第25話


 荒くれ者であり一癖も二癖もある冒険者達を統括するのが、冒険者ギルドという組織である。


 起こる暴力沙汰を不思議な力でうやむやにしたり、全ての問題を解決する山吹色のお菓子を出したりと色々と後ろ暗い話を良く聞くギルドも、このジェンの街では比較的健全な経営を保っていた。


 冒険者の数も王都などと比べると桁違いに多く、とてつもない仕事量とそれに伴う高い収益のため、それどころではないといった言い方の方が正しいかもしれない。


「ふうぅ……」


 ギルドマスターのアーチは手元の資料から目を放し、目元をもみほぐす。


 立ち上がり背筋を伸ばしながら、遠くを見つめてピントを調節した。


 年齢も四十を超えてきたせいか、最近では少し老眼も混じるようになってきたせいでどうにも資料を読む速度が下がっている。

 もう少し書類仕事が減ればいいんだが……


「ギルドマスター、大変です!」


「ギルドはいつも大変だ、だからもう少し落ち着きを持てウーラ」


 そんなことを考えていると、ノックの後に受付嬢であるウーラが部屋の中に入ってくる。

 アーチはせわしなくやってきた彼女の甲高いの声を聞きながら、眉間にしわを寄せた。


 ウーラは事務処理能力も高く冒険者達の機嫌を取るのも上手い。

 受付嬢としては申し分のない能力を持っていると言えるだろう。


 けれどいくらか突発的な判断に難があるところがあり、やったことのないことや見たことのないものを見ると自分で考えず、すぐに上の人間の立場の判断を仰ごうとする癖がある。


 いきなりギルドマスターに仕事を回すのは、非常に良くない。

 上司達としても自分の面目が丸つぶれになってしまうからだ。


 ウーラの上司の顔を思い出し説教のための段取りを脳内で整えながら、アーチはウーラの説明を聞き始める。


 滅多なことでは動じないアーチのこめかみが、説明を聞く度にピクピクと動く。


 ウーラの口にした内容は、長いこと冒険者達を見守ってきたアーチをして、理解の範疇を超えていたからだ。


「……なるほど。つまりFランク冒険者のマルトが、単身謎の魔法と武技を使ってオークキングを倒したと。そういうことで問題はないか?」


「は、はい、その通りです!」


「一旦下がれ、追って連絡をする」


「了解致しました!」


 ウーラを退出させてから、アーチは大きなため息を吐く。

 彼は乱暴にどかりと椅子に座り直し、


「大変……どころの騒ぎではないな」


 Fランク冒険者であるマルト。

 ギルドが持つ情報収集能力を使い、そのおおよその事情は掴んでいる。


「やはり獅子の子もまた、獅子ということか……」


 マルト、本名マルト・フォン・リッカー。

 アーチは既に彼の素性を、かなりのところまで掴んでいる。


 貴族に縁のある者なら、ヴァルハイム・フォン・リッカーの名を知らぬ者はいない。


 誰しもスポットを当てていなかった辺境の地で始めた倉庫業を軌道に乗せ巨万の富を得たその豪腕は、良くも悪くも非常に目立っている。


 金で爵位を買ったと揶揄される新興貴族の中でも特に強い存在感を放っている男だ。


 そして彼が取った後妻もまた、冒険者の中で知らぬ者のいない超がつくほどの有名人だ。


 『迅雷』のレヴィ。

 かつてアトキン王国を襲った魔族達による大規模侵攻をほぼ単独で食い止めてみせた、Sランクパーティー『終焉ビー・オーバー』の斥候を務めていた女性だ。


 雷を身に纏った超速戦闘と、あらゆる魔族を根絶やしにする雷撃が特徴で、機嫌が悪くなれば全身から雷が迸るほどに雷との親和性が高かったと言う。


 王都防衛戦での戦闘は人間側からも魔族側からも恐れと共に語られており、王都での戦闘を間近で見た者の中には、未だに雷雨の際にパニック障害を起こす者がいるほどだ。


 かくいうアーチも、以前行われた王都防衛線には一冒険者として参戦していた。


 捉えることのできぬほどの速度で瞬く間に魔物と魔族達を消し炭に変えていたあの姿を見た時に感じた恐れと興奮は、今でもなお鮮烈に胸に焼き付いている。


 その二人が結婚していたという話も驚きだったが、何より驚いたのは彼らの息子が冒険者ギルドの門を叩いたことだ。

 素性が明らかになった時など、思わず飲んでいた紅茶を噴き出してしまったくらいだ。


 Fランクにもかかわらず時空魔法を使えるその才能に驚いてはいたが……しかしまさか、


「新人冒険者が単独でオークキングを討伐するなんて……レヴィさんの息子じゃなければ、虚偽報告と報酬を出し渋ったところだ」


 マルトという冒険者にはそれとなく目をかけようと思っていた。


 通常ギルドから出すことはあまりない指名依頼をわざわざ出したのも、彼の依頼歴に箔をつけるためだ。

 当然こんなことになるとは思ってもみなかったわけだが……結果オーライかもしれない。


 本来であればしばらくの間判明することがなかった彼の圧倒的な実力がこの段階でわかったのは僥倖だ。


 ギルドには、使える人材を遊ばせておくだけの余裕なんてものには縁がない。

 それならばマルトには力を是非とも発揮してもらい……


「それなら特例でランクを上げて、魔物討伐をさせていくか……いや、ちょっと待てよ、光魔法の腕もとんでもないって話だったよな……そっちの方面でも……」


 アーチはぶつぶつと呟きながら、入れていた紅茶を口に含む。

 そしてウーラが置いていった、冒険者達の口述筆記を読み始め……


「ぶーっっ!! 無詠唱で複雑骨折の回復だと!? こんなの大司教レベルだぞ!」


 紅茶を勢いよく噴き出しながら、自分がしていた想定がまだまだ甘いことを知るのだった――。

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