ある組織の記録

雨宮照葉

第1話

 to.特別収容区管理部門部長 沢上佳仁太郎様

 送信用テンプレート ナンバー35使用

 内容:非検体335(ー2)の終了について


 サイト300にて収監していた非検体335(ー2)が確保した際に懸念されていた所謂「発作」の兆候を示したため、担当職員 村雲貴昭及びサイト主任 嘉神圭壱の権限をもって対現実崩壊機動部隊「十二天将」を行使、対象を殺害しました。

 殺害の直前彼女は支給されていたベニヤ板並みの硬度の鋏を用いて通常の鏡(彼女の希望により房に設置)を叩き割りました。現実強化空間においてこのような芸当を成せるのはレベル5現実操作能力者に相当する存在であり、我々の脅威となり得る危険要素です。そのため「十二天将」各隊員には幻実耐性が投与され、非現実的特異空間発生装置(USSG)が支給されました。経費は本部への請求となります。後程詳しい請求のメールをお送りします。


 非検体(以下、「彼女」)が心理カウンセラーである村雲氏に好意を抱いていたのは確実であり、それこそが「発作」の原因であると推測されています。感情の昂りが能力の発現につながるケースは珍しくありませんが、今回のようなポジティブな感情に伴う発現は非常に特殊です。極端に事例が少ないためその全容は依然として不明であるため、今後同様の事例が報告された場合、直ちにサイト14「14へ行け」にて終了措置をとるよう本部からの連絡があったことでしょう。私が業務外でこのメールを作成しているのはまさにそのことについてなのです。


 私たちサイト300職員一同は数年前に発生した事案・鳴蛇村の際、監視対象二八一(神)が不安定になっていることを発見しました。速やかに呼応パターンを解析した結果、非検体335(ー2)を含む無数の現実操作能力者が影響下にあり、それらが対象の現実性を繋ぎ止めていることが発覚しました。簡潔に要件を述べますと、彼女のような存在が確認された場合、本部へ通達することなくサイト300まで輸送していただきたいのです。添付するデータから彼らの大半が特別収容区内に出現することが予測されます。我々は日の本の国を守るため彼らを必要としているわけです。彼らが揃えば、地に打ち付けるための杭として機能してくれることでしょう。残念ながら私の権限では本部の決定事項に発言することはできないためこのような措置を取らざるを得ないこと、心から申し訳なく思います。しかしながら我々はこの美しい世界を守らねばなりません。ご協力のほど、よろしくお願い致します。


 あなたはきっと彼女を殺したことに対し疑問を抱くでしょう。実のところ、その理由は誰1人、私ですらわからないのです。村雲氏とにこやかに談笑している様はとても微笑ましかった。我々はその幸福を断ち切ってしまった。いや、私がという方が正しいですね。私の一任なのです。全て私がしたことです。私はただ幸せでいて欲しかった。非検体であることを忘れて欲しかった。おそらく私はもう手遅れなのでです。私はただ、この世界を守りたかった。全ては明るい朝日のために。全ては冷ややかな月光のために。私は抗えなかった。私は力を持ってしまった。私は抗えなかった。私は耐えられなかった。私は抗えなかった。私は抗えなかった。私には手段があった。私は抗えなかった。私は独占したかった。私は抗えなかった。私は抗えなかった。私は抗えなかった。私は抗えなかった。私は抗えなかった。私は抗えなかった。私の罪だ。私は抗えなかった。私は抗えなかった。私は抗えなかった。私は抗えなかった。私は愛されたかった。


 サイト300管理者 櫻葉慚愧

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