第22話~ご都合主義の無駄使い~

異世界転移をして約二ヶ月

今日は待ちにまった満月の夜


ナタ―リーが二十三時半頃にワインとグラスを持って来てくれた

「テラスのテーブルでよろしいですか」

”お願いね”

テラスのテーブルにワインとグラスを置き戻ってくると暖炉に火を入れてくれている

八月も後半でガイアは残暑の厳しい季節だけどメネシスの夜は暖炉がないと肌寒いんだ


闇の国は日本の東京と緯度経度は同じ設定だけど産業革命による温暖化ガスもなく地面もアスファルトやコンクリートで覆われていないので平均気温は数度位低いのね

昼は半袖で普通に快適な温度くらいかな

でも夜は北から冷たい風が入って来て一枚羽織らないと寒い感じ

夏の夜に北風は地形とかが違うからガイアの東京と一緒でないのかなってね

特に海に面してる闇の国王都では石作りの建物は北風に冷やされて底冷えするので暖炉の温もりが欲しくなるんだよね

城下の建物は平屋か二階建てが多いから王都を囲む防壁や山々で北風が防がれてそこまでではないけど王宮とか黒泉館は少し丘の上に建っているので北風が直撃して本当に底冷えするんだよ


暖炉に火を入れ弱めに調整してくれたナタリー

「では刻を見て暖炉の調整と片付けにまいります」

”ちょっと終わった後にやることあるので少し遅めでお願い”

「はい」

”遅い時間になるけどゴメンね”

「お気になさらないでください」

”もしかしたらベッドで力尽きて落ちてるかもだけど気にしないでね”

「はい」

ナタリーが部屋を出る


時計を見ると二十三時四十分

さて・・・そろそろかな


上着を羽織り車椅子で時計を持ってテラスのテーブル横へ

ワインをグラスに注ぎ味わいながら時間を待つ

このテラスは偽装で二メートルの壁に囲まれているのから北風は吹き込まず肌寒いくらいで上掛けを着ていれば寒さは感じないね

月の位置は正面から少し移動しているけどガイアで見る数倍の満月が七色に輝いてる

一杯目を飲み干しワインを注ぎ直すと二十三時五十分


左手薬指の指輪に魔力を集中し始める

長針が五十分と五十五分の間にくると指輪のアクアマリンが蒼く輝き出した

”七海!”

「ほーい!待ってたよ彩美!」

あえて軽いノリで会話をスタートする事で私がリラックスするのを狙ってる七海

やっぱりプロなんだよなあ敵わないね


「体調はどうだい?」

”まだ歩けないけど一人で魔力使わずに立てるようになったよ”

「おー!順調に回復してるみたいで安心したよ」

”うん予定より早く帰れるかもってルシファーもいってるよ”

「それはうれしいな・・・はやく逢って抱きしめて・・・キスして・・・」

七海の声が少し涙声に

”うん頑張る!愛してるよ・・・七海”


そこからは七海からガイアの現状報告を少し受ける

美香と徳さんにマキに戻って来れるって伝えたら大喜びで美香は嬉し涙でグチャグチャになったとか

店のキャストやスタッフには渡航先で性転換手術を受けて女性になったけど手術後で体調も完全でないのでサポートのため一緒に七海も一時帰国から帰る時に渡航する予定とか

気が付くと時計の長針は頂点に達してる

・・・時間が・・・半分経過・・・早すぎるよ


”・・・永遠の刻を供に・・・”

「理解したよ彩美の物語に書かれている覚醒を私もしていたのだね」

”ごめんね人であり人であらずの存在に七海を巻き込んで”

「何言ってんだ!彩美と永遠の刻・・・最高じゃないか」

”ひっく・・・ひっく・・・ありがとう”

うれし涙だよ・・・絶対に覚醒と言う「自分がどんな存在になったかわからない不安」はあるはずなのに・・・


「と・こ・ろ・でぇ今月のアレは大丈夫だったの?」

ここで話題を重い話から綺麗に切り替える上手いなあ

”頑張ってみたよ・・・その使ったのを直視は出来なかったけど自分で交換した”

「ははははは頑張ったね!」

鈴の音のみたいな笑い声が気持ち良くて安心するよ

”次回は使ったのを洗濯練習だってナタリーに言われて少し不安”

「ふふ一緒になったら手伝うからがんばれ!」

”ありがとう頑張るよ!”


会話にノイズが混じり始める

時計を見ると0時五分を少し過ぎてる

”もう時間が・・・”

「まあ戻って来たら問題なくコッチの生活は出来る様にしとくから安心して体調を整えてね」

”本当にありがとう愛してるよ”

「私も愛してる何よりも」

かなりノイズがひどくて半分くらい聴き取れない

”次の満月の夜に”

「うん」


・・・・・十五分・・・・・短すぎるよ

でも月に一回でも十五分でも七海の声が聞けるだけで頑張れる

吸い込まれそうな七色の満月を見ながら三杯ワインと立て続けに煽る

”さて今晩はもう一仕事頑張らないとね”

少し寒さが滲みだしたので部屋でいいかな


ベッドに戻り背中にクッションを入れて上半身を起こす

ナタリーの暖炉調整が絶妙で快適な室温で少し凍えた体が温まってくる

さてやりますか


こんな魔法を試した人はいないだろうし完全に手探りだけどここまで魔力が回復した私なら出来るはず

記憶を遡り七海が覚醒で倒れた晩を詳細に思い出す

ソファーで泣き疲れて寝落ちしている私

ここから出来るのか

記憶の中の私から「その刻」に戻る

寝落ちしている私の魂に・・・今胸の内にある魂を重ねるイメージに集中する

横たわるソファーの感覚が記憶から現実になっていく

さて仕上げだよ

集中して魔力を今できる最大まで魂に集める

”召喚”


はっ背中のソファーと柔らかいベッドの感覚が戻ってきたことを感じさせる

窓の外に目を向けると満月の月明りで照らされたテーブルにワインの瓶とグラスがある

間違いなく七海と念通をした直後だ

部屋の入口横に気配を感じる

振り返ると「学生服の私」が呆然として立っていた

でも後ろの壁が透けてみえる

肉体を転移させる門は今の魔力で開く事はまだ出来ない

肉体は無理でも魂だけなら・・・今の魂を門として過去の私の魂を召喚する

こんな荒業と思うけどアノ時の私は今の私と逢っている

だから絶対に出来ると信じていたよ


”近くにおいで”

引き寄せられるように私に向かいゆっくり歩いてくる

ベッドサイドまで来ると

「七海!」

この数ヶ月で髪も伸びてボブから肩甲骨あたりまで伸びてナターシャにお願いして七海と同じ前髪も作ってもらったしね

思わず笑みがこぼれるよ自分で自分を見て七海と勘違いするくらい似てるんだなってうれしいね

”違うよ私は貴方だよ”

物語に私以外の手で書かれた一文・・・きっと・・・世界とまどかが願った融合を私が私で存在するために上書きをする

まどかと私でなく私は私と融合して単独の存在をたもち七海との時間を過ごすために

「貴方は私」

上書き完了だね


胸に視線を感じる

そうだよね異世界転移して女体化してるなんて思いもしないよね

”貴方は私なのだから感じられるはず”

思考でなく魂で感じられるはず私は貴方と

七海の声でなく自分と同じ声が聞こえるのに悩んだよね

”だから私は貴方だから声が同じなんだよ”

ビックって驚いてるよ自分を可愛いとか思っちゃうなんてナルシストの要素が私にあったのかな

”心を読む必要はないよ私の考えてることを私がわかるのは普通のだから”


これは夢だって現実逃避を始めてるはず

”じゃあ唇を強く噛み締めてみなよ”

魂なら痛みを感じない夢と同じで

魔力で瞬間的に過去の魂と肉体の繋がりを強化したので現実の肉体を動かして唇を噛み切ったね

でもこんなアクロバティックなことは魔力を大量に消費してそろそろ限界が近い

「痛ぁ!」

私は本当に間抜けだよね本当に現実だったらって考えて手加減しないとか

「げ、現実!?」

”ここは現実でもなく夢でもない”

まさか魂だけの存在に今なってるなんて説明しても信じられないよね

「なんで私が女体化して私の前に!?」

”本当は色々語りたいけど今の私の魔力では時間が足りない”

「魔力」

もう回り道をしている時間はないね

”大丈夫だから七海は数日で熱も下がり回復する”

「なんでそう言えるの」

回復して元気な七海と誕生日には婚姻届けを出しに行けたよ

伝えたいけど本当を伝える事が正解でない今は曖昧で疑問が残り考える事で魂が戻った時に希望から見た夢と思ってしまっては駄目だから

”覚醒に現在のガイアの医療では何も出来ない覚醒が終わって体調が回復するの待つしかないから”

「覚醒って!?」

”貴方には分かるはず私なんだから”

「えっ」

もう魔力が限界で保てないね

”そろそろ限界だね・・・戻りなさい私・・・居いるべき場所へ・・・七海の帰る場所へ”

召喚を開放する

制服姿の私が景色に溶けて消えて行く


なんとか伝えることは出来たね

でも魔力を使い切る=体力を使い切る

強烈な眠気が襲って来るよ

背中のクッションから少しずれてベッドに横になる

意識が闇に落ちて行く


美香に手を引かれ人もまばらな通りを小走りに進む

明治通りからゴールデン街方向に向かう目貫通りを進むと左に曲がればゴールデン街の交差点で立ち止まる

「朝御飯食べよう!」

”さっきサンドイッチを”

「私は食べてないしさあ足りてないでしょ?」

確かに夕食抜きだったからね


交差点にあるサドウエイが目的地だったんだね

サドウエイはチェーン店のお店だけどサンドイッチを色々カスタマイズ注文出来るので女子に人気のお店なんだ

「さあ入ろう!」

美香に手を引かれて店に入る

目の前にはガラスケースに野菜とかサンドイッチの具が綺麗に並んでる

最初は注文方法に困ったけど何回か来ているうちにやっと慣れたよ


メニューから基本形のサンドイッチを選んでパンの種類と追加とか減らしたい具材を伝えると好みのサンドイッチを作ってくれるんだ


私はBLTでセサミパンに野菜マシマシのハラペーニョ追加

美香はエビサンドでソフトパンで野菜マシマシ

フランスパン形状のパンを長さ二十センチ位にカットして切り込みを入れて具材が挟まれてた仕上がり

ポテトドリンクセットで美香はコーラで私はホットコーヒーね


商品を受け取ってイートイン席へ

「あんまりゆっくりしてると遅刻しちゃうからね」

サンドイッチは超大好きなんだけどポテトが私的に少し残念なんだよね

ヘルシー志向で揚げるんでなくオーブンで焼いてるから何か違うって感じで

形も三日月形で好みじゃないんです

このサンドイッチにMバーガーのポテトだったら最高なのになあ

本当に美香は美味しそうに食べるよね見ているだけで幸せな気分になるよ


食べ終わると少し速足で学校を目指すよ

明治通りから靖国通りに出て仲通りから花園通りに入り花園通りの終点少し手前の右側に「私立花園大学附属花園高等学校」はあるんだよ

出勤の時だとタクシー使っちゃう仲通りにあるお店のまだ先なので頑張らないとだね

いつもなら仲通りから花園通りに行くんだけど美香が気を使って店の前を通らないように別の路地から花園通りに出てくれた

細かい気配りが本当に凄いよ美香


学校の少し手前で速足から普通に歩きだす美香

手を離し少し小走りになり

「先行ってるね帰りはいつものでね」

一緒に登校だと色々怪しむのが出る配慮とか毎度細かいところまで本当に凄いよ美香

手に残った美香の温もりが本当に頼もしいよ

七海のことは本音で言えば気になり過ぎて学校なんか来る余裕のない気持ちだけど美香のピンタ感覚が残る頬と手に残る温もりが自分が原因で留年して悲しむ七海を見たくないと気力を生み出してくれてる

そうだよ七海は絶対に元気になるから元気になった時に悲しむことにならないように頑張らないとね私


でも授業は身に全く入ってこなかったね

六時限目が終わり机を片付けてると

「彩美ちゃん一緒に帰ろう!」

美香が日常のルーチンを装ってやって来てくれた

”うん”

手を繋ぎ校門へ向かう

ふと視界に入る学園長室の窓から手招きしてる徳さん

美香と目が合うと「うん」ってお互いにうなずいて学園長室に行くために校舎に戻る


「七海の件はマキから連絡があったよ驚いた」

・・・・・

「でなぁ大久保公園前病院の医院長なんだが本校の卒業生でな」

えっなんかここで御都合主義が発動ですか

そのここで無くて発揮して欲しい場所が他にいっぱいある気持ちがあ何だあこの気持ち

「特別個室の手配をしてもらった特別個室なら面会時間の制限もないからな」

”徳さん!・・・ありがとう”

「あの子は強い!だがぁそばに彩美がいれば帰ってくる気持ちが強くなり回復も早くなろうだしな」

頑張った感満載の決め台詞だけどぉなんか顔が赤いよ徳さん

”ありがとうございます!”

「それ早く面会行ってやれ!」


美香と手を繋ぎ病院までフルダッシュ!

なんてラノベ定番な一光景は現実にはありません

学校から少し離れた目立たない場所でヘイ!タクシー!が現実です


病院に着いて面会受付に行くと明らかに対応が違うよ

「あっ彩美さんですねコチラのカードを一番奥のエレベータボタンにタッチすると病室に行けます」

なにがなんだか

「病院入口のドアも二十四時間職員用セキュリティ端末にタッチして頂ければ出入り自由です」

・・・何か御都合主義が無駄に使われてるって・・・将来の私が叫んでる気がするよ

一番奥の「関係者専用」のエレベータの呼び出しボタンにカードを近づけるとランプが点灯してドアが開く

乗り込むと回数表示もなく「ロビー」と「個室フロア」だけのボタンが二つ

個室フロアのボタンを押すとドアが閉まりエレベータが動き出す

「なんか凄い世界」

美香が思うのは普通だよね

私はお店で大久保公園前病院に政治家とかが色々あって逃げ込む「特別個室」の存在を聞いた事があるのでなんとか平常心を保ってるけど


エレベータの扉が開くと看護師さんが待っていた

「お部屋はコチラです」

と案内をしてくれる

なんかココは病院というより高級マンションの廊下なイメージだよね

名札もなく部屋番号も書いてないドアが続く

いくつ目かのドア前で立ち止まる

ってドアも病室のドアでなく高級なマンション仕様!?

本当に「ここは何処」なんだってなるよ


「感染症も無い事が確認出来ましたのでご安心ください何かありましたら室内の電話で御連絡をください」

ドアの横にタッチマークの付いたセキュリティー端末があるのでカードをタッチするとドアの鍵が開く音がする

室内に入ると・・・七海!七海!七海がベッドに寝てる

我慢出来ずに抱き着く

いろいろな管が体中に何本も付いてるし顔は酸素マスクに下半分が覆われてるし辛いよね七海

抱き着き七海の頭を胸に抱きしめる

熱い熱いよ体温が下がってない・・・苦しいよね・・・苦しいよね・・・

今すぐ唇を重ねたいけど酸素マスクが邪魔する

駄目だ涙が・・・


七海の頬に落ちた涙が頬を流れる

あれ七海の表情が少し薄笑いをした気がするよ

鎮静剤で筋肉が緩んだだけなんだろうけど苦しそうな表情でないのが少しだけ救いだよ

七海を抱きしめたことで少し気が落ち着き一旦離れ美香に場所を譲る


「ねーさん・・・」

言葉に詰まる美香

やさしく頬を撫でてから七海の手握る美香

きっと心の中で色々と七海に伝えているんだね


少し落ち着いたので室内を見渡す

部屋は十二畳くらいでかなり広い

入口近くには二人掛けのソファーがローテーブルを挟んで二脚

冷蔵庫にミニキッチンと家庭用ワインセラーまであるよ

壁際にはデスクと椅子があり簡単にまとめると高級ホテルの一室だね

ホテルと違うのはソファーなどの奥の窓際に病院ベッドと頭側壁には医療器材が色々埋め込まれている

窓には歌舞伎町の街並みが広がってるが色的にミラーフィルムが貼られて外から見えないようになってる感じ

あとトイレのドアが入口横にあるね


ソーファーのテーブルを見ると灰皿が乗ってる

ここ病室だよね

ソファーに座ろうと近づくと空気の壁みたいな抵抗を感じ天井を見るとエアカーテンの拭き出し口がソファーの周りを囲むように設置されている

なるほどソファーで一服しても病室には煙が広がらないようになってるんだ


まあ元気一杯の健康な政治家とかが長いと何か月か過ごす場合もある部屋だしね

色々と快適に設計されてる別世界の病室だね


美香が七海から離れてソファーにやって来る

「えっ何?この風?」

”エアカーテンでソファーで喫煙しても病室内に煙が広がらない装置がついてるみたい”

「この部屋って何なの?」

政治家とか芸能人がヤラかして健康でも適当な病名で入院してマスコミとかから逃げる場合にも使用される部屋って説明をする

「ほえー汚職の話とかでると緊急入院したので本人には取材出来ませんみたいなのをテレビとかで見る事あるけどこんなカラクリがあったんだ本当に別世界」


冷蔵庫を開けるとソフトドリンクから缶酎ハイに缶ビールと色々揃ってる

缶ビールとベッドサイドにあった七海のバッグを持ってソファーに戻る

”病室で不謹慎だけど”酒と真っ向勝負の七海様”なら許してくれると思うし”

缶ビールを美香に渡す

「ねーさんなら深刻な顔で横にいるより元気に見守ってる方がよろこぶと思うよ」

缶をあけ軽く乾杯をして一口

七海の方を見ると壁に埋め込まれたモニターに表示された体温は三十九度に下がってるので少し安心だよ


七海の鞄の中からタバコの箱とライターを取り出す

一本を美香に渡し火を着け私も一緒に紫煙を巡らす

「ねえ明後日から学校はしばらく休みって覚えてる?」

”えっ”

「やっぱし」

”そんな話どこで?”

「あっそうか夏休み前に配られたプリントとか見れてなかったんだよね」

”うん”

「ほら一般受験の生徒は二月に入ると入試が毎日のようにあるから受験期間でお休みだよ」

”危ない一人ボッチで登校する可能性があったよ”

「三月に入ると卒業式の練習日と卒業式しか登校日ないしね」

”なんか皆んなと会える日ってそんなに少なかったんだ”

なんか寂しいのと明後日からは七海と一緒に居れる時間が長くなる喜びで気持ちの整理が上手くいかない

「私は受験ないからお邪魔でなければねーさんが回復するまで一緒していいかな」

”本当にありがとう・・・よろこんで!”


一服を終え缶ビールも飲み干すとベッドサイドにある面会用椅子に座って七海の横に移動したタイミングで

トントン

ノックの音が聞こえる

「はい!」

と美香がドアを開けてくれる


中年の白髪交じりの白衣を着た男性が入って来る

肩幅とか広くて背筋もピンとしてて自然と威厳が溢れ出してるよ

「医院長の狩野です」

”私は・・・”

「徳さんから御主人の彩美さんと友人の美香さんと聞いてます」

”容態はどうなんですか!?”

「正直に言いますと熱の原因は分かっておりませんが発熱以外は全て健康です」

”やっぱし原因不明なんですね”

「解熱剤も効果がなかったので投薬を一時的に中止して様子を見てましたら少しずつ自然に熱が下がり始めているので順調なら数日で平熱になるのはないかと期待している状態です」

”自然に?”

「予測ですがなんらかの自己免疫反応で発熱をしてしまい免疫反応が収まりつつあるので熱も下がり始めてるのではと見立ててです」

”なんか安心しました”

「七海さんは二十四時間体制で体調監視しておりますのでご安心ください」

”本当に色々とありがとうございます”


ソファーに促され私と美香の向かいに医院長が座る

「失礼」

と言うと医院長がタバコを取り出し火を着ける

私と美香も一服

制服でとかあるけど既に灰皿にある吸い殻やビールの空缶で色々とバレてるしね

「実はセブンシーの常連なんですよ私も」

”はい!?”

「立場上夜自由に動ける時間が少なく月一程度なので彩美さんとお会い出来る機会がなかったのですが」

”お忙しいのですね”

「月一回でもママに会えるのを楽しみに働いてます」

・・・・・

「なので全力を持ってママの治療をさせて頂きますのでご安心ください」

”お願いいたします”

「本当は入院と同時に把握出来ればだったのですが本名を知らずだったので入院者リストを見ても気が付かず申し訳ありませんでした」

何処までも丁寧な対応で痛み入る限りだよ

「なにかありましたらお気軽に御連絡ください」

”本当にありがとうございます!よろしくお願いをいたします”

「ママと彩美さんと御一緒にお店でお会いできる日を楽しみにしてますよ」

医院長が病室を出て行く


「ほへー何か本当にねーさん凄いなぁ」

”まあ本当はミックスバーでなくて超高級キャバクラをやっててもおかしくないからね”

「でも何でミックバーだったんだろ?」

”それは百合属性だから”

「あーーーーーーーーー!そういう事か!」

少し色々詳しくなってるね美香

”勤務時代は歌舞伎町の超高級有名店でNO1だったからセブンシーに付いて来た太い御客様がいっぱいいるんだろうなあって”


「さて夕飯どうしようかな」

”食べに行くなら着替えに帰らないとだけど美香ちゃんの着替えどうしよう”

「それなら安心して!」

えっ学生鞄一つで着替えを持ってるようには思えないんですが


時間も二十時を超え七海の容態も安定してるみたいなので一度帰って着替えないとね

あまり遅くに制服姿でこの辺りを歩くのは危険だし補導とかされたら面倒だしね


ベッドに向かい七海の顔を見る

駄目だ帰りたくない

ずーっと顔を見ていたい

七海の手を握り

”明日学校帰りに来るから頑張ってね七海”

耳元に近づき

”愛してるよ”

美香も七海に帰りの挨拶をして病院を出る


マンションまで十分くらい美香と一緒に歩いて到着

オートロックを開けると「不在受取宅配BOX」に荷物がある表示だよ

指定されたBOXを開けるとボストンバッグが入ってる

これ美香がいつもお泊りの時に持って来てるのでは?


疑問は色々だけどまずは部屋に帰るよ

リビングに入ると

「ママに届けてもらっておいたの着替えとか色々」

”はい!?”

「彩美ちゃんの様子を伝えたらしばらく一緒にいてあげなさい!着替えとかは届けて置くからって」

一応さ体は男だよ・・・どこまで信用してくれているのか・・・感謝だよ

「なので七海さんが目を覚ますまで同棲させて頂きます」

”なんか表現!表現!”

「ふふ照れてる彩美ちゃん可愛い!」

負けましたあ

”よろしくお願いをいたします本当に心強いよ”


着替えを済まして晩御飯をどうするか悩む

作る気力はちょっと出ないし

かといって保護者なしで時間考えると行ける店ないしなあ

あっ大丈夫な店を思い出した!


マンション前でタクシーに乗り

”東南口の甲州街道ガード下までお願いします”

タクシーを降りて少し歩くと雑居ビルの看板の中に「アウトG」を見付ける


「いらっしゃい」

”こんばんはG君”

「おや七海さんでなく違う子と一緒とか珍しい」

「美香と申します彩美ちゃんの同級生です」

”七海なんだけど過労で数日入院になって”

「七海さん頑張ってたから結婚式して少し気が抜けたかな」

”美香ちゃんが手伝いに来てくれたんだけどバタバタで御飯作るのもでね”

「遅くなったが結婚おめでとう彩美ちゃん」

”ありがとう”

十席くらいのカウンターに並んで座る

「今日の定食はガパオライスだけどそれでいいかな?」

”一つは超大盛でお願いをします”


「なんか不思議なお店だね」

”ここは奥にステージがあるんだよねイベントの時とかはココがバーカウンターになるんだけどイベント無い日は御飯の食べれるバーみたいな感じで営業してるんだ”

「ほい」

出たー!名物のお通し「スピリタスの梅酒」って普段はショットグラスだけどロックグラスにいっぱい入ってないか!?

「結婚のお祝いだよ」

”うれしー!”

美香は???になってるけど

”G君も一杯なにかどうぞ”

「じゃ俺もスピ梅で」

ショットグラスを取り出しスピ梅を注ぐ

「「かんぱーい」」

まあ美香なら大丈夫だよね

ってぇ味見もなしにグラス半分飲んでるよ

私も美味しさに負けてグラス半分飲んじゃってるけど

「うわあ!これ美味しい!梅酒だけど飲んだことない感覚だよ」

「美香さん強いなあ」

”これスピリタスってお酒で梅を漬けてるんだけど96度だよ”

「96度ってほとんどアルコール!?」

「そうそう初めてだと口に入れた瞬間に拭き出す人もいるレベルなんだけど一気にグラス半分とか驚いたよ」


出てきたガパオライスはかなり本格的でパクチーをふんだんに使ってるので美香が大丈夫かな?って思ったけど

「パクチー大好き!」

と超大盛をあっという間に完食

超大盛って普通サイズの三倍くらい見た目であったけどね

食後はジャックのストレートをロックグラスで飲んで〆


御会計を済ましてお店を出ようとすると

「ほい!チキンサンドだから朝御飯にでも食べてねトースターで少し温めるといいよ」

”ありがとうございます!”


店を出てタクシーでマンションに戻る

お風呂に交代で入ってソファーで少しだけ雑談をしながらジャックを美香と飲む

そろそろ二時なんで寝ますか

”私ソファーで寝るから”

「だーめ!二日連続のソファーじゃ疲れ取れないでしょ」

”でも”

「彩美ちゃんが何もしないの信用してるからさ」

手を引かれベッドルームに連れてかれてベッドの端と端に隙間を大きくあけて寝る事に


目を閉じると急に七海がいないベッドに寂しさを感じてしまった

”ひっくひっく・・・”

やばい美香に聞こえちゃう枕に顔を押し付けて声が漏れないように頑張る

えっ

美香が手を伸ばしてきて私の手を握る

手の平に伝わる美香の温もりが急激に気持ちを楽にしてくれる

温もりに身を任せると疲れが一気にやってきたのか意識が闇に落ちて行く・・・

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