異端審問官の異端者 ~生まれてすぐに悪魔の依り代にされた子~

コラム

プロローグ

夜の古城で、そこら中から悲鳴が聞こえ始めていた。


やがて火の手が上がり、黒い衣服で身を包んだ集団が城内にいた者たちを虐殺していく。


「ここは任せたぞ、ロトンド」


そんな血に染まった城内を歩く男が、側にいた青年に声をかけた。


男の名はファノ。


彼は黒い衣服で身を包んだ集団――異端審問官を率いる男で、この古城で悪魔召喚の儀式が行われる情報を入手し、部下を連れて襲撃した。


反撃に出た異端者たちだったが、審問官たちの魔術によって一方的に倒れていく。


だが肝心の儀式の場所はまだ見つけられておらず、城内を部下に任せたファノは、一人地下へと続く階段を降りていった。


地下へとたどり着く。


松明一つない暗闇の中、ただ己の感覚に従って進む。


そこでファノは、奥に見えた扉から禍々しい魔力を感じ取った。


それは悪魔の力――闇属性の魔力だ。


そして扉を蹴破り、中へと入ったファノ。


部屋には床に赤い色の魔法陣があり、その側には二人の男女が立っていた。


「ハッハハハ! もう遅いぞ、異端審問官!」


「その通りよ! 我らが主がついに召喚されたわ!」


歓喜の叫び声をあげる二人の男女。


この者らが首謀者かとファノが魔法陣へ目を向けると、その中心に何かの塊があることに気が付いた。


それは布で包まれた赤ん坊だった。


眠っているのか泣き声すら出さず、ただ魔法陣の放つ光に包まれている。


ファノは直感で理解し、二人の男女に向かって言う。


「まさか、お前たちの子か……。生贄に我が子を出しだすなど、それでも人間か!?」


声を荒げたファノに、二人の男女は声をそろえて言い返した。


主の器となれるこの子は幸せだ。


これからかつて戦魔王と呼ばれたダンテが息子に受肉し、世界を解放へと導く。


身分や人種の差別などないすばらしい世界を自分たちの子が作るのだと、まるで怒るファノを挑発するように答えた。


そんな問答としていると、魔法陣の中心にいた赤ん坊が宙へと浮いていく。


黒かった髪が真っ白になり、その全身に黒い模様が浮かび上がる。


そして禍々しい光を放ちながら、閉じていた両目を開け、赤い瞳をのぞかせた。


「なんだ、この体は?」


目を開けた赤ん坊はそう言うと、自分の手足を見て不可解そうにしていた。


一糸まとわぬ体に短い手足、まさか人間の赤ん坊の体を器に復活するとは思ってもみなかったといった様子だ。


その姿を見た男女二人は涙を流しながら、我が子に受肉した悪魔に向かってひれ伏す。


「おお、我らが主ダンテ、戦魔王よ!」


「どうか、どうかあなた様の力で、この世界をグレイル教会の支配から解放してくださいませ!」


復活した悪魔――戦魔王ダンテは、男女二人を興味なさそうに見ると、その小さな手のひらをかざす。


顔を上げた二人は、その禍々しい魔力に包まれた我が子の姿に笑顔を向けた。


両目も口も大きく開き、まさに感慨無量といった表情だった。


「死ね」


ダンテがそう言った次の瞬間、二人の男女は手のひらから放たれた光によって消滅した。


一瞬の出来事にファノは何もできず、ただ呆然とその様子を見ていただけだった。


自分を復活させた者らを消滅させたダンテは、クククと肩を揺らしていると、やがて天井に向かって声を張り上げた。


「現世は何百年ぶりだ!? あの頃よりも強い奴はいるんだろうな!? いないならすべて消してやるぞッ!」


「動くな!」


ファノは喜びを表していた悪魔に声をかけた。


その全身には彼の凄まじい魔力が纏っており、今にも飛びかかりそうなそんな様子だった。


赤ん坊の姿をした戦魔王は、そんなファノを見てさらに口角を上げる。


「いきなり貴様のようなのと会えるとはなあ。さあ、楽しませてくれよ!」


「くッ!? いかん!?」


赤ん坊の体から凄まじい魔力が放出される。


それは天井を突き破り、上の古城を吹き飛ばすほどの威力だった。


それから落ちてくる瓦礫と死体の山を見上げ、そしてそれら見下ろしながら宙に浮いていったダンテを追いかけ、ファノも魔力で空へと飛び上がる。


「これほどの力を……」


「何に驚く? 貴様でも可能だろうが。いや、むしろ今のオレよりも貴様のほうが上だよなぁ。まさか現世に出た直後に挑戦者になれるとは……。ククク……クッハハハ! 最高だぞ、人間ッ!」


ダンテの叫び声が合図となり、そこから戦いが始まった。


光と闇の魔力が激しくぶつかり合い、空中での格闘――魔力を纏った拳や蹴りを互いに放ちあう。


小細工一切なしの肉弾戦。


そんな異端審問官と悪魔の戦いを、生き残った者たちが震えながら見守っていた。


異端審問官ファノと戦魔王ダンテの戦いは、周囲の町や村に被害を出しながら四十日間も続いた。


その戦いの結果はファノの勝利で終わり、異教徒たちが復活させた悪魔の脅威はなくなった。


だがその後、ファノは異端審問官を辞め、姿を消した。


英雄と称えられた男が、どうして教会から去ったのか?


その理由は、戦魔王ダンテとの決着に関わっていた。


「心配するなよ。お前のことは俺が責任を取るから」


草が生い茂った平原で、赤ん坊を抱いたファノが歩いていた。


彼は笑った赤ん坊に笑みを返すと、何もない平原を一人歩いていく。


ファノはダンテを倒したのではなく、両親に生贄にされた赤ん坊の体に封じ込めた。


それは己の魔力の大半を失うといわれる禁術を使ったものだったが、彼にはそれ以外に戦魔王ダンテを止める術がなかったのだ。


そして今ファノは所属していたグレイル教会のある都を離れ、人里離れた辺境地で、この赤ん坊と暮らそうとしている。


進む平原には野生のヒツジの群れが見え、ファノはそこから赤ん坊の名前を思いつく。


「パストラル……いや、お前の名はパストラってのはどうだ?」


ファノが訊ねると、赤ん坊はキャッキャッと嬉しそうに声を発した。


その反応から彼は、赤ん坊の名をパストラに決めた。


――これは悪魔憑きとなった赤ん坊が成長し、彼自身とまたは彼――パストラと関わっていく者たちの物語である。

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