第2話


 ドキドキしながら自室で待つことしばし。

 フェリスが完治した怪我を改めて確認してから、魔法の講義が始まった。


「魔法を発動させるためには、二つの行程が必要とされています。それが魔力操作と魔法発動です。魔力の制御をおろそかにすれば出力を間違えて魔法が暴発することもありますし、魔法を間違えれば自分の身体が黒焦げになることもあります」


「……(ゴクリ)。なんでもできるすごい力って思ってたけど、なんだか思ってたよりずっと物騒なんだね」


「その通りです。魔法は強力な攻撃手段ではありますが、その分だけ取り扱いに注意する必要があります。なので基礎からしっかりと叩き込むつもりです。退屈に思われるかもしれませんが、マルト様に怪我をさせないための処置ですのでご容赦ください」


「うん、安全マージンは大切だもんね。気にしてくれてありがとう」


 彼女の話は、非常に理路整然としてわかりやすい。

 未知の技術である魔法の師匠としては、彼女以上に適任な人物はうちにはいないだろう。


「安全マージン……ずいぶんと難しい言葉を知っているのですね。それになんだか話し方も、大人びたような……?」


「……(ギクッ)! ま、まぁ誇張抜きで一度死にかけたからね。腹が据わったというか、なんだか生まれ変わった気分なんだ」


 内心の動揺を悟られないよう、なんとか言いつくろう。

 気取られないか心配しながらフェリスを見るが、幸いにもその心配はないようだ。


「すみませんマルト様、私が目を離した隙に……」


 フェリスは申し訳なさそうな顔をして、ただ頭を下げるだけだった。

 どうやら俺が怪我を負ったのは自分のせいだと、かなり思い詰めてしまっているらしい。


 彼女の良心にすがっているようでチクリと胸が痛くなるが、前世の記憶の話を打ち明けるほどの勇気はまだ俺にはない。


「フェリスは何も悪くない。悪いのはあのバカ兄貴のせいさ」


「はい……」


「もし気に病んでいるのなら、俺にきちんと魔法を教えてくれ。そうすればもう二度と、やられるだけじゃなくなるからさ」


「――はいっ、ありがとうございます! えっと……それでは気持ちを切り替えて、改めて魔法の授業を始めさせていただければと」


 フェリスは小さな声でありがとうございますとだけ呟いてから、魔法の授業を再開するのだった――。










 まず最初にやらなければいけないのは魔力の制御だと、彼女は言う。


「一番始めは体内にある魔力を認識することからですね。これができないことには、魔力を操ることもできませんから」


 魔法使いになるための第一歩は、自分の体内にある魔力を知覚するところから始まるらしい。


「マルト様、身体の内側に意識を集中させてください。胸の辺りから全身に行き渡る魔力の渦を想像してみてください」


「うん、やってみる」


 目をつぶって意識を集中させる。

 魔力の渦か……うーん、いきなり言われてもなかなかわからないな。


「魔法や魔力は、イメージが大切です。自分の頭の中に明確なイメージがあれば、魔力はそれに応えてくれます」


 イメージ、イメージか……。


 胸から全身に行き渡るってことは……魔力は心臓から血液とかと一緒に送り出されてる感じなのかな?


 だとしたら静脈から心房へ、そして心房から心室へ、最後に心室から動脈を通じて行き渡っていくような感じをイメージして……んんっ、なんだろうこれ?


 身体の中をグルグルと循環している……何かエネルギーのようなものを感じる。

 一度認識してみると、今まで感じ取れていなかったのが不思議に思えるほどに自然と知覚することができた。


「熱くてむずがゆい……フェリス、これが魔力で合ってる?」


「――嘘っ!? まさかこの一瞬で魔力を……いくらレヴィの息子だからってそんなはず……(ぶつぶつ)」


 どうやら全身をグルグルと巡っているこの熱いものが、魔力らしい。

 血管の中に第二の血管が通っているような感じ、という表現が近いかもしれない。


 循環している魔力を知覚するには、普通一ヶ月以上の時間がかかるらしいけど……これは多分、持っている明確なイメージの差なんだろうな。


 俺は全身には血管を通して血液が巡っていることがわかっているし、心臓の仕組みも生物の授業で習ったことがあった。


 異世界人が全身に渦が行き渡っているイメージで魔力を捉えようとするのでは、イメージのしやすさに雲泥の差があるんだと思う。


「えー、こほんっ! 魔力の認識ができたら、次は魔力操作に移ります。全身を回っている魔力を、一箇所に集めてみてください。指先に魔力を集める形で想像するのがわかりやすいかと」


 魔力の認識が思っていたより想像以上に早く終わったので、第二段階の魔力の操作に移ることになった。

 これも大切なのはイメージということだった。


 何かを一箇所に集める、か……身体の中にある魔力を、ポンプを使って送り出すような感じを想像してみる。


 全身を巡っている魔力を抽出。

 そのまま横向きのポンプで、ぐぐっと手のひらの方に押し出す感じで……。

 

 胸から腕、腕から手のひらへと魔力が押し出されていく。

 うぐぐ、なかなか手のひらから出てこない……そうか、ここでもイマジネーションを発揮させないといけないんだな。


 魔力を押し出す感じ……そうだな、それならてん突きを使ってところてんをにゅにゅっと出すイメージで……


「――うわっ!?」


 頑張って押し込んでいると、突然抵抗が消え、手のひらがカッと熱くなる。

 そして手のひらからイメージした通りに、魔力がにゅにゅっと出てきた。

 しかも……マジでところてんみたいな半透明な形になって。


 え……これ、魔力だよね?


 困り果てながら見上げて、我が師に協力を仰ぐ。


「……(絶句)」


 見上げてみると、フェリスは完全に言葉を失っていた。

 彼女が見つめているのは、俺の手から出てきた魔力ところてん(めっちゃぷるぷる)。

 二人の視線を感じたのか、地面に落っこちたところてんがぷるるんっと震えた。


「……マルト様、これは一体なんですか?」


「何って……俺に言われても……なんか出ちゃった」


「魔力の物質化って……めちゃくちゃな高等技術ですよ。私の通っていた魔術アカデミーでも、使えたのは校長だけでした」


「このところてん、そんなすごいやつなの!?」


 突っ込もうとすると、なんだか身体が少し重くなっているような気がした。

 初めて魔法を使ったから、疲れたのかもしれない。

 ……いや、そもそもの話これは魔法なのか?


「魔力の物質化までできるのでしたら、あとは簡単です。今魔力を外に押し込んだ時、抵抗がありましたよね? その抵抗を、魔法を使ってするりと抜けていく感じを想像すればいいですね」


 なるほど、あの抵抗を無理矢理ところてん化で抜けようとしたせいで、謎の魔力ところてんが生み出されてしまったってことか。


「ええっと詠唱はなんだったかな……最近まともに唱えてから記憶が……」


 どうやらまだかかりそうだったので、今の感覚を忘れないうちにもう一度魔力ところてんを作ってみることにした。


 再度循環する魔力を抽出し、手のひらに持ってくる。

 ぐぐっと感じる抵抗。


(そうだ、さっきはところてんをイメージしたからああなっただけで、しっかりと風をイメージしたらどうなるんだろ?)


 物は試しだということで、イマジネーションを爆発させる。

 抵抗のある手のひらを無理矢理押し通ろうとするのではなく、網目をすり抜けるようにイメージ。

 起こすのは強風ではなく、あくまでそよ風。

 思い出すのは前に広原に旅行した時に感じた、少し青臭い優しい風だ。


 すると……手のひらから打ち出された魔力が変質しながら魔法が完成される。

 現れたのは、薄い緑の光。

 突き出した右手が淡く光ると同時、頬を優しい風がそっと撫でる。


「ええっ、これってまさか……無詠唱魔法!?」


 これが……魔法か。


 さわさわと髪をかき上げるこの風を自分が生み出したのだと思うと、興奮が止まらなかった。

 鼻の穴を広げながら顔を上げると、そこにはこくりとこちらに頷くフェリスの姿がある。


「このフェリス、今日一日で驚き疲れましたが……なんにせよ、おめでとうございますマルト様。これで今日から魔法使いの一員ですよ」


「よしっ、これならまたすぐに魔法を……あれっ?」


 心は興奮しているというのに、全身から力が抜けていく。

 虚脱感に襲われながらなんとか地面に膝をつこうとすると、そっとフェリスに抱えられた。


「魔力切れになると強烈な眠気に襲われ、そのまま気絶してしまうのです。一時的に気を失いますが、安心してお休みください」


 精神年齢が三十代のおっさんが美少女に抱っこされているという状況が恥ずかしくて身体を動かしていると、言われた通りの強烈な眠気に襲われた。


 ドカ食いをした後に血糖値スパイクでそのまま眠くなるような、一切の抵抗を許さない眠りの誘惑に、俺はゆっくりと目を瞑る。


「……ふふっ。こうして眠っていると、ますますそっくりですね」


 意識が遠のく間際、フェリスの笑い声が聞こえた……ような気がした。


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