第36話 ドッグファイト

 リーゼクルス島を飛び立ち、コルベットは東を目指す。


 晴れ渡った空はとても高く、秋の訪れを感じさせた。


 巡航速度で飛行するコルベットのアイリスリットから、アセビは母の「飛び癖」を感じ取っていた。

 母の一部が、このコルベットの中で生きている。アセビは今、母と、そしてピエリスと一緒に空を飛んでいた。その事実に、アセビはくすぐったいような、飛び跳ねたくなるような気分にさせられた。


 ピエリスによれば、ケートスとの接触は日没後になるとのことだった。それまでの間は、ピエリスと一緒に空を飛べる。

 嬉しかった。けれど、これが最後のフライトになるかもしれないという恐怖が、アセビの背後に迫っていた。結局、最後の最後まで、アセビはピエリスをケートスから解放する手段を見つけられないままだった。

 このままでは、ケートスが空に散ると同時にピエリスは消えてしまう。アセビより小柄で、それでもずっと強くて、ひんやりしているけどほんのり暖かくて柔らかい身体から、大切な物が消え去ってしまう。

 不安で押しつぶされそうだった。ピエリスのアイリスリットで飛んでいた原付だったら、アセビの不安はピエリスに筒抜けになっていただろう。コルベットで良かったと思う一方、不安を一人で抱えることが心細くもあった。


「アセビ」


 ピエリスの声に、アセビは振り返る。


「この一件が片付いたら、どこへ行きましょうか?」


 おずおずと、ピエリスが言った。その言葉が、アセビの胸に立ちこめる不安を吹き飛ばした。


「あ、あのね、あたし北へ行きたい! ピエリス、雪山見たことないでしょ?」

「雪……をそもそも見たことがないですね。知識では知っていますが」

「じゃあ決まり! 装備も揃えなきゃ。こんな薄着じゃピエリスだって風邪引いちゃうよ」

「わたしは風邪を引きません」

「なんちゃらは風邪引かないって言うよね」

「「アセビは」でしたっけ?」

「なんだぁケンカ売ってんのかぁ!」


 他愛のない会話に下らない冗談でアセビはケラケラと笑った。ピエリスも、目元と口元を緩めて、普段よりずっと饒舌に語った。

 こうして語らっている間は、迫り来る終わりを意識せずに済む。それはピエリスも同じだったのかもしれない。



 太陽が水平線に触れる。ちょうどそのとき、コルベットのレーダーが機影を捉えた。


「後方から接近する機影があります」


 後席から背後を振り返り目を細めたピエリスが呟いた。アセビも操縦席のコンソールを見つめ頷く。


「こっちも確認した。たぶん……ううん、間違いなくリナ姉ね」

「逃げ切れますか?」

「無理。あっちの方が速い」


 太陽が半分ほど海に沈み、空の半分が群青色に染まり出す。ようやくアセビはその機影を肉眼で確認して深々とため息をついた。


「あーやだやだ」

「手強い相手ですか?」

「あたしの飛び癖、完全に把握されてるからね〜。ま、それはこっちもだけど」


 カルガモはコルベットの後方上空にぴたりと貼りついた。つかず離れずの距離でコルベットに機銃を向ける。


「このままじゃケートスまで一緒だよ……」


 このままでは二機一緒にケートスへ接近することになる。

 いや、考えてみれば、カルガモがケートスの対空兵器の餌食になる可能性の方がずっとあり得る展開だった。

 カルガモが排除されれば、アセビとピエリスはケートスへ着艦できる。だが、それでは……

 アセビは唇を噛んで、無線機をオープンチャンネルに合わせる。


「リナ姉。聞こえる? このままじゃそっちはケートスにボコボコにされるわよ。諦めて帰って」


 無線は沈黙を続ける。


「ねえ! 聞こえてるんでしょ!? あたしたちが飛び立った時点で、リナ姉たちの負けなの! 無茶なコトしないで帰ってよ! 死にたいの!?」


 返答はない。


「ったく! リナ姉の分からず屋!」


 無線のマイクを叩きつけて、アセビが悪態をつく。

 いったんケートスへの接近を止めるか? いや、それでは時間稼ぎにもならない。そもそも、アセビは一刻もはやくケートスでピエリスを救う方法を見つけなければならないのだ。

 ならば、

 

「ピエリス」

「はい」

「カルガモを堕とす。手伝ってくれる?」


 アセビの頬が震えている。強く噛みしめた奥歯がギリ、と鳴る。ピエリスにはアセビの焦りと苦悩が理解できた。だから、黙って頷く。


「でもね、誰も殺したくないの。あたしはただ、あの人たちに家に帰って欲しいだけ」

「わかっています」

「かなり無茶なお願いするけど……」


 言い淀むアセビに、ピエリスは威丈高な態度でふふん、と言って見せた。


「仕方ないからやってあげます」


強張っていたアセビの肩から力がすっと抜ける。


「じゃあ。お願い!」

「策はあるのですか?」

「ある」


 アセビは大きく頷く。その顔はイタズラを計画するような、悪い笑みを浮かべていた。


「荷物を拾いに行ってもらうのよ」


          ◇     ◇     ◇


 リナリアはカルガモのコクピットからコルベットを睨み付けていた。その視線をチラリと計器に向ける。もう間もなく、ケートスが見えてくるはずだ。

 そのときだった。


『リナ姉』


 突然、コクピット内にアセビの声が響く。

 リナリアはただでさえ厳しい眼差しを更に尖らせる。無線機はずっと回線を切っている。それでもアセビの声が聞こえるということは、通信手段は一つだけ。

 ──アイリスリット通信。

 主機のアイリスリットを介して送られてくるアセビの声に、リナリアは舌打ちする。アイリスリットの共鳴を利用したこの原始的な通信手段を遮る手段は存在しない。


『リナ姉、聞こえてるよね? わざわざ追いかけてきてくれたのに悪いんだけど、そろそろ帰ってくれないかな?』


 リナリアは無視する。


『あれぇ~? 聞こえてないのかなぁ~? リナ姉、リナねぇ~! ねぇ~ってばぁ~!!』


 脳天気なアセビの声がコクピットにわんわんと木霊する。コルベットがリナリアをおちょくるようにフラフラと上下に蛇行して、リナリアの視界から出たり入ったりする。

 がんっ、とリナリアは操縦席を殴りつけた。


「……うるさいぞ」

『あ、や~っと答えてくれた~。リナ姉。これ以上飛んだらケートスに堕とされちゃうよ? はやく帰った方がいいって』

「黙れ」


 コルベットがクルクルと側転して、カルガモのそばに近づいてくる。

 衝突を警告するアラートがやかましく鳴り響く。リナリアはとっさに舵を切った。急な操舵にカルガモがガクン、と揺れる。コルベットはカルガモをかわそうともせずに、危険な接近を繰り返してくる。


『あっはは! やーい、リナ姉のビビり~』


 生意気な声に煽られて、リナリアの額に青筋が浮かぶ。


「……いい加減にしろアセビ。これ以上ふざけるなら──」

『ふざけるならなに? ひょっとして撃つ~? 可愛い妹を? リナ姉にできるかなぁ? それに今撃ったら、ピエリスのアイリスリット回収できなくなっちゃうんじゃない?』


 リナリアは兵員輸送コンテナとの直通電話を掴み、兵士に告げる。


「発砲を許可。コルベットのジェットエンジンを狙え。推力を奪った後アイリスリットを押さえる」


 兵士から了解の返答を受けとり、リナリアはアセビに向かって伝える。


「アセビ。死にたくなかったら下手に動くな。流れ弾に当たっても知らないぞ」

『撃てるもんなら撃ってみろぉ〜! ま、どうせリナ姉にはできないと思うけど』


 コルベットはやってみろと言わんばかりに、腹を機銃の前に晒す。

 馬鹿アセビ。どうなっても知らないわよ……!

 内心で毒づき、リナリアは発砲命令をガンナーに出そうとした、そのとき。


 ガコン、とカルガモの機体が跳ね上がった。


「なんだ……っ?」


 浮き上がった機体を抑え込もうとリナリアはアイリスリットを制御し操縦桿を押さえる。すると今度は異常なまでに機体が降下を始める。


 機体の制御ができない! 

 どうして、さっきの浮き上がる感じは一体……


「まさかッ!?」


 リナリアは操縦席から身を乗り出して、機体後方を振り返る。ほぼ同時に、兵員コンテナの緊急脱出装置が作動したことを伝える警告音がコクピット内に鳴り響いた。

 潮の匂いが混じる突風が、コクピットになだれ込む。

 さっきまで兵員コンテナに繋がっていたハッチのむこう側に、暮れかけの空が覗いていた。

 機体を傾けると、兵員コンテナがスラスターを噴射しながら雲間に消えていくのが見えた。


「アセビッ、お前……!」

『あたしじゃありませ~ん、やったのはピエリスでーす』


 アセビの言葉にリナリアはハッとして再び後方を振り返る。コンテナを納めていた胴体中央部に、ブラウスにスカート姿というあまりのも場違いな格好の少女が掴まっていた。その右手は、緊急脱出装置のレバーを握り締めている。


「この……ッ!」


 リナリアは少女を振り払うべく勢いよく操縦桿を倒す。

 対して、少女は機体にしがみつくことをさっさと諦め、放り投げられるように宙に舞った。かすかにアイリスリットの輝きを散らしながら飛翔する少女の身体を、赤いコルベットがハヤブサのように掠め取っていく。


『ナーイスキャッチ!』


 戯れるようなアセビの声が、リナリアの神経を逆撫でする。


『リナ姉。兵隊さんたちこれから海水浴だよ? はやく行ってあげなよ。リナ姉スタイル良いから、水着姿見せてあげたら喜ばれると思うなぁ。あ、でも水着なんて持って来てないか! あはは!』


 遠く海面近くで、パラシュートを開いたコンテナが逆噴射をしている。こうなってしまえば、回収するだけで数時間は取られる。

 兵士たちを奪われた以上、残された時間での任務遂行はもはや絶望的だった。リナリアは操縦桿を握り潰さんばかりだった手から、力を抜く。


 もうこれ以上、任務のために飛んでも意味はない。その事実が、リナリアの心を圧迫していた責任感を消し去り、空いた空間を清々しいほどの諦念で埋め尽くした。


「……私は、負けたのか」

『ごめんね、リナ姉。卑怯な真似して。でも、これ以上リナ姉に危ないこと————』

「いや、アセビ。謝らなくて良いわ。むしろ、こっちが感謝したいくらい」

『……え?』


 リナリアは操縦桿を握り直す。並進しているコルベットとの距離を測る。


「これでやっと、自分のために飛べる」


 主兵装の安全装置を解除。同時にリナリアはスロットルを瞬間的に引き絞って操縦桿を捻った。

 進行方向に対して、機首が真横を向く。

 リナリアはトリガーを引いた。

 機首に装備された二十ミリ機銃が火を吹き、曳光弾が光の尾を引いて空を駆け抜ける。コルベットは慌てて舵を切るとこちらに腹を向けて急旋回に入る。即座にリナリアもフットペダルを蹴り、操縦桿を倒してコルベットを追う。


『ちょ、リナ姉! 何すんのよッ!?』


 慌てふためいて遁走とんそうするコルベットをリナリアは追い詰める。元より機体性能はこちらの方が上。その上向こうは非武装だ。狩るには簡単すぎる相手だった。


「解らない? ……そうよね、アセビに解るはずないわ……」


 コルベットが身軽さを利用して背後に回り込もうとする。しかし重荷を捨てたカルガモの機動力をアセビは見くびっている。

 カルガモの機首が跳ね上がり、背後に回ろうと宙返りを決めていたコルベットに正対する。背面飛行に入っているコルベットの操縦席で、アセビが目を見開いてこちらを凝視していた。


「これはね──」


 機銃のレティクルがコルベットを納める。狙いは後席に座っている黒髪の少女。


「憂さ晴らしよ」


 狙いは正確だった。機銃弾がカルガモとコルベットの間を結ぶ。

 だが、機銃弾は全て夕暮れの空へと吸い込まれていった。


「な!? ——チッ!」


 アイリスリットの燐光が暮れかけの空に舞い散っていた。

 黒髪の少女が自身のアイリスリットを使ってコルベットを強引に横滑りさせたせいだ。

 空中接触ギリギリの距離で、二機が交錯。リナリアは歯軋りをしてコルベットを追う。


『っぶないわね! マジで殺す気!?』

「ええ。マジよ。大マジよ、バカアセビ。死にたくなかったらその女放り出しなさい」

『するわけないでしょ!? そこまでしてピエリスのアイリスリットが欲しいの? そんなにケートスを手に入れて戦争したいの!?』


 がなり立てるアセビを鼻で笑い口元を歪める。だめだ。あの子全然解ってない。


「どうでもいいわよ。ケートスも、戦争も」

『……は?』


 コルベットが戸惑うように揺れた。


「……アセビ、どうしてそんなヤツと一緒にいられるのよ。そいつのせいであの人は、シオンは死んだようなものじゃない。その女が憎くないの……?」


『リナ姉、ママが死んだのはピエリスのせいじゃなくて──』


 訂正しようとするアセビにリナリアは虫唾が走る。うるさい。何も知らないガキのクセに。


「そいつさえいなければ、シオンはずっと私の隣にいてくれたのに!」

『リナ姉……?』


 アセビの声が戸惑いに震えている。困惑して当然だ。リナリアだって、こんなこと口にはしたくなかった。けれど、溢れ出る嫉妬を抑え込むことができなかった。


「————好きだったのよ、シオンが」


『えっ……? リナ姉、え? それ、え?』


「オルクに滅ばされた故郷から私を助け出してくれた。私を魔女として育て上げてくれた。私の母親代わりで、お姉さんで、ずっと憧れてた。でも憧れるだけじゃ足りなかった。ずっと隣にいたかった。だからシオンのような一流の魔女を目指したのに! どんな任務にも忠実であれば、あの人に認められて、私の想いにも気付いてくれると思ってたのに……!」


 姿を消したシオンの後を追ってアセビが姿を消したとき、リナリアがまず感じたのは憤りでも動揺でもなく羨望せんぼうだった。

 自分もシオンを探しに行きたい、そう思った。けれど自分には任務がある。任務をおろそかにすればシオンに認めてもらえない。

 きっとシオンでもそうする。任務に忠実であろうとする。シオンはいつか必ず帰ってくる。そして、任務を投げ出さずに使命を果たした自分を褒めてくれる。

 私を助けてくれたときと同じ、あの優しい微笑みで……


 そう信じていた自分が馬鹿だったと、学校の中庭に突き立てられた墓標を見て思い知った。


 考えてみれば、「任務に忠実であれ」とシオンがリナリアに教え込んだことなど一度もない。

 それはリナリアの信条でしかなかった。任務に忠実であればシオンが褒めてくれる? そんな期待は、任務を投げ出す勇気がないことを正当化する言い訳に過ぎない。本当にシオンのことが心配なら、どうしてアセビのように飛び出さなかったのだ。


 リナリアは任務を優先した自分自身を呪い、一人飛び出したアセビを怨み、そしてシオンが追い求めた黒髪の少女を妬んだ。


 口の中に血の味が広がる。コルベットに跨がる黒髪の少女に向けて、怨嗟えんさの言葉が溢れ出す。


「お前さえいなければ……ッ!」


 コルベットに向けて引き金を引く。こうすることでしか、リナリアは正気を保てなかった。ろくに狙わず放たれた機銃弾が、役目を果たさぬまま虚空を切り裂いていく。


『待ってよリナ姉! ピエリスを殺したって、何の解決にも──』

「うるさいわねッ! 解ってるわよそんなこと!」


 アセビに指摘されるまでもない。リナリアは解っていた。自分がどんなに支離滅裂なことを言っているのか。


「殺したって意味はない、怨んでも始まらない! 解ってるわよ! そいつがいなきゃシオンは月を壊さなかったんでしょ!? じゃあそいつがいなきゃ私がシオンと出会うことも無かったってことじゃない!! 私は……出会う前から、負けが決まってたってことじゃない!!」


 ピエリスとシオンが出会わなければ、今の世界はない。今の世界がなければ、リナリアがシオンと出会うこともなかった。ピエリスの存在を否定することは、リナリアの恋慕をも否定することになる。


 それでも。


「憎いのよ! 私は十八年も一緒にいたのよ!? なのにそいつの方がシオンにとって大切だなんて、認められるわけないじゃない!」


 リナリアの視界が涙で滲む。


「伝えなかった私が悪いことぐらい解ってる。この気持ちにいつか気付いてもらえるなんて思い上がりもはなはだしいわ。自分に吐き気がする! でもだからって、素直に負けを認められるほど、この想いは軽くないのよ……ッ!!」


『リナ姉、やめて、もうやめてよ……!』


 アセビの声は震えていた。幼い頃に何度も耳にした、ケンカに負けたアセビが泣き出す直前の震えた声だった。


「だったらアセビ、あなたが私を堕として。間違いを認められない私を叩き堕として。そうして納得させてよ、「お前は負けたんだ」って。そうでなきゃ私は、好きだった人の想い人を殺すまで止まらない」


 操縦桿を捻り、リナリアはコルベットに襲いかかる。安全性を無視した機動に身体中が軋み、歯を食いしばる口の中に血の味が広がる。それでも構わなかった。むしろ痛みが心地よかった。自分の愚かさを罰してもらえている気がしたから。


 逃げ惑うばかりで反攻しないアセビに、リナリアは告げる。


「アセビが私を堕とさないなら、私があなたを堕とす。そしてそいつを殺すわ」


 その言葉で、ようやくコルベットの動きに真剣味が生まれた。積極的にカルガモの背後を取ろうと、殺気のこもった機動を取り始める。リナリアも一切の容赦を捨てる。

 掠っただけで人体を両断してしまう機銃の引き金が、今は羽のように軽い。


 空に残っていた夕暮れの残光は既になく、空には星が瞬き始める。一瞬でも気を抜けば相手を見失う。しかし、幼い頃から互いの飛び癖を熟知しているアセビとリナリアにその心配は無用だった。


 まるで二匹の蛇が絡み合うように、コルベットとカルガモが複雑怪奇な航跡を空に刻んでいく。

 アイリスリットに制御された二機に通常の航空力学は通用しない。機体の進行方向と機首は一致せず、放たれる曳光弾はまるで打ち上げ花火のような広がりを見せる。


 ダンスのような空戦を彩る銃撃は唐突に終わりを告げた。


 ガトリングの銃身が空転する音がカルガモのコクピット内に響く。

 機銃の弾が尽きた。コンテナを失った今、カルガモに武装は残されていない。


 ……いや。まだ一つある。リナリアは乾いた笑みを浮かべる。

 追いすがるコルベットを振り切って、リナリアはカルガモを急上昇させる。コルベットが芥子粒ほどに小さくなるまで昇ると一気に機首を反転。背面逆落としでコルベットに突っ込んでいく。


 あぁ、私は一体何をしているのだろう。

 リナリアは頭の片隅でため息をつく。


 ピエリスへの嫉妬がお門違いだと素直に認めて、自分が間違っていましたと謝ることができたら、こんなことにはならなかった。


 けれど、そんな状況は考えただけで反吐が出る。

 自分が間違っていることなんて百も承知だ。この悪あがきの無意味さなんて先刻承知の上だ。それでも、リナリアはこうせずにはいられない。

 こうしなければ、リナリアは一生心を虚無に蝕まれて生きていくことになる。そうなるくらいなら、間違った道を突き進んで、アセビとピエリスという正しさに打ち砕かれた方がずっとマシだ。


 これは、死に様の問題なんだ。だから、これでいい。


 でも、これではアセビも殺してしまう。自分の身勝手さに妹を巻き込んでしまったことが悔やまれる。

 コルベットの操縦席でこちらを見上げるアセビと目が合う。


 ごめんね、アビー。お姉ちゃんの馬鹿に付き合わせちゃって。

 リナリアは目をつぶった。


 かすかに違和感を覚えた。


 コルベットのシートに、アセビの姿しかなかったような気がする。

 そんな馬鹿な。きっと気のせいに違いない。


「気のせいじゃありませんよ」


 すぐ後ろから声が聞こえた。

 とっさに舵を切る。

 ダイブを中止、ホルスターから拳銃を──


 銃がない。


「空中戦の最中に目をつぶるなんて、「もうどうにでもして」という合図ですよ」


 白い肌の、黒髪の少女がリナリアに銃口を向けていた。撃鉄は上がり、安全装置は外れている。


 リナリアは心の底から安堵して、操縦桿を手放した。


「あぁ、悪くない終わり方ね」


 狭いコクピットに、乾いた銃声が鳴り響いた。

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