、俺は自分で少しずつ購入していた。も、もちろん親にバレないようにこっそりね。 

 女の子として過ごすのは、いまでもものすっっっごく恥ずかしい。けど同時に、新しい自分に出会えることは、少しだけ嬉しいことでもあって。もっと自分を変えてみたい、心の奥ではそう思うようになった。


 そして俺が澄玲と村間に初めて見せたもの。それが女装まなちゃんだ。女の子としてならば、俺はこの2人と本当の幼馴染になることができる。


「……まなちゃんが初めて出会ったのは、私たちだもんね」

「おう」

「ふふふ、なんか嬉しい。あたしも手伝うね!」



 結局、一時間近くかかってしまった。

 村間の助けは借りたものの、それでも技術は澄玲に遠く及ばない。

 でも──


「真那弥くん」

「ん?」

「いままでのどんなまなちゃんよりも可愛い!」


 村間は満開の笑顔で言った。

 少し照れくさいけれど、実際に俺もそう感じていた。初めて自分の意志で行った女装。それは、これまでのどの自分よりも堂々としていたのだ。


「あり……ガト」

「早く澄玲ちゃんにも見せてあげよ!」

「ウン」


 ……でもやっぱり恥ずかしいよぉ。女の格好に慣れるのは簡単ではないらしい。

 だけど自分で決めたこと。怖気付いている場合じゃない。新しい自分まなちゃんとしてまっすぐに、澄玲と向き合わないと。


 「ほらまなちゃん早く!」


 村間が俺の背中を押した。


 いよいよ澄玲の幼馴染のまなちゃんは、再び澄玲と対面する──

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