13話 好転、後転、怒髪天!

「そりゃあね、そりゃあ行きみたいなガクガクと激しい帰り方じゃなくて良かったわよ? いや、だけどもね! って言う話よ! なんでボロくて危ない井戸の中に飛び込まなくちゃいけないのよ! 地獄には、まっとうな移動方法がない訳? !」


「おい。いつまでうだうだと言い続けるつもりだ、聖。いい加減、静かにしろ」

 前を歩くキオンがうんざり顔でこちらに振り返り、私を呆れた眼差しで射抜く。


「直に閻魔大王様のお部屋に着く。良いな、聖。礼儀を弁え、キチンと丁寧に答弁するのだぞ」

「こんな両手いっぱいに京都の袋をぶら下げている時点で、礼儀もクソもないでしょ。って言うか、何で結生には何も言わないのよ」

 どうして私オンリーなのよ。と、唇を尖らせてぶうぶうと不平を鳴らした。


 すると「結生には言う必要が微塵もないからだ」と、さも当然の様に打ち返される。


「傍若無人なのは、お前だけだからな。聖」


 ……くぅ、可愛い猫の姿をしておいて。声と言い、言葉と言い、全然可愛げがないわ。でも、姿が可愛い猫だから強く言えない。

 

 この憎らしさよ……!


 私はギリギリと歯がみして、キオンをギロリと睨めつける。

 キオンはそんな眼差しを無視して、颯爽と前を向いて歩き出した。


 そしてやたら重々しい赤い扉の前で足を止める。ゴツゴツと厳つい扉だけれど、その彫刻が普通じゃない。まさしく地獄絵図と言うのが、彫られている。


 多分これ、地獄の階層を彫っているのよね。八つに区切られているし、上から下に眼を流していくと、どんどんエグさが強まっているから。

 マジで趣味悪いわね。と、思っていると、重々しい扉が勝手に開かれた。


 ギイイイと物々しい音を立てて内側に開き、私達に内を明かす。


 灯りが少なく、黒を基調としている陰鬱な部屋。所々赤が刻まれているのは、誰かの血が流れているみたいで気味が悪い。

 そんな部屋の奥、数段の階段の上に置かれた赤と金色の豪壮な玉座。そこに鎮座しているのは……閻魔だった。


「さぁ、入って参れ」

 目が笑っていない笑みで、扉の前に立っている私達に声をかける。


 天井が高いせいか、奥からの声でもハッキリと大きく聞こえた。


 キオンはペコリとその場で頭を下げてから、私達に、と言うか主に私に視線を送る。

『無礼のない様にするのだぞ』

 何度目か数え切れない諫言を受け、私達は閻魔の部屋へと足を踏み入れた。


 そうして玉座の階段前で止まると。キオンが一礼し、結生も倣っておずおずと頭を下げた。まぁ、私はしないけども。


 閻魔はフフフと笑ってから「ご苦労であったな」と、私達に労いの言葉をかけた。


「大河内源蔵の死魂は、無事こちらへ還された。実に良き働きをしてくれたのぅ、結生。聖」

 私は、少し目を見開いてしまう。


 だって、閻魔に名前を呼ばれたのは初めてだから。主に「小娘」で、その他は「其方」だったのに。


 これはやっぱりもう私達は地獄に居なくなるから、最後に名前を呼んで礼を述べておこうってやつかしら? うん、きっとそうだわ。最後の別れには、皆優しくなるって言うお決まりのやつに違いないわ。


 私は心の中で自問自答してから「大した事なかったわ」と、閻魔に言葉を返す。

 その瞬間、キオンからギロッと鋭い視線が飛んできたけれど。閻魔が「そうか、そうか」と会話を続けた事により、何も突っ込まれなかった。


「随分ボロボロにされておった気もするが、わらわの気のせいじゃったかのぅ?」

「き、気のせいよ!」

 無礼を許される代わりに放たれたストレートの意地悪に噛みついてから、「そんな事より!」と強引に話の主導権を握った。


「言われた通り、私達は死魂送りを完遂したわ! だから私達の判決は、変わったわよね! ?」


「勿論じゃ。この閻魔大王、罪人であろうが誰であろうが、交した約束は絶対に違わぬ。故に、其方等が来るよりも前に、わらわ達十王は其方等の判決を変え、新たな判決を適当として其方等に授ける事となったぞ」

 閻魔はふふふと微笑んでから、カツンと手にしている錫杖を打ち鳴らした。


 軽くながらも、凜とした音で鳴らされた錫杖。


 その音に反応して、横の部屋からドタドタッと太っちょの黒鬼が飛び出てくる。目が落ちそうな程に飛び出ているから、本当に落っこちないか心配するレベルねアレは。


 そしてその黒鬼は、手にしている巻物的なのを広げてから、私達に向かって「判決を言い渡す」と高圧的に告げた。


「十王詮議の結果。神原結生並びに神原聖を死魂送りの刑吏として認め、十王が一人閻魔大王に仕える事を新たな刑として下す」


「……ハッ?」「……えっ?」

 滔々と告げられた言葉に、私達は唖然としてしまう。


 今、あの鬼はなんて言った? 死魂送りの刑吏として認め、閻魔大王に仕える事を新たな刑とするとか言った?


 いやいや。そんな、まさかよねぇ。だって、私達は天国行きのはずだもの。死魂送りをやり遂げたんだから、それはもう確定のはずだもの。


 私は目を何度も瞬かせてから、「もう一度言ってくれない?」と黒鬼に向かって頼んだ。


 黒鬼はぎょろりと私に嫌悪を向け、口を開きかけたが。閻魔がその前に「聖よ」と発した事で、押し黙った。(あんな大きい鬼なのに、なんか情けないわね)


 閻魔は足を組んで、少し前屈みになる。


「嬉しかろうて? 如何せん、其方等は阿鼻地獄行きを免れ、このわらわの直属の部下として働く事が決定されたのだからのぅ」

 冷ややかな笑みで吐き出される言葉で、私の中でプツンと何かが弾けた。


「冗談じゃないわ! 死魂送りをやり遂げたら、私達は天国行きになるはずでしょ!」

 約束を破ったわね、閻魔大王のくせに! と、猛々しく食ってかかる。


 だが、目の前の閻魔の微笑は崩れる事がなかった。


「はて、嘘つきとな? わらわは約束を違えておらぬと言うに、随分素っ頓狂な事を言うのぅ」


「よくもそんな白々しく物が言えるわね! 死魂送りをやり遂げたら、刑を変えて、天国行きにするって!」


「確かに、わらわは刑を変えると言った。だが、

 冷ややかな反論が、私の猛っていた怒りにドスンと釘を打つ。


「わらわから一言でも、天国行きにしてやろうと言う言葉を聞いたか?」


「うっ。そ、それは……」

 淡々とかけられる言葉に、私の言葉はドンドンと詰まり、反論を言える今の立場がガラガラと音を立てて崩れ始めた。


 何とか諦めず、反撃をしようとするけれど。「言ってなかろう?」と容赦なく詰められるせいで、反撃が全く出来なかった。


「初めから其方等の思い違いよ。刑を変える=天国行きなんて、誰も言っておらぬ。故に、約束を違えたと反論するのは勝手な言いがかりじゃ」

 閻魔はフフフと意地悪い笑みを高らかに零すと、「約束通り、阿鼻地獄行きの刑は変わった」と、いやらしく告げる。


「わらわの直属の部下として働く刑に、の」

 私の心が沸々と燃える。私の身体がカタカタと震え始める。


 横に居る結生から「せ、聖。落ち着いてよ、これは仕方ないよ」と宥められる……が。


「フフフ、刑が変わった喜びが抑えきれぬか?」

 目の前の意地悪な笑みから発せられる素っ頓狂が、溢れまいと堪えていた蓋をパコンッと外した。

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