第20話:船酔い対策には果物と愛情です

 船旅は順調に進んだ。もちろん海賊船などではなく、正規の定期船である。船酔い対策として、なるべく大型で揺れの少なそうな船にうまく便乗させてもらえることになった。


「冒険者って、こういうときでも得をするんだな」

「ですね! 戦えるというだけで重宝されますからね!」


 心地よい海風が当たる甲板の上でイリスと会話する。海の旅は危険が多い。海賊や魔物と出くわしたら真っ先に戦うという条件で、冒険者は格安で……あるいは、逆に用心棒代を受け取って船に乗せてもらうことができる。命がけで戦うという代償つきだが、どちらにしても船が沈むような危機を黙って見過ごすわけにはいかない。


「この前の海賊のときなんか、そういうのがなかった時点で怪しかったわけだ」

「そうですよ、私はちゃんと警告したのに……」


 あのときは早く船に乗りたかったので、ろくに考えずに俺が決めてしまった。もともと冒険者の流儀に詳しくないアリシアとリンも巻き込んだ多数決で即断してしまったのだが、ここは一番の熟練者であるイリスの意見をもっと尊重すべきだった。


「ちょっと、みんなの様子を見てくるわ」


 なんとなく居心地が悪くなった俺は、船室に戻ることにした。ミキは予想通り船酔いで潰れていて、フィーナがそばについてやっている。アリシアとリンはそれほどでもないようだが顔色は悪く、テーブルにもたれつつラム酒のライム割りをちびちびやりながら酔いをごまかしているといった有り様だ。


「大丈夫か、ミキ。なんか食ったか?」

「駄目、食べたら吐きそうだから」


 フィーナに背中をさすられながら、青い顔でそう答える。それにしてもフィーナという子はミキをずいぶん慕っているようだ。詳しくは聞いていないのだが、この世界に転移したばかりの頃に彼女を助けて以来の関係だそうだ。俺とイリスの関係に似ているかも知れない。


「でも、あと3日は船旅が続くんだから、なんか食べないと持たないぞ」

「わかってるけどぉ……」


 勇者と認められた女。剣も魔法も使いこなし、俺の脱衣スキルも、リンの気功拳法すらコピーして習得した万能のミキも、船酔いには勝てないようだ。


*


「ほら、作ってもらってきたぞ」

「これは……りんご?」

「そう、コンポート。砂糖煮だな」


 俺達は用心棒として船に乗ったので、基本的に食事や少々の酒は無料サービスである。しかし貴重な砂糖をふんだんに使ったこれは、さすがに厨房にお金を払って作ってもらったものである。船酔いには果物の缶詰がいいと昔聞いたのを思い出して、積み荷の果物でそれらしいものを作ってもらったのだ。


「ありがと……甘ぁい。なんだか懐かしい感じ」

「この世界だと甘いものは貴重だもんな」


 ミキは、まずシロップだけを少しずつすすって、その甘味を堪能した。


「……でもこれ、高くなかった?」

「カネなら溜め込んでたからな。それに、甘味を食べたがってたのはみんな同じだ」


 煮物は少量だけ作るわけにはいかないので計12個、1人あたり2個分をたっぷり作ってもらった(なので代金は割り勘である)。俺も先ほど半個分を平らげたところだ。


「みんなは食事と見張り?」

「そうだな」

「それじゃ、しばらく二人きり?」


 彼女は返事を待たずに、ベッドに腰掛ける俺の隣にくっついてきた。花のような匂いのする、さらさらとした黒髪が俺の顔をくすぐる。


「ねえ」


 彼女はコンポートの皿を、スプーンごと俺に渡してくる。


「どうした、食わないのか?」

「ううん、食べさせてほしいなって」

「しょうがないなあ……ほら、あーん」


 スプーンでりんごを一口大に切り、彼女の口に運び込む。つややかな蜜に濡れたような舌と唇でそれを受け止め、もぐもぐと咀嚼して飲み込んでいく。


「美味しい♪……ねえ、前にもこんなことあったの、覚えてる?」

「あったなあ、お前が珍しく風邪で休んだ日のことだっけ」

「あのときはなんだか恥ずかしかったり情けなかったりで拒絶したんだけど……ごめんね」

「いいよ、別に気にしてないし」


 俺は再び、りんごをスプーンですくって彼女の口の中に入れる。あの日……確か小学4年生くらいだったか、珍しく風邪で学校を休んだミキを見舞ったときのことだ。彼女の母親が開けてくれた缶詰の桃を持って部屋に入ったのだが、冗談のつもりで「あーん」とやってみたら顔をそむけられてしまったのを思い出した。まあ俺も悪ノリしていたとは思う。


*


「ごちそうさま。美味しかったぁ♪」


 りんご1個分のコンポートを完食したミキは、顔色もずいぶん良くなったように見えた。


「良かった。調子も良くなってきたみたいだな」

「ねえ、ちょっとお願いがあるんだけど」


 顔を近づけながらそう言った。なんだかずいぶん甘え上手になったような気がする。


「どうした」

「背中、さすってくれない?」

「おやすい御用だ」


 言われた通り、彼女の部屋着越しに背中をさすってやる。


「あ、そうじゃなくて」

「なんだよ」

「服ごしじゃなくて、直接さすってほしいなって」

「そういうことか……脱衣アンドレス!」


 俺がキーワードを唱えると、彼女の服が脱げ落ちていく。少し汗ばんだ背中をタオルでぬぐってから、手のひらで撫でてやるのであった。

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