聖獣もふもふ村 聖獣と村造りをしていたら、世界的配信者になってました
佐藤謙羊
01 異世界の土地を相続、さっそく現地へ
子供は紙切れの価値を知って大人になっていく。
初めてチラシの裏に絵を描いた時、初めて紙幣を使った時。
僕はまだ経験はないけど、初めてラブレターをもらった時。
そして今日、僕はまた初めての紙切れを手にした。
「誕生日おめでとう、モコオ! ほぉら、プレゼントだ!」
吹き消したロウソク、その煙の横からグローブみたいにごつい手がにゅっと伸びてくる。
それは袋にすら入っていない古ぼけた紙きれだった。色あせていて、端っこがあちこち破れている。
隅っこのほうに申し訳程度に貼られているリボンのシールが無ければ、ゴミと勘違いしそうだ。
僕のいぶかしげな表情を察したのか、父さんはすぐに付け加えた。
「それはな、なんと土地の権利書だぞ! それもそんじょそこらの土地じゃない、特区の土地だ!」
「特区の土地? ってことは……」
お誕生日席に座る僕、目の前のケーキを挟むように座っていた父さんと母さんは、ふたり同時にニッコリした。
「ああ、お前も14歳になったから、今日から特区解禁だ!」「おめでとう、モコちゃん!」
それだけで僕の不審さはいっぺんに消し飛ぶ。それどころか両親がサンタクロースに見ていた。
「あ……ありがとう、父さん、母さん! いまから行ってきていい!?」
「えっ、いまから? ごちそうはどうするんだ? せっかく母さんが……」「いいのよ、いってらっしゃい。帰ってから食べるといいわ」
「うん! いってきます!」
僕は飛びたつ勢いで立ち上がったけど、はたとなってまた着席する。
「でも、本当にいいの? 土地の権利書なんて……」
「ああ、そのことなら気にするな。その権利書はひいじちゃんのものなんだけど、ひいじいちゃんはお前に土地を譲りたいってずっと言ってたんだよ」
僕のひいじいちゃんは6年ほど前に亡くなった。
本当かどうかはわからないけど、ひいじいちゃんは【アストルテア】っていう異世界で勇者パーティの一員だったらしい。
その勇者パーティの活躍で魔王が倒され、地球とアストルテアがつながって、日本政府はアストルテアを【特区】と名付けて行き来できるようにした。
特区は中世ファンタジーのロールプレイングゲームみたいな世界で、僕はずっと行きたくてたまらなかったんだ。
特区へは、クラスメイトたちは幼稚園の頃から家族旅行として毎週のように行っていて、小学生になる頃には子供たちだけで行っていた。
僕の両親は新しいものに疎くて、しかもどこからか良くないウワサでも聞いてきたみたいで、「危ないから」の一点張りで行かせてくれなかったんだよね。
ついに両親からの許可が出て特区に行けるようになったのは嬉しいけど、僕にはそれよりも気になることがあった。
「うちの工場って苦しいんでしょ? だったら土地を売ったほうがいいんじゃ……」
僕がそう言うと、両親は意外そうな顔をする。
顔を見合わせあったあと、ふたりして手をのばしてきて僕の頭を撫でてくれた。
父さんは慈しむような目で僕を見つめている。
「なんだ、そんなことを気にしてたのか。モコオもいつのまにか、大人になったんだなぁ。工場が苦しいったって、たいしたことじゃない。それに父さんは遺言も守れないような、じいちゃん不幸はしたくないんだ」
母さんはいたずらっぽく微笑んでいた。
「実はね、土地がいくらになるか確認してみたの。でも山奥の土地だったから、いくらにもならなかったのよ。だったらお誕生日にこの土地をあげれば、モコちゃんに新しいスマホをねだられずに済むんじゃないかって」
「おいおい母さん、土地の値段は興味本位で聞いてみただけで、たとえ高くでも売るつもりはなかったよ。あとスマホは……ウォッホン! とにかく、モコオは気にしなくていいから!」
咳払いとともに放たれた父さんの力強い一言に、僕の最後の不安は晴れた。
「うん、わかった」
「そんなことより、特区に行っても
「あ、うん、わかってるって! じゃあ、いってきます!」
ついでにお小言が始まりそうだったので、僕は今度こそリビングを飛びだす。
そのまま家を出ようとしたんだけど、玄関前ではたとなって方向転換、2階にある自分の部屋へと駆け上がった。
「山奥の土地なら森とかありそうだから、いい木材が手に入るかも!」
僕は幼い頃から父さんの工場を遊び場にしていたせいか、モノづくりが好きだ。
いまは日曜大工にハマっていて、部屋に置くための椅子やテーブルを作ったりしている。
いつかは家じゅうの家具を僕の手作りにしたいと思ってるんだけど、そうすると木材がいくらあっても足りないんだよね。
僕は机の上に散らばっていた工具を手当たり次第に通学用のリュックサックに詰め込んだあと、玄関へと下りる。
壁に掛けてあったウインドブレーカーを羽織り、山歩き用の靴を履いて家からさっそうと飛びだした。
家すぐ隣にはうちの工場がある。小さいけど活気があっていつも賑やか、でも今日は土曜日でお休みだからシャッターが下りている。
向こう隣の家の軒先にはペットのポチとタマがいたので、僕は手を挙げて挨拶した。
「いってきます! ポチ、タマ!」
「ガルルルッ!」「シャーッ!」「ピィーッ!」
ポチとタマは気持ち良さそうに日向ぼっこをしていたのに、僕を見るなり毛を逆立てて激怒。
しかも屋根の上に止まっていたスズメの兄弟まで、両翼を広げて僕を威嚇してきた。
僕は動物が大好きだ。でも動物からは嫌われる体質のせいで、触ったりしたことがほとんどない。
小学生の頃に犬を無理やり抱っこしようとしたことがあるんだけど、飲み込まれるくらいに手を噛まれたことがある。
ひいじいちゃんもそうだったみたいで、ひいじいちゃんは公園でパンを食べていてもハトがまったく近づいてこなかった。
それで小さい頃に「僕が動物に好かれないのはひいじいちゃんの遺伝のせいだ」ってひいじいちゃんを責めたことがある。
「ごめんね、ひいじいちゃん……。ひいじいちゃんは、なにも悪くないのに……」
僕はちょっとしんみりした気持ちになりながらも、駅前に向かって走る。
土曜の人出で賑わう駅前では、ちょうど正午を告げるチャイムが鳴り渡っていた。
僕は人混みをぬって【特区ステーション】の前に立つ。
特区ステーションというのは異世界アストルテアに行くための施設で、小さな空港みたいな作りになっている。
朝になると特区に向かう人たちで長い行列ができるほどなんだけど、ピークが過ぎたお昼はそれほど混んではいなかった。
初めての特区ステーションにちょっと緊張しながら自動ドアをくぐると、受付にいる【エルフ】のお姉さんが迎えてくれる。
エルフは地球と特区が繋がるようになってから現れた種族で、横に飛び出た長い耳と、誰もがモデルみたいな美しい容姿をしているのが特徴。
受付のお姉さんも、ドキドキがさらに増すような美人さんだった。
「いらっしゃいませ、今日はどちらへお出かけですか?」
「あ……こんにちは。その、特区は初めてで……」
「かしこまりました。それではまず、お客様のお名前を頂けますか?」
「あっはい、
僕のうわずった早口で察したのか、お姉さんは緊張を解きほぐすようなあたたかい微笑みをくれる。
「うふふ、とても良い名前だと思いますよ。それではモコオ様、こちらの用紙にご記入ください。あとモコオ様は未成年ですよね? 保護者の方に確認のお電話をさせていただきますが、よろしいですか?」
「あ、はい……!」
僕が用紙にペンを走らせている最中、お姉さんは僕の家に電話をしていた。
「保護者の方の確認が取れました。重要事項を説明した誓約書のほうにもサインを頂きましたので、正式に利用登録をさせていただきますね」
「よろしくお願いします。あ、あとこれ……」
僕は忘れないうちにと、リュックサックから取りだした羊皮紙をカウンターに置く。
するとお姉さんの顔色が一変、僕が書いた申し込み用紙と羊皮紙と交互に凝視していた。
やがて顔をあげると、今度は僕を見定めような視線を向けてくる。
「あの……モコオ様はもしかして……
「えっ……? はい、ひ孫です。ひいじいちゃんを知ってるんですか?」
「私どもエルフ……いえ、アストルテア人も含めて、モサオ様を知らない者はいないと思います。なにせ、アストルテアを救った勇者パーティの一員だったのですから」
ひいじいちゃんが勇者だったという話はホラかと思ってたんだけど、どうやら本当みたいだ。
お姉さんはカウンターに置いた羊皮紙に手を当て、なにやらゴニョゴニョと唱えはじめる。
すると羊皮紙が光りだしたので、僕は思わず目を見張った。
「あっ……!? 文字が浮かんでる……!?」
「こちらはアストルテアの土地の権利書です。モサオ様は魔王討伐の褒美として、領地を賜ったのです。名義のほうはすでにモコオ様のものになっております。アストルテアが初めてのお客様には王都に行かれることをオススメしているのですが、モコオ様の場合はこちらの領地に行かれるとよろしいかと思います」
「は……はい……!」
僕はもとよりそのつもりだったんだけど、お姉さんが真剣な表情だったのでちょっと不安になってしまう。
しかし言い出せずに、促されるままに出国手続きをすることになった。
出国の手順は空港に近くて、保安検査を受けてから【出発ロビー】という場所に通される。
出発ロビーは体育館みたいに広かったんだけど、そこにはエルフの係員さんが数人いるだけで、利用客は僕ひとりだけ。
見送りに来てくれた受付のお姉さんが教えてくれた。
「普段ですと、同じ場所に行くお客様は一度にまとめて転送するのですが、モコオ様の領地は地図には存在せず、また現時点では所有者であるモコオ様しか行くことができませんので、転送はモコオ様おひとりだけとなります」
お姉さんは僕の手を取ると、細長い水晶をギュッと握らせてくる。
もう会えない人にお守りを渡すみたいな感じだったので、僕の嫌な予感がますます大きくなった。
「あの……なんですか、これは?」
「これは緊急避難用のクリスタルです。なにかありましたら、迷わずこちらをお使いください。一般のお客様は安全な場所にしかご案内しないので、普段はお渡ししないのですが……今回は特別にサービスとさせていただきます」
「ええっ!? ってことはこれから行くところって、すごく危険だったりするんですか!?」
「それはわかりません。もう何千年にも渡って誰も足を踏み入れたことがない、未知の土地ですので」
アストルテアへの転送が始まったのか、足元に描かれている魔法陣が輝きだし、青い光が身体を包みこんでいく。
白く霞んでいく視界のなかで、僕は手を伸ばして叫んでいた。
「そ、そんな!? やっぱりやめ……! うっ……うわぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!?!?」
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