フィロソフィーブレイブ
みずいろ
第1話 「最悪な誕生日」
「シールド展開。障壁フィジックプロトル!」
聞き覚えのあるすかした男の声で魔法の詠唱が聞こえた。
後ろを振り返ると、そこには俺のズボンのケツのポケットの財布を取ろうとしていた男がこちらに手を伸ばしてたっていて、その男の手を阻むかのように小さなシールドがあった。
よく見るとさらに後ろにさっき酒場で見かけたやな感じの男が立って薄ら笑いをしていた。
俺の財布を取ろうとしていたスリは後ろの男を見て逃げていった。
「おいおい。天下の勇者様だろ?お前。俺の相棒はこんなだらしないやつなのかよ。財布スられるのにも気が付かないくらい酔っ払って、情けねぇなぁ。」
男は俺に近づきながらニヤニヤ笑ってそう言っていた。
「相棒?なんのことだよ。」
俺が眉をしかめていると、
「はっ、助けてやったってのにお礼もなしか。さすが天下の勇者様!格が違うねぇ。」
首を横に振ってさらに俺を見下した。
「っ....。世話になったな。もう一生会うこともないだろうけどせいぜいお前も財布をスられないようにな。」
俺は恥ずかしくなって真っ赤になって俯きながら前を向いて再び宿屋への道を歩き出した。
ところが、その男は俺のあとをついてくる。
俺は、思わず後ろをまた振り返り、
「宿屋に戻るんだよ!ついてくんなよ。」
男に怒鳴る。
「ぷっ、自意識過剰だねぇ。俺も宿屋に帰るんだよ。この町に宿屋は一つだけだろ。」
と再び笑われてしまった。
俺の我慢は限界で、
「ムキーーーー。あっそ。じゃあ俺はよろづ屋によってから帰るから!」
とさらにムキになる。
すると男はさらに笑顔になって、
「ふーん?そう?じゃあ俺もよろづ屋に用があるから寄って帰るかな。」
と俺の方を見る。
「じゃあじゃあ!俺はやっぱりまっすぐ帰る。よく考えたらもう閉まってるだろうし?。」
「あ、そう?じゃあ俺もまっすぐ帰る気分になったからそうしようかな?。」
その言葉を聞いて俺は不愉快が限界を迎え思わず走り出した。
初めての飲酒をしたせいで思うようにスピードは出ず酒が体の中をぐるぐる回ってるような感じがしてすごく気持ち悪かったけど気にせず走った。
「ついてくんなよーーーー!」
そう言おうと口を開けた瞬間だった。
「オロロロ...。」
酒場で飲み食いした物が勢いよく俺の口から飛び出し、俺はそのままその場にしゃがみこんで吐いてしまった。
苦しくて余裕なく地べたを這いつくばって、ヒーヒー言っていると再び後ろからなにか聞こえてきた。
「フィール。」
たしか、解毒効果と細胞を活性化させて怪我を治したり痛みを和らげる回復の呪文だ。
俺の体の周りに緑色のエネルギーが漂って弱っていた内蔵の動きを整え、徐々に苦しみが消えていった。
「あらあら吐いちゃったのか。大丈夫か?立てるか?」
さっきの男の声がした。
自分が情けなくなった俺は地べたに手を着いたたま、顔をあげられずにいた。
「....くれよ。」
なんだか涙までできた。
「ん?なんだ?」
「ほっといてくれよ!なんだって言うんだ。なんで俺が勇者なのか知ってるか知らんけど俺に構うなよ。」
そのまま悲しくて俺はワンワン泣いてしまった。
....最低だ。
成人したその日の夜に、大人の真似事をして酒を飲んだのはいいが、体はついていかず、その挙句、子供のように泣き喚き、地面に突っ伏している。
これより恥ずかしいことがあるだろうか?
「まぁまぁ、そう言わずに。これまで一人で頑張ってきたんだろ?俺は賢者として生まれ勇者と旅をするためにここまできてるんだ。ある程度お前のことは占いで見ていたよ。だから、たまには周りの大人を頼ったらどうだ?会ったばかりで信用出来んかもしれんけど少なくとも今はお前の助けになりたいんだけど。」
男は、さっきまでのすかした声とは違ってなんか、妙に優しい声で俺に手を差しのべた。
優しくされると余計惨めだったけど、いつまでもいじけてても仕方が無いので男の肩を借りて立ち上がった。
「おい、歩けるか?」
男は優しくそう言う。
「....うん。」
俺は恥ずかしくなって俯きながら男に答えた。
そのまま男の肩を借りながら俺たちは宿屋まで帰った。
部屋の前に着くと、俺たちは隣同士の部屋なことがわかった。
「お礼とかはいいから。」
再びスカした声でひょいと手を上げるその態度が気に入らなくて、
「そういう訳には行かない。金ならある。それでいいか?」
俺はもうすっかり歩けるくらいになっていたので男の肩を離し、自分の財布に手をかけた。
すると、奴は、
「いや、金とかはいい。そのかわり。」
言葉を途中で止めて俺の耳に顔を近づけてきた。
そしてこう言った。
「話があるんだ。俺の部屋によっていけよ。」
ニヤニヤとしながら自分の部屋の鍵とドアを開けてドアの横に立つと、
「どうぞ。勇者さま。」
と俺を招き入れた。
怪しい雰囲気がしたが、俺はいわれるがままやつの部屋に入った。
造りは同じだが俺と違って荷物や着替えが散乱していない整理された部屋だった。
机の上の備え付けのランプが部屋をボヤボヤ薄暗く照らしていた。
独特の魔法薬の匂いが漂い俺が顔をしかめると、
「マジックインセンスだよ。魔力や体力の回復を促進するんだ。」
奴はニコッと笑った。
胡散臭い笑顔...。気に入らん。
「なぁ、話ってなんだよ。」
俺が切り出すと、備え付けの椅子を引いてベッド側に向けた。
「まぁ、とりあえず座れよ。」
そう言い俺を座らせると、ガチャガチャと音がすると思ったら、今度はどこから出したのか分からない(薄暗くてよく見えない)ティーセットで紅茶を淹れた。
ソーサーごとカップを俺に渡すとこれまたキザな笑顔を俺に向けた。
「ダージリアだ。」
「....いただきます。」
正直さっき胃の中のものを出して喉が渇いてしまっていたのでこの紅茶はとっても有難かった。
(余計に喉が乾きそうだったけど。とにかく水分が欲しかった。)
俺が紅茶を大人しく啜っていると、奴は自分の分の紅茶を上品に飲みながら語り出した。
「...さっき言ったんだけど俺は七英者たちの魂を継いで生まれた賢者...かどうかは分からないが、そう聞かされて育ってきた。お前と一緒だよ。お前も多分小さな頃から勇者として育てられてきただろう?」
「あぁ。」
「それで、小さな頃から魔法ばかりを教えられて運命なのか宿命なのかメキメキと魔法が上手くなってあろうことか呪文を自分で作りだすことさえ出来るようになってしまった。そして、それ同時に自分のするべきことを自覚してしまったんだ。でもな、ただ生まれ持った宿命を生きるだけの人生なんて、まっぴらだったから王宮に仕えていた村の男から無理やり教わった剣技や武術を独学と併せて、努力して学んできたんだ。小さな頃から勇者様のお供として出しゃばりすぎることのないように剣技や武術は学ぶことは本当は禁じられていたんだが、なんで俺が誰かのオマケになんかならなくちゃいけないんだって、必死だった。でも小さな頃から勇者様のお供として恥ずかしくないようにと口を酸っぱくして言われてきたからさぞ、立派な人が勇者なんだろうと幻想を抱いて心を保っていたよ。」
「....。」
俺は何も言えなかった。
「で、勇者が生まれたと聞いた日から実は俺はお前を水晶で見てきたんだ。」
「はっ!?おまそれ...。 「まぁいいから最後まで聞いてくれ。」
俺が慌てるのを遮ってやつは再び話し始めた。
「小さな頃のお前は甘ったれで、持っている自分の力に怯えて...見ていられなかった。正直、なんでこいつが?俺の方が物語の主人公に相応しだろって何度も何度も思ったよ。でも、村を追い出されてからのお前は変わった。自分の可能性を引き出してできそうなことはなんでもチャレンジして、どんどん新しいことを覚え、メキメキと成長して。そんなところも実はずっと見てた。そんなん見てたらさ、なんかお前のこと気に入っちゃって、しまいにはこいつ可愛い、俺のものにしたいって思ったんだ。
どうせ一緒に旅をする運め.. 「ちょっ、ちょっと待てよ。」
今度は俺が奴の言葉を遮った。
「まず、俺の事ずっと見てたってことか?それと、俺がかわいい?ふざけんなよ!」
「おう、そうだよ。見てた。」
赤色の美しい長い髪で綺麗な顔をしているくせに狼人らしいたくましい体をしたは男俺の方を澄んだ青い瞳で見つめた。
「ちょちょちょ...。そうかもしれないけど俺はふつーの感じのどこにでもいそーうな村の女みたいなのがタイプなんだよ!」
もはや自分が狙われていることに動揺しすぎて、出会ったばかりとかずっと見てたとかは頭の中からぶっ飛んでしまっていた。
俺が慌ててていると、奴はさらに可笑しそうにして、
「冗談に決まってるだろー。これから旅を一緒にしていくんだ。もし本当に思っててもそんなこと口にはしないさ。」
そう言った。
何故か少し寂しそうな顔をしていた。
「わらえねーよ...。」
俺はやつを再び睨む。
睨みながら少しづつ言われたことを理解してきて、混乱する頭を整理した。
(あれ?一緒に旅をする....?なんのことだ..........。あっ、そういえば、確かに村を出る時、その時が来たらば賢者を仲間に旅を続けよって預言者の婆さん言ってたな...。こいつがそうだってわけね。あーあ。かわいい女の子の姿を期待してたのにどう見ても、ヤローじゃねぇか。)
俺がやつの言葉に戸惑って頭の中がごちゃごちゃになって固まっていると奴はこう続けた。
「そんなわけで、俺の名前はメトロ・マーティン。勇者様。よろしくな。」
停止している頭を無理やり動かしてとりあえず自己紹介を返した。
「....。レオ...オランジェ...。よろしく。」
そのまま、俺たちはなんとなく握手を交わした。
奴がいつまでも手を離さないから
「いつまで手握ってんだよ。」
俺が睨むと奴はまーたおどけた表情をした。
「んー?世界が終わるまで。」
「バカか!俺たちは世界を救うために生まれてきたんだろ。」
「はぁー。お前までそんなこと言うかね。つまらんとは思わないか?滅びゆく世界の危機が始まったからこそ俺たちが生まれたわけだ。そりゃー俺だって世界が滅んじまうのは困るさ。ただそれを救うのは俺たちじゃなきゃダメか?生まれた魔を経つのは勇者じゃなければならないのか?。そんな漠然とした何かのためだけに生きるのが窮屈じゃないのか?」
メトロとやらは、少し暗い顔をしてそんなことを言った。
「何...言っ...俺たちはそのために....。」
奴の言葉に少しだけ納得してしまった俺は少し自信をなくしてしまい、口ごもってしまった。
そんな俺の様子を見て、
少し間が空いてから奴は口を開いた。
「...ま、俺たちがやるしかないって世界中が思ってるんだもんな。やるしかないんだよな。
でもさ、俺たちにだって人生はあるんだ。最終的な終着点はそこにあったとしてもそこまでの道のりは、俺は好きに生きたいと思ってるよ。
だから....さ。俺はお前と旅をすることを運命だからとかじゃなく、自分で決めたんだ。お前もお前のやりたいようにすればいい。無理に誘っちまったのは悪かった。最後はお前が決めてくれ。レオ・オランジェ、俺と一緒に来てくれないか?」
真っ直ぐな青色の瞳は俺を優しく見つめた。
俺も重い口を開いてゆっくりやつへと言葉を返す。
「....直ぐに答えを出せと言われても、自分が何がしたいかすら分からないんだ。だから必死に滅びる世界を救うためだけに旅を続けてきたんだ。今はそれが正しいのかわからんくなったよ。でも、お前と居ればなにか掴めそう...。かも...。だから旅を続ける中で答えを見つければいいんじゃないかって思う。....よろ...しくな。メトロ。」
俺の言葉を聞いてやつの顔がパァっと明るくなったのがわかった。
「そうかそうか!お前にとっては出会ったばかりの俺を信じてくれてありがとう。こちらこそ、よろしく頼むぜ勇者様!」
俺の手を強く握ったままのメトロは嬉しそうにそう言った。
かと思えば恍惚とした目に変わって、俺を見つめたまま、
「よーし!そうと決まったらまずは一夜を共に過ごすなんてのはどうだ?レーオきゅん...。」
こんなことを言いながらもう一方の手で俺の手をなぞった。
俺は慌てて奴の手を離して
「うっうわぁ!お、俺はそういうつもりで言ったんじゃねー!」
と叫んでやつの部屋から飛び出した。
閉じたドアの前でほっと一息着いているとドアの向こうから可笑しそうにしながら優しい声でメトロが
「冗談だよっ。ぷっ...おやすみ。明日起きたら宿屋の前に集合な。」
と囁いた。
そして
〜翌朝〜
「おはよう。寝坊助さん。」
涼しい顔で奴は俺の部屋に入ってきた。
宿屋の前に集合じゃなかったのかよ。
「....はよ。まだだいぶ早くない?」
「待ちきれなくて来ちゃった。」
寝起きの俺にとっては、重たくて、語尾にハートがつきそうなくらい甘ったるい声でやつはそう言った。
「はぁ....。で、何の用だ?まだ出かけるにしても早すぎるだろ。」
ベッドに入ってきそうになっているやつを足でゲシゲシ蹴飛ばしながら、俺はやつを睨む。
「いやぁ。旅に出ると言ったもの俺の目的を話してないなぁと思ってさ。」
「目的?魔を打つことじゃないのか?」
「もちろん。大筋はそうなんだけどな。だが、俺の目的はそれだけじゃないんだよ。」
「???。」
「まぁそもそも魔を打つ魔を打つって言ったってさ、肝心の魔王的な何かが今のところいる訳でもないし、お前だって次何すればいいか分からないって思ってたんじゃないか?」
「まぁそれはそうかもしれないが、今は魔の意志がこの世界を蝕んでいて、それを利用して世界を支配しようとするものが現れるって聞いたから、少しづつ問題になりそうなところをつついたり、困ってる村を救ったり、クエストをこなしたりしながら強くなるのが直近の俺のやるべき事かと思っていたよ。」
「なるほどな。まぁそれも間違ってる訳じゃないとは思うがまだ足りないな。俺も大体は同じことをしてきたが、それだけじゃない。話してなかったが俺は魔法の素質が異常で、たぶんこの先少し頑張ればどんな魔法も簡単に扱えると思う。そんな俺は小さい頃から魔法だけじゃなくて様々なことへの知識欲があった。だから沢山の本を読み、色んなヤツらに話を聞き、魔法や剣術、この世の理なんかを一生懸命勉強したよ。もちろん、古文書も沢山読み漁ったさ。魔力量が未熟なうちは難しい古文書は解き明かせなかったけどな。今ではだいぶ魔法が扱えるようになって、魔法の仕組みを勉強したせいか魔法どうしを組みあわせたり、武器や物に魔法を付与したり、複雑では無いことならオリジナルの魔法も創り出し使えるようになった。」
俺はやつの話を黙って聞いていた。
奴はたんたんと喋り続け、こう続けた。
「まぁ、それでだ。旅をしながら古びた遺跡内でたまたま見つけた本にこう書かれていたんだ。『古代魔法は危険である。七つの英者の名のもとに封じられた。』ってな。古代魔法ってのは小さい頃からのおとぎ話なんかで存在は知っていたが実在するとは思っていなかった。しかし、一人旅の途中、見つけた遺跡の本棚に一つだけ実際の歴史で滅んだ国が戦争と古代魔法によってどんなふうに滅んだかが書かれている本があったんだ。で、その戦争についてもっと詳しく調べたらまぁ、出るわ出るわ古代魔法の名前。そこで俺は実在を確認したんだ。だからさ、俺はその古代魔法を解き明かし、自分のものにし再度俺以外が使わんように封じ込めて伝説にしたいんだ。」
奴の言葉は珍しく全てが真面目な話で、俺の寝起きの脳みそにヘビーに響いた。
けど、真面目に話してくれたのにぼーっと応えてしまうのは申し訳ないので俺は奴にこう言った。
「そうか、それがお前が言っていた。やりたいことのうちの一つなんだな。それなら俺も手伝うよ。今の話を聞いて、俺も古代魔法にはとても興味がでた。もちろん、使えるようになりたいとは思ってないけどお前の第一証人になれたら面白いかもと思ってしまったよ。」
「ぷっ、なんじゃそれ。でもありがとうな。」
奴は吹き出して優しい顔つきになると、おもむろに俺を抱き寄せてぎゅっとした。
「やめ...離せ。」
俺が引きがそうとするとやつは自分からスルリと俺を離した。
「ふっ、まぁそうと決まればまずは英者だよな。たしか古代魔法の使い手だった英者の末裔が世界の各地にパラパラいるはずだから手当り次第あってみようと思う。もちろん簡単には教えてくれないだろうからそれなりに覚悟はしないとな。1度うんと言ったからには、最後まで付き合ってくれよ?」
イタズラな笑顔を俺に向ける彼はどこか強がっているようにも見えた。
「あぁ、安心しろよ。この俺が守ってやるから。」
俺は胸を片手で叩くと得意げにそう言った。
やつはそんな俺の頭を黙ってクシャクシャに撫でた。
「や、やめろよ。寝癖が余計にめちゃくちゃになるだろ。」
「ぷっ、男前だぜ。それはそれで。」
さっきより砕けた表情になった奴を見て俺は少し安心していた。
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