04 マイペースなケンちゃん-06

 ケンちゃんって、不思議な人だ。

 ああ、ヒトじゃなかったっけ……まあ、いいか。昨日の夜に出会ったばかりなのに、とても懐かしい感じがする。笑ってくれる顔が見たくなる。

 引き合わせてくれたのは東堂係長なんですけどね。その東堂も、すっかりケンちゃんに惹きつけられたようだ。だって、ついさっきまで。あの人があんなにリラックスした表情を持っているなんて知らなかったのだから。

 ケンちゃんがわたしの肘をつついてくる。

「茉莉さん。場所を変えるならね、天気もいいし、太融寺たいゆうじに行ってみませんか」

「お散歩?」

「そう。お散歩」

 ケンちゃんがにこにこしながら、歩道を右に曲がる。わたしはぴったりと横に並ぶ。東堂の方が若干だけど、ケンちゃんより背が高いかもしれないと感じた。

「そういえば行ったこと、なかった……案内してくれる?」

「もちろん」

 テナントビルの裏側にまわった。ビルふたつぶん程の距離を置いて、飴色の木塀で大きく囲まれた太融寺の門が見える。何気なく振り向くと、そこにも小さなお寺があった。賑わっている大通りのすぐ裏なのに、流れている風の匂いが変わったような気がする。

 歩きながら、ケンちゃんはわたしを覗き込んできた。

「そういえば、さっきの東堂さんのことだけど」

「なあに?」

「仕事場では、どんな人なのか想像しかできないけど。昨夜ゆうべと、ついさっきまで茉莉さんと一緒にいたとき、遠慮がなくていいなあと思いました」

「遠慮?」

「お互いに気を遣わないで話ができて、しかも不愉快にならない間柄は素敵だなあと」

「そうかな。ケンちゃんから見て、そんな感じなんだね。わたしと東堂くんって」

 寺の門前、わたしは立ち止まって彼を見上げた。

「付き合いが長いからだと思うよ。同期入社だと結構、仲良くなりやすいものだし。それにね、わたしたち人事部って、なぜか昔から東京採用なのね。関西の人は人事部になれないの。そういうのも、どこか身内っぽくって互いに話しやすいのかもしれない」

「そういうのも、あるのかー。なるほどですねぇ」

 ケンちゃんも立ち止まって、こめかみをさする。

「あんな商売をさせてもらっているけど、ぼくね。ホントは他の人と関わるのが苦手なんですよ」

 わたしは相手の目を、まっすぐに見つめた。

「人付き合いが苦手だ、という人でも。いろんな分野でトップセールスマンになっていたりするよ。だから大丈夫だよ。それに、東堂くんもわたしもあなたのこと、好きだよ?」

「ほんとに?」

 切れ長の目が、まんまるくなった。かわいいな、と思ってしまう。

「うん、ほんと」

「じゃあ、ぼくにも親しくなれる存在は出来るんだよね」

「当たり前じゃないの」

「うれしい」

 ケンちゃんは、ほうっと吐息をついて肩を落とした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る