師匠を追いかけて ~転倒魔法しか使えません~

鬼居かます

第1話 気がつけば、ひとり……。

「……って、なんじゃこりゃ~っ」



 手にした書き置きを掴んで僕は叫んだ。思わず叫んでしまった。

 それもそのはずだ。仕方ない。



 記憶を整理する。



 朝、目覚めるとすでに昼だった。

 お日様が空の真上にある。

 それはつまり寝坊をしたと言うことだ。



 僕、マキラは育ち盛りの少年だし、いくら寝ても朝が眠いのは仕方ない。

 いちおう自己紹介すると年齢は14歳。あと1年で成人になる。

 だけと年よりも幼く見えるらしい。

 背が低いのもあるんだけど、体格がとにかく細い……。



 ま、とにかくだ。

 いつもなら師匠が布団を引っ剥がしてまでして僕を起こすのが常なのだ。

 それこそ毎朝毎朝。



 なのに今日は起こしてくれなかった。くれなかったんだよ。

 だから寝坊をしてしまった。



 いや、寝坊の件はいいとしよう。……良くはないけど。

 問題は他にあったのだ。



 ここは山奥と言っても差し支えない里からかなり森に入った一軒家である。

 周りは家屋よりも背の高い太い樹木に覆われていて、昼間でも薄暗い。

 そして家屋は木造の二階建てで相当年季が入った蔦まみれの古いものだ。

 ここに僕は師匠と二人で暮らしている。



 師匠は魔法使いである。

 そして僕は唯一の弟子。だからこの家は魔法工房兼二人の家となっている。



 工房の中には各種薬草やポーション類の素材となる鉱石、魔物の素材などがたくさんあり、それらを加工するための大釜や瓶などもある。



 だけど、寝坊した僕が師匠のご機嫌をうかがうために恐る恐るその工房に顔を出したんだけど、なぜか師匠の姿がなかったのである。



 工房の中は素材にあふれているけど意外と片付いている。

 それは師匠がうるさいからだ。

 片付けは僕の仕事である。



 それはいいとして、よくよく見ても師匠の姿はない。



「薬草取りにでも出かけたのかな?」



 僕はそうふと思ったが、すぐに否定する。

 いや、そんなことはあり得ないな。



 日常的に使用する薬草類ならば僕に採取を命じるはずだし、珍しい希少なモノを探しに行くのであれば、いつも僕に同行を告げるからな。



 つまり師匠がひとりで採取に行ったはずはないのである。

 ならいったいどこに行ったのだろうか?



「ん? 手紙?」



 僕はテーブルの上に置かれた一枚の紙を見つけた。

 そこにはなにやら文章が書かれてあるのがわかった。



 手に取ってみる。

 癖のある字。間違いなく師匠の字だ。



 ――マキラへ

 ――あるお方に呼集された。

 ――しばらく旅に出る。

 ――探さないでおくれ。


 ――お前は街にでも出て自分の力で暮らしなさい。

 ――少ないがとりあえずの路銀を渡しておく。



「……って、なんじゃこりゃ~っ」



 と、言う展開になったのだよ。



 なにかの冗談かとも思ったが師匠がこの家にいないのは事実。

 そして手紙の通りにテーブルの上には銀貨が5枚乗っているのも事実。



「……うーん。これマジなのか?」



 僕は腕組みして考える。

 街に行けと書かれてあるけど、それは不安だ。

 このまま家で師匠を待つという手段はどうだ?



 駄目だ。

 師匠は旅に出ると書き残したのだ。

 旅というからには2、3日で帰ってくることはないだろう。



 それにだ。

 この家には薬草やポーションはたくさんあるけど、食料が少ないんだ。

 保存が効く干し肉とか干し果実を中心にある程度は確保しているけど、冬ごもりの季節じゃないのでそれほど数はない。



 と、なると里に降りて買い物しなければならないんだけど、全財産は銀貨がたった5枚。これでは長期間過ごす十分な量は買えないだろうと思う。



 それにいつもお金を払うのは師匠なので、僕は食材などの相場を知らないのだ。

 だから何日分の食料が確保できるのかもわからない。



「……と、なるとやっぱり街に行かなくちゃならないのか~っ!」



 僕は肩近くまで無造作に伸ばした淡い茶色い髪の毛を掻きむしる。

 なんの前触れもなく、たった一人残され生きていけと言われたのだ。

 この状況を打破するには、師匠の言いつけを守るしかないだろう。



 しかしその日、僕は行動を起こさなかった。

 踏ん切りがつかず二の足を踏んでしまった。

 自分の部屋に戻り、ベッドにうつ伏せに倒れ込みしばらく動かないでいたんだ。



「……やだよ。……なんでよ。……信じられないよ……」



 もうグダグダ。

 頭では現実を理解しろ、とわかっているんだけど心が追いつかないんだ。



 ――嫌だ。



 このままこの家で今まで通りに暮らしたいとワガママを言うんだ。



 でも、でも……、それはもう無理なんだ。

 だって師匠はいないんだよな。

 僕ひとりではここでは暮らしてはいけないんだよ。







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