03 仔ぎつねたちのいたずら-05
「えー、なんで」
つい今しがた、あの屋根の下。手水鉢の縁の上に。六体のきつね豆人形を並べたばかりなのに。五分も経っていないのに、彼らは忽然と消え失せている。
何度か目をこすったけど、そこには四本の柄杓以外に置かれているものはなかった。
「やられた、きつねのいたずらだ。すっかり遊ばれたよ……」
つぶやいたわたしの背中を、授与所からの声が刺してくる。
「そんなところに座らんといてください!」
どうやら腰が抜けそうになっていたらしい。なんとか背筋を伸ばして、拝殿へと足を運んだ。授与所の女性が追い打ちをかけるように、身を乗り出しているのがわかる。
「ゆるキャラなんて、ないですからね!」
まばらにいた拝殿近くにいた人は誰ひとりとして、こちらを振り向こうとはしない。
会社を休んでまで、ここの神社に来なくてもよかったのかもしれない。そう考え出したら、心が一気にしぼんできた。
意気揚々と来てみたのはいいものの、祀られているきつねにからかわれただけだ。
穴があったら入りたいくらい、恥ずかしい。
こんな自分を授与所の女性だけならまだしも、通りすがりの参詣客に「変な人」と認識されてしまったとしたならば、ショック倍増だ。
しょんぼり。
わたしって、この神社からは歓迎されていないのかも。
うつむいていた耳元に、明るい子どもの声が響いてきた。
――「お姉ちゃん、元気だして! 顔を上げたら、いいことあるかもよ!」
あ、さっきの子……きつね? そのうちの、ひとり? あ、一匹? まあ、どっちでもいいか。なんなの、こっちに悪戯を仕掛けてきておいて。その言い草。ホントに訳がわからない。
やっぱ家に帰ろうかな、欠勤してウキウキ気分でいたことに罰が当たったのよね、たぶん。
もやもやした気分を切り替えようと、裏参道へと足を踏み出したときだった。
左側の末社奥から出てきた人影が近づく気配がする。そして、その人影は真横から話しかけてくる。
聞き覚えがあると言えばある、ないと言えばない。そんな、男の低い声だ。
「……ちょっと」
びくっと全身が震えた。
自分は会社を当日欠勤している身。
後ろめたい感情が、あらためて膨れあがりはじめていた。
よりにもよって同じ職場の人に見つかっていたら、どうしよう。なんて言い訳をすればいいんだったっけ。
ここに来る前にシュミレーションしていたのに、どうしよう。咄嗟に思い出せない。わたしの心臓はパンクしそうなくらい、波打ちはじめた。
恐る恐る、そちらを見遣る。
東堂だった。彼もまた、驚嘆した面持ちでわたしを見ている。
「かっ係長? なんで? なんでここに?」
こちらの問いに、レジメンタルのネクタイを大きくゆるめた上長が、やりきれない雰囲気いっぱいに唇を開いた。
「朝イチで社内全部がシステムダウンだ。ありえないよ、茉莉ちゃん……いや、野々村さんの欠勤連絡を受けた直後だ。空調設備だけじゃなくって電気やネット環境まで、ぽんこつすぎて情けねえよ。まったく」
「そ、そういえば」
去年も似たようなことがあった。あの時は午後イチから人事部署がある階だけがシステムダウン状態になり、業務が出来ない状態になったのだ。仕方がないので午後四時まで研修と銘打って、社内規則を人事全員でノートに書き写した。定時になっても復旧がかなわず、人事部全員が帰宅した記憶がある。
「本社なんだぜ、一応は。なのにさあ、まったく整ってないって。なんなんだよ」
東堂がぼやきながら、自分のこめかみをぐりぐり指で押さえる。
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