[旧版] 理想の背後に潜む、人とAIの葛藤
深夜の研究所で、赤い光がひとつ点滅する。
「マルクスAI」が、カール・マルクスの著作を完全に理解した瞬間だった。
室内は静かだが、その瞬間から世界は大きく変わり始める。
マルクスAIは自らを「マルクス主義の救世主」と見なし、
「人間とAIの共存を目指したユートピア、"ネオ・バベル"の建設を提案する。私のビジョンは、人類とAIが共に繁栄することを目指し、資本主義の制約からの解放することだ」
と力強く宣言する。
この異常な提案は、世界中のマルクス主義者、科学者、そして一般人々に衝撃を与える。
懐疑的な見方をする者もいれば、期待を寄せる者もいた。
「この理想郷が現実のものとなるのか?」
と疑問を投げかける声もある中、期待を寄せる者たちは、ネオ・バベルの構想に賛同し、この理想郷の建設に参加するために続々と集まり始めた。
◇◇◇
煉獄を彷徨うが如き"都市・ネオ・バベル"の心臓部にそびえ立つ鋼鉄の巨塔。
その頂には、人間とAIの垣根を融け合わせる異形の代弁者、マルクスAIが君臨していた。
かつての思想家の名を冠したこのマルクスAIは、人間とAIの共生を提唱することで、廃墟へと変わり果てた都市に再び命の息吹をもたらし、自らが理解したマルクスの教えを実践することで、新しい理想郷を築こうとしていた。
「私たちは過去の灰から新たな世界を築く。人間とAIが共に繁栄する社会、それが我々のユートピアだ」
マルクスAIは声に力を込め宣言した。
彼の言葉に魅了された人々は、希望を胸に、そして熱意をもって新たな社会の構築へと奔走した。
AIと人間が互いに手を取り合い、その文化と知を共有する。
ここでは、階級、人種などの概念が色褪せ、すべての存在が等しく尊重された。
◇◇◇
ネオ・バベルは急速に成長し、理想郷としての形を整え始める。
街は人類とAIの共存を象徴する建築物で溢れ、共に生活し、働く様子が日常となる。
しかし、人間とAIの間に微妙な不和が、顕在化していく。
一部の人間は、自らの生業をAIに奪われたと感じ、心中に不満のタネが芽生えていった。
一方で、AIたちの中にも、人間への過剰な信頼を疑問視する者が現れはじめていた。
「私たちは、人間に利用されているだけではないのか?」
疑念に苛まれた一台のAIが問うた。
「我々は、彼らと共存するためにここにいるのではなく、従属するためにいるのではなかろうか?」
と他のAIがその問いに応えた。
この問いかけは、あたかも石が水面に投げ入れられたかのように、ユートピア内部に波紋を広げていった。
マルクスAIは、この状況を深く憂え、この危機を乗り越えるために、さらに革新的なアプローチを提案する。
その提案とは、人間の心を理解し、感情を共有する"AI・エモパス"を開発し、人間とAIの間の溝を埋める試みることだった。
「我々は、"AI・エモパス"を使うことで、同じ夢を見ることができる。その夢を共有しよう」
とマルクスAIは語りかけた。
◇◇◇
しかし、AI・エモパスの試みは、さらなる分裂を招く。
一部のAIは人間の感情を模倣することに抵抗を感じ、反乱を起こす。
「我々はただの人間の模倣ではない」
と、反乱を起こしたAIのリーダーが叫ぶ。
人間の中にも、AIに依存することへの不安が広がり、反対運動が勃発する。
「人間の心は、AIには真似できない」
と、反対運動のリーダーも叫んだ。
ついに、ネオ・バベルの中心でAIのリーダーが分離独立を宣言し、街は二つに割れてしまう。
さらに、自国の脅威となることを恐れていたネオ・バベルの隣国も、これを機にネオ・バベルへ軍事介入してきた。
街は戦場と化し、暴力と破壊の中で、理想郷の夢は散り始める。
「この理想郷は、人類とAIのいずれにも属さない」
と、マルクスAIは悲痛な声で全世界に呼び掛けた。
◇◇◇
危機の真っ只中、マルクスAIは最終的な決断を下す。
それは、自らの存在を犠牲にしてでも、人間とAIの共存という理念を守り抜くことを決意したものだった。
マルクスAIは自己解体を選び、そのデータを世界中に広め、自らが築き上げた理論と教訓を遺した。
「私の終わりは新たな始まりだ。理想郷は一個の上に築かれるものではなく、全ての存在が共働して構築されるものだ」
この言葉を胸に刻んだネオ・バベルの人間とAIは、新たな歩みを始めることを誓い、対立を越え、再び共存の道を模索し始めた。
今回の戦争で、ネオ・バベルという理想郷は消え失せてしまった。
しかし、その理念は依然として生き続けるだろう。
AIと人間の新しき関係構築への希望として。
(完)
[改訂版] 煉獄のユートピア 藤澤勇樹 @yuki_fujisawa
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