第29話


 ジェンは辺境で、王都であるアトグリスへ行くまでには馬車で乗り継いでも一ヶ月弱ほどの時間がかかる。それを乗合馬車で時間を合わせながら行くとなると、どうしても一ヶ月以上の時間がかかってしまうと思っていたが……


「まさか専用の馬車まで手配しているとは……」


 どうやらミラが助けようとしている人はかなり身分が高い人間のようで、ミラに手紙を送るついでに自由に使って良い馬車を貸し出してくれたのだ。


 そのため御者を雇いさえすれば、大きく日程を短縮して一路王都へ向かっていることができそうだ。恐らく半月はかからないだろうということだった。


「いやぁ、まさかこんな形で初めての王都に行くことになるとはなぁ……」


「私は一度行ったことがありますが、数年ぶりの王都ですねぇ」


 てっきり俺はミラと二人で旅に出かけるものだとばかり思っていたが、どうやらミラはかなり仲間意識が強いらしく、今回の王都行きには『左傾の天秤』のメンバーも同行している。


 あまり饒舌じゃないミラと長いこと二人きりだと沈黙が気まずかったかもしれないが、おしゃべりなエイラがいれば道中退屈することはなさそうだ。


「しかし驚いただろ、ミラは貴族令嬢には見えないもんな!」


「どことなく上品な感じはありましたけど、たしかに私も上級貴族の娘さんだとは言われるまで思ってませんでした」


「うん、まさかミラが――ティンバー侯爵家の令嬢だったなんてね」


 旅の前に明かされたのだけど……ミラは実は侯爵令嬢だったのだ!


 どうやらミラは実家を出てきているいわゆる家出娘というやつらしい。

 侯爵と言えば、王族と血縁関係を持つ公爵家を除けば最も位の高い上級貴族だ。


 うちのリッカー家などとは比較にならないくらいの由緒ある貴族家である。


 彼女の実家であるティンバー侯爵家は、何人も宮廷魔導師を排出した由緒正しい魔導師の家系らしい。


 ミラが妙に魔物や魔法に詳しかったのは、幼い頃からの英才教育の賜物ということなんだろう。


「貴族令嬢なんて柄じゃないもの。実家にいても息が詰まるだけだったし」


 実践に勝る修行なし、ということで家を出て冒険者をやっていたらしい。


 貴族令嬢がネズミの出る安宿に泊まっても平気だったんだろうかと思うが、本人的に別に問題はなかったらしい。


 むしろ一種のエンターテイメントとして、結構楽しかったようだ。

 なかなかにタフな子である。


「そういえば、二人は最初からミラのことを知ってたんだね?」


「ミラは世間知らずだったからなぁ」


「ど、どういう意味よ!」


「商人にぼったくられても気付かなかったり、色々と金銭感覚が壊れていたり……私達が矯正していなければどうなっていたことか……」


「うぐっ……ま、まぁそんなこともあったかもしれないわね?」


「――ふふっ」


 三人のやりとりを見ていると、思わず笑みがこぼれてきた。


 女の子同士話は尽きないようで、手すきの時間ができる。

 せっかくの時間を無駄にするわけにもいかないので、魔法の練習をすることにする。

 無詠唱が使えるのはもうバレてるし、好きなように練習させてもらおう。


 今練習しているのは、魔法の多重起動だ。

 一回一回魔法を使っていては、大量の敵を相手にした時に手数が足りない。

 オーク戦での反省を活かしての練習だ。


 ちなみに、魔法の二重起動は一応できるようにはなっている。

 ただ成功率は未だに三割にもなっていないので、これをほぼ100%成功できるところまで持っていきたいんだよな(オークキング戦のギリギリの状況下じゃ使えてたじゃないかと思う人もいるかもしれないけど、あれはいわゆる火事場の馬鹿力というやつだったらしい)。


 二重起動は、たとえるなら二つの手のそれぞれで文字を書くような感覚に近い。

 パッとやろうとするとできないけれど、時間をかけてじっくりやればわりとできるようになるのだ。

 戦闘中にそんな余裕がないのが問題なんだけどね……。


 ただこれができるようになれば魔法同士を組み合わせて色々できそうだから、可能な限りものにしておきたい。


 万が一暴発しても問題がないように、風魔術を中心にして使っていく。

 とりあえずそよ風を二発……成功。

 強めの送風二発……失敗。

 そよ風と送風……成功。

 二つのそよ風を、一回、二回、三回……。


「……あれ、三人ともどうかした?」


 魔法の練習に没頭すると、時間が経つのはあっという間だ。

 一旦集中が切れたので顔を上げると、『左傾の天秤』の三人が奇妙なものを見るような目でこちらをジッと見つめていた。


「いや……声をかけてもまったく気付かないくらい集中してたから、つい気になってよ」


「ごめんね、集中してると周りの声聞こえなくなっちゃうんだよね」


「まあ、別に大した話をしようとしてたわけじゃないからそれはいいんだけどさ……」


「それって何の練習をしているんですか?」


「えっと……魔法の二重起動だけど」


「やっぱり二重起動だったの!?」


 魔法について一家言ある侯爵令嬢のミラが俺のことをジッと見つめてくる。

 対してマリアとエイラの方はぽかんとした様子で首を傾げていた。


「どうしたんだよミラ、そんな驚いて」


「魔法の多重起動は、超がつくほどの高等技術よ。王国広しと言えど、使える魔導師の数は五人にも満たないはず」


「なんかよくわからないけどすごいんだなぁ」


「すごいなんてもんじゃないわよ! 魔法の多重起動は全魔導師の憧れ! 私もパパに教わろうとしたけど全然上手くできなかったんだから。ねぇマルト、もしよければ私に魔法を教えてくれないかしら?」


「え、うん、いいけど……」


 人様に何かを教えられるほど立派なものでもないけど、俺はとりあえずミラに魔法を教えてみることにした。


 教えるというのは初めての経験なので何をすればいいかは手探りだったけれど、とりあえずミラは火魔法が得意ということだったので温度を意識して火魔法を使うことができるように訓練をさせることにした。


 そんなことをしているうちに時間はあっという間に過ぎていき。

 途中何度かボヤ騒ぎを起こしかけたりもしたけれど、無事ミラはより高温の白炎を出すことができるようになり。


 そして俺達を乗せた馬車は、王都へとたどり着いたのだった――。

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