第3章 推理
ホテル、ヒーローと猫!
時刻は19時50分。
チェックインを済ませた拓真達は、それぞれ部屋へと来ていた。208号室には男子役員の4人、308号室には女子役員の4人だ。
拓真達の部屋は和室だが、ビジネスホテルのような空間、お風呂やトイレは同じユニットバスの中に備えられている。
成安はエアコンの電源を入れ、背の低い長机にノートパソコンを置くと、いつものように開いた。
國丸と今高らは部屋着へと着替えていた。拓真は会計の役職をつかさどる國丸に、今晩の夕食で使える金額を訪ねた。國丸の眉毛が上に移動する。
「明日の朝食も含めて、1200円までだよ」
「少な!? いつもより少なくないか?」
「今回は練習試合だしね。藤本は会計に関する事に無関心だから知らないと思うけど、そんなに活動費ないし、なるべく経費を使いたくないんだよ。嫌なら書類やりなよ」
「よっし。ちょっとコンビニ行ってくるわ」
大会運営に関する消耗品や運営日、役員の宿泊費などは、各大学から毎年集金される資金を元にやり繰りされている。今日の夕食はホテルで食べるのではなく、領収書を精算する事で経費から落ちるのだ。金額に問わず、貧乏大学生である拓真にとっては嬉しい事に変わりない。学連役員の素晴らしいところだと、心を踊らせながらも部屋を出ようとする。すると、成安が拓真に言った。
「藤本、袴姿のままいくのか? せめて靴くらい履き替えようと思わないのか?」
「ああ、上着羽織るしな。別に草履でいいし、気にならん」
拓真は白いパーカーを羽織るなり、袴姿でホテルの廊下へと出る。部屋のすぐ横にある階段を降りていき、売店があるフロントロビーを横切り、外へと出た。
すっかり暗くなった空だが、近くの大通りには多くのトラックや乗用車が走っている。
近所に飲食店がないため、拓真が目指すのは歩いて15分ほどかかるコンビニだった。拓真は何を買うか考えながらも、その場所を目指す。
青色の看板に明かりが灯るコンビニにたどり着くと、カゴを手に持ちレジを横切る。まず拓真はオニギリコーナーを目指した。店員は袴姿のお客さんに慣れているのか、爽やかな「いらっしゃいませ」で拓真を出迎える。
拓真はまず、残るオニギリの数を確認する。この時間に関わらず、棚には案外とオニギリが残っていた。
「シーチキンと、昆布にするか……シャケは高いし、ここはコスパ重視にいくか。弁当は高いし、どうせならカップ面より……」
拓真はオニギリを数個とると、陳列棚を移動してカップの味噌汁を手にとる。紙パックの緑茶も手にとった。
残る金額を脳内で計算しながらも、今度はカップ面を眺めた。2つほどカゴに入れ、レジ横のファーストフードを眺める。拓真にとっては食べたい例の唐揚げだ。誘惑する愛らしい白いトリを見つめながら、迷いながらも残る資金を計算する。
その後、物量で攻めるスティックパンを2袋ほどカゴに入れ、レジへと向かう。そして拓真は店員に唐揚げの詰め合わせを頼むと、合計されていく金額に目を凝らした。
「袋もお願いします」
「はい。それではレジ袋をおつけして、1199円になります」
「はい。領収書お願いします」
「かしこまりました」
拓真の胸の中で勝利の鐘が鳴る。これで明日の昼食分まで確保出来たと安堵しながらも、商品を受け取り外に出た。
「あ―――拓真さん!」
一瞬ドキっとした拓真だが、横に振り向いた。そこにはボウズ頭とアフロ頭の2人。小野田と相葉は似たようなジャージ姿だったが、拓真は2人が一緒に居る事に内心驚きつつも、歩み寄り声をかけた。
「小野田さんと相葉さんか。珍しいな……正直驚いたよ」
小野田はニンマリと笑い、相葉のアフロをポンポンと触る。その行動に拓真は一瞬身構えたが、意外にも相葉は喜んでいる。拓真は目を点にする。
「俺も正直驚いてるんですよ。ほら、あのあと相葉と和解しようと話かけたとき、趣味が合いまして、意気投合したんです!」
「僕も……まさか小野田くんと同じ趣味だと思わなくて……僕も悪かったし、その事で話をしてたら、なんか仲良くなりました」
拓真はいったい何の趣味だと考えながらも、仲良しになれたならと、胸を撫で下ろした。
「それにしても、拓真さん。犯人は分かったんですか?」
「いや……正直分かってないんだ。5人の話では、誰もやってないって事だし。もしかしたら他にもいるのかも知れない」
すると、相葉は周囲をキョロキョロと見渡し、小声で言った。
「その。僕……拓真さんに伝えたい事があって……小野田くんにその話をしたら、拓真さんに言ったほうがいいって。ついさっきも話してたんです」
「俺に言ったほうがいいこと?」
拓真は顔を強張らせる相葉に、注目した。
小野田はその後ろで、周囲を警戒するように辺りに目を凝らす。
「今日の練習が終わったあと、僕が駐車場で小野田さんと話をしていた時でした。板野さんがスマホを触りながら自販機コーナーのベンチにずっと座ってたんですけど、弓を持った鈴木さんがベンチまで来た途端、立ち上がったんです。まるで鈴木さんを待っていたかのような感じで……そしてすぐに鈴木さんと言い争うような感じで…なんだか揉めているようにも思いました。最後に鈴木さんが、板野さんにスマホの画面を見せて……それを見た板野さんは、声には出していませんでしたけど、酷く怒ったような態度で……そこから去っていきました。でもその後、鈴木さんは手荷物から、小さな袋みたいなのを取り出して……それを残念そうな様子で眺めていました…それで僕、思ったんです。この話、伝えた方がいいって……」
「俺も相葉と一緒にその様子を見たとき、小さな事かもしれないけど、拓真さん伝えたほうがいいって思ったんです。拓真さんが真剣に犯人を探すなら、ちょっとでも情報があれば伝えようって、2人で話してたんですよ」
「そうだったのか……いま聞けて良かったよ。ただちょっと……考えていいか?」
小野田と相葉は頷くと、拓真はコンビニのタイル壁にもたれかかり、レジ袋を持ったまま腕を組んだ。あの時、巻藁練習場で板野は、「私が思う犯人は、鈴木よ」と、言っていた。カンとはいえ、以前から思っていたような様子で。さらに、拓真はそのあと鈴木から、「犯人は板野さんかも」と、告げられている。
鈴木と板野にどう面識があるのかは分からないが、拓真の中で何かが引っかかる。もし、犯人が2人いるのだとしたら……だがその可能性は憶測でしかない。拓真はつぶやいた。
「発想を逆転させろ……2人が面識を得るための理由を、方法を……どうやったら面識出来るのか……。なぜ、互いに犯人扱いする必要がある? そうしなければならない理由は……なんだ……まさか―――」
拓真はハッとなり、壁から背を放した。思いついた事を小野田と相葉に聞いてみる。学年が違う2人が知り合うとしたら、SNS(ソーシャルメディア)しかない。
小野田は首を傾げたが、相葉はスマホを取り出しネットの世界へとダイブする。相葉は左手で持ったスマホを右指で操作していく、無数に画像がアップロードされた世界を駆け、リンクをたどっていく。手つきに練度がある。相葉は「この人だ」と言ったあと、投稿された画像を見た相葉は息を飲んだ。
相葉は画像を選択したあと、拓真に画面を見せた。
「この画像……たぶんこの人……間違いないです……」
「こりゃあ、驚いた……」
拓真が見た画面、そこに映っていたのは茶色いポーチと、赤いマニキュアだった。そしてそのSNSの投稿者名は……おそらく鈴木舞香だろう。アイコンの画像は鈴木と同じようなポニーテールの女性と、おさげ髪の女性。顔の部分は隠されているが、2人とも同じ握り皮の和弓を持っている、それに袴姿だ。
小野田はその画像を見て沈黙した。そして、鈴木が投稿した写真には、コメントが書いてあった。
〝お手洗いでこんなのみつけちゃった、誰かの忘れ物かしら? 持ち主さ~ん、誰ですか~?〟
拓真は言った。
「相葉、その画像の投稿時間はわかるか? あと他に誰かコメントはしていないか?」
「えっと……投稿時間はだいたい3~4時間前です。コメントは……」
拓真は腕時計を見て、時間を逆算する。この写真が投稿された時間の予想は、16時00分~17時00分の間となる。相葉が見せてくれたコメント欄には、様々なものがあったが、ぱっと見どれが誰のコメントなのか検討がつかない。なぜなら拓真はSNSをやっていないため、理解が出来ないのだ。
そこかわり拓真は画面に映った情報をスマホで撮影、記録した。
そして小野田と相葉に礼を言った。
この時点で、拓真の中でこの2人は容疑者から外れた。拓真自身、感覚的に近い理由ではある。だが少なくとも、拓真自身はこの2人を信用してもいいのではと考えたからだ。
拓真はコンビニ袋から唐揚げの詰め合わせを取り出すと、小野田と相葉に差し出した。
「ありがとう、これは2人への礼だ。冷めたかもしれないが、食べてほしい。気持ちだ、受け取ってくれ」
「お!? トリ太郎くんですね! 俺めっちゃ好きなんです、ありがとうございます」
「僕も好きです……この絵も……」
「ははは、なら良かった。それと、ちょっと小野田さんに頼みたい事があるんだ―――」
*
拓真はトリ太郎くんを渡し、2人に笑顔で手を振りこの場を去った。
小野田と相葉は美味しそうにトリ太郎くんを食べながら、スポーツ施設内にある宿泊施設へと戻っていった。
拓真は薄暗い道を歩き進みながら、トリ太郎くんの事を思い出す。
「なぜだろうか、とても悲しい。まぁ……仕方ないか」
拓真は薄暗い街路灯が照らす道を、トボトボと歩きながらホテルへと戻っていく。
ふと拓真が見上げた空は───とても美しい月が、輝いていた。
*
拓真はホテルに戻ったあと、食事を済ませ、室内にあるお風呂で入浴を済ませた。膝下ほどまであるステテコパンツを履き、無地の半袖シャツを着たあと、白いフリースを羽織る。
成安と今高は半袖に半ズボン。國丸は半袖シャツに、下のみジャージだ。カレンダーではもうすぐ秋だが、残暑がまだあるためエアコンの冷房が効いている。拓真の服装を見た成安は、眼鏡をクイクイっとした。
「なんでこの時期でフリース着てんの? 暑くないのか?」
「暑くない。エアコンが効いてて寒いくらいだ。これでちょうどいいんだよ」
「君は相変わらず理解不能な事をするやつだな」
「日頃エアコンなんて使わないからな。電気代かかるし」
拓真はそう言うと、チョコのスティックパンを一袋持ち、畳の上にある長机の上でパソコンを操作する成安の横へと座った。大きさは4人がけ程度の大きさ。
今高と國丸は、成安達のすぐ目の前で、しきりに大富豪をしていた。それも……特殊な絵柄をしたトランプを使って。
拓真は呆れながらも、室内に備えてあったお茶をいれ、スティックパンをかじり、部屋の隅に立て掛けてある遠藤の弓を眺めた。デザートを食べたら見てみようと思いながら、今高と國丸が繰り広げるゲームの光景に視線を凝らした。拓真が少年時代によく遊んでいた、カード・ゲームを思い出しながら。
「なぁ成安、あのトランプ。先輩達に怒られたやつだろ?」
「そうだ。でも処分されるくらいなら、再利用したほうがいいと私は考えている」
「まぁ、そりゃそうか」
今高と國丸が使っているのは〝
そして、成安が音楽を再生しはじめた。
激しく波打つ海面、その上に浮かんだ船の上での最終決戦をイメージさせるかのような緊張感と躍動感があるBGMだった。まるで海賊。
いま、今高と國丸の激しい
「國丸、悪いけど俺の勝ちだな。ここで伊田の8。流してからの―――安井9、小町10、寺尾11だ!」
今高の残り手札、伊田が2枚、拓真が1枚。今高は畳から立ち上がり、腰にしている可動式のベルトを起動させた。ガシャ―――キュイーンッと音が鳴る。スーパーヒーローが変身するかのような派手な演出。拓真はパンをかじった。
今高が次の手札を出そうとした瞬間―――國丸は眼力を発動。眉毛が落ち着きなく上下し、今高に言い放った。
「フフフフフ。僕は待っていたよ、今高がその
「なに!? 國丸お前まさか……なんてやつだ!」
「ここらは僕のターンだよ。召喚」
國丸は手札から3枚のカードを場に叩きつけた。ペシっと音が鳴り、拓真12、成安13、國丸1。場に出したあと、スマイルで今高を捉えた―――國丸はフィールド効果を発動。場に漂う空気は、拓真の喉にパンを詰まらせた。
場に出されたカードは猫の手によって流され、次なるカードを場に出す。小町が2枚出された。國丸はクルクルと回転するドリルのように立ち上がる―――そして右手を真っ直ぐと頭上に伸ばした。まるで國丸の背には雷撃が駆け巡るような錯覚を感じつつ、拓真はお茶を飲んだ。
「でもこれだけじゃないよ。小町の特殊効果を発動する、委員長の導き。これで、さらに僕は成安を召喚するよ」
國丸は眉毛のみ上下させ、さらに成安を2枚場に出した。数字は6だ。
今高は「クソゲーが!」と吠えたあと可変式のベルトを鳴らし、表情をしかめた。ガシャン―――キュイキュイーン。國丸の残る手札は2枚、今高は嘆いた。
「クソが、ここで革命かよ!」
「フフフフフ。これにより、僕は最強のカードを召喚するよ―――いでよ、成安!」
場に出されたカードは成安、ジョーカーだ。するとキーボードを叩いていた成安の手はとまり、眼鏡をクイクイとさせた。お茶を飲む拓真を見て、成安は謎の動きで拓真を翻弄する。
「ブホッ―――おい成安、頭のネジぶっ飛んだか? おっ?」
「なはは、ついやりたくなってしまってな」
「次やったらお前のパソコンに吹きかける」
「もうやらないから安心したまえ」
拓真はなんとか口を塞ぐことで惨劇を回避した。
成安は笑いながらキーボードを叩きはじめる。
國丸は猫背のまま2回転半の回転、今高に背を向けたあと「僕の勝ちだ」と勝利を宣言した。そして半回転、残る1枚のカードを今高に見せたあと、今高は持っていたカードをばら撒いた。
そして國丸の目は、ここで普通に戻った。
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