04 マイペースなケンちゃん-07

 わたしたちは並んで、太融寺の境内に入って行った。お寺の敷地をぐるりと囲む板塀を、ぱっと見ただけではわからない世界があった。門を一歩くぐると、静かでほどよい重さの空気が漂う。

「意外と広いんだね、びっくり」

 ケンちゃんを見上げる。

 彼はというと、はじめからわたしの反応を見たかったようだ。口元をほころばせて、わたしに話しかけてくる。

「いいでしょ、この雰囲気。ここのお寺さんはね、時々は落語会もあったりするんですよ」

「へえ、そうなんだねー」

 当たり前のことだが神社仏閣と言っても、それぞれ歴史も雰囲気も違う。もちろん背景となる思想に違いがあることは承知だが、露天神社のライトな空気と比べて、こちら。幾分どっしり構えた印象を受ける。

 近松門左衛門が描いた「曾根崎心中」作中には露天神社はもちろんのこと、太融寺も登場する。そんな由緒あるお寺だということは知っていた。たとえ散歩とはいえ、訪れるのは初めてだ。想像していたよりも広い境内には、わたしとケンちゃんしかいない。

 きょろきょろ目線を動かしていると、更にケンちゃんが話しかけてきた。

「あそこに。豊臣家にゆかりの深い淀君の御墓があります」

 された方向を見ると、少し奥まったところにあるようだ。行ってみたいと告げる。

 そちらに近づくごと、空気がひんやり流れてくるのがわかる。さほど古くない木製の看板には「史跡、淀殿之墓」と書かれてあった。

「お寺の、隅っこに祀られているのね。知らなかった。秀吉さんの側室だっけ?」

 わたしが言うと、案内人は笑った。

「そうそう。ちなみに正室の高台院、ねねさんは有馬温泉に銅像がありますよ。ぼくも来るまで、知らなかったんですよ。淀君さんは側室とはいえ戦国武将の浅井長政の娘です。だから、もっと仰々しく祀られているかと思っていたから」

 石造りの小さめな六重の塔の前。わたしはケンちゃんへと向き直った。

「神社の使い魔が、こんな宗派が違うところなんて来てもいいわけ? 神道と仏教って全然違うじゃない」

 相手が苦笑いをしながら、頬を掻く。

「元々、神道が日本に仏教を広めるのを許可したわけで。その辺りは、ぼくも神さまから叱られたことがなくて」

「へえ。結構フリーなのねえ、ケンちゃんの神さまって」

「っていうか、黙認に近い」

 ちょっと照れくさそうな表情で、きつね男子はこめかみを掻き続けている。

 この子ってば。なんだか相当に、神さまから御贔屓にされているみたいだなあ。



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