第38話 互いを幼馴染だと信じられるなら、それはもう幼馴染なのです

 こうして理科室には、俺と村間だけが残された。


 この短い時間に、室温は10度くらい上がったように感じる。互いに顔をチラチラ確認しながらも、目が合いそうになるとすぐに視線を落としてしまう。身体全体から、汗が吹き出していた。

 先に村間が口を開く。


「ね、ねえ、真那弥くん。さっきの話なんだけど……」


 ようやく発せられた声もすぐに消えゆき、『けど』に続く言葉はない。


「お、おう。さっきのな……」


 俺も中身のない相鎚を打つ。当然会話は繋がらない。そうしてまた、沈黙が帰ってきた。


 


 考えたことがない、と言えば嘘になる。むしろ、そうあって欲しいとさえ、願っていたのかもしれない。

 だって村間めぐみは、俺の理想の幼馴染像だったのだから。文句は言いつつも、彼女はいつも隣りにいてくれて、そんな存在は初めてで、だからこそ俺も自然体でいられた。

 きっと以前の自分なら、村間が本当の幼馴染であり、さらには俺に好意まで抱いているという事実に、ただただ舞い上がっていただろう。


 けど今は違う。

 俺にとって大切な存在は一人村間だけじゃない。何よりも先に守らなければならない繋がりは、もう一つあるのだ。


「やっぱり駄目だよ!」 


 俺の心を代弁するかのように村間は立ち上がった。頬は赤く染まっているが、何か吹っ切れたような清々しい表情。そして続けて、俺に訴えた。


「だって私の大切な人は、真那弥くんだけじゃないもん」

「……だな」


 完全に同意だ。いまの俺たちには、一刻も早く取り戻したいものがある。

 村間はこれまで決して、幼馴染の永遠性を認めなかった。人間の関係は努力しないと簡単に壊れてしまうから、と。そして俺は、そんな彼女の言葉をずっと拒絶してきた。


 だけどいまわかった。逆だったんだ。


 この繋がりを永遠にしたいと欲し、行動できる。そんな関係自体にこそ価値はあるんだ。

 それならば、俺の求め続けてきた信頼関係は、互いにそれを守りたいと願い、動き出した瞬間に、既にここにある。


「なあ村間」

「なに、真那弥くん」

に相談に行こう」

「……!? それって」


 俺にとってかけがえの無いあの時間を取り戻すためなら、俺はなんだってやってみせる――


※※※


 放課後。

 俺と村間は共に電車に乗り込んだ。平日の夕方ということで、車内は学生は社会人で溢れている。


「ほんとに行くの? サキちゃんのところ」

「……だって、すべてはここから始まってるんだから」

「そうだけど」


 俺たちはいま、かつての幼馴染と再会しようとしている。彼女との積年の溝を埋めることが、澄玲との信頼を取り戻す第一歩だと思うから。

 もちろん、彼女に対して複雑な想いを抱える村間が、躊躇する気持ちもよく理わかる。

 だけど一つ言わせて欲しい。


 !!!


 だってさぁ、もうバレてるのよ。俺が必死に女の子のふりしてたこと。可愛いお洋服を着せられていたことも、裏声で『アタシ』って言ってたことも。

 一体どんな顔して紗希さんと会えばいいんだよ。恥ずかしすぎるでしょうよ。

 

「真那弥くん?」


 村間は不安げな顔で俺を見る。いかんいかん。せめて彼女には、前向きな顔を見せないと。


「ううん、なんでもない。村間もきっと大丈夫。紗希さんも会いたいって言ってくれてるんだし」

「うん……そうだね」


 先ほど連絡したところ、紗希さんはすぐに返事をくれた。おそらく彼女も、きっかけを探していたのだろう。

 自然に消えてしまった関係は、自然には戻らないけれど。互いに思いを伝え合い、再び分かり合うことができれば、取り戻せないわけじゃない。


「じゃあ行こうか」

「うん」


 決意を胸に、俺たちは電車を降りると、人混みに押されながら駅を出た。すると。


「メグちゃん!」


 そこには夕陽を背に一人立つ、紗希さんの姿があった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る