橘家

「先生~お疲れ様ですぅ~」

橘みらんはわかっていた。幼いながらに知っていた。

母親が媚を売っていたこと。自分をキャプテンにさせようとしていたこと。

「みらん、どうでした~?やっぱり、立ち位置とかよくないですよねえ?」

「ママ、もう帰ろうよ」

「みらん、上手くなりたくないの?先生にちゃんと聞いてから帰りなさい」

「……はい」

みらんはそれが嫌だった。周りの子どもがジロジロと見てくるのがわかったから。

「みらんちゃん、また先生のところ行ってる」「ずるじゃん」「どうせ、みらんちゃんがキャプテンなんだよ」「お気に入りだもんね、先生の」

違う。違うのだ。

みらんはお気に入りなんかじゃない。みらん自身は気に入られたくなんかない。親が媚を売っているだけで、みらんは練習外で先生と話したことなどないのだ。

「ママ、わたし……」

「みらん、先生も褒めてたよ。最近上手になったって。良かったね。来年はキャプテンかなあ」

「……うん、そうだといいな」

「いーい?もしいじめられても気にしないのよ。いじめてくる子たちはみらんが上手なのが羨ましいからなの。そんな子たちに負けてやめたりなんかしないで。月謝も高井し、先生もいい人なんだから」

みらんはうなずきながら思った。

いじめられるのは上手いから、なんていうのは嘘だ。誰よりも一番下手な自覚がある。それでも。

「明日、ママ遅いから、夜はレンジでチンして食べてね」

「うん」

ひとりで自分をここまで育ててくれた母に今更「やめたい」なんて言えなかった。


みらんは母のお人形だ。舞台で誰より輝くようにと大事に大事に育てられてきた。

無理やりにでもスポットライトを奪い去り、かわいいお人形に当てさせる。

みらんは輝かなくてはならない。たとえ、ボロボロになっても。かわいいと言われる限り、輝くのだ。

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優秀賞 私ではないあなた様 ゆづき。さぶ。 @ayaka007

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