第25話 day after DAY
過去が嫌いだった。幸せだった頃を夢見てしまうから。
両親の不仲に、特別な理由があった訳じゃない。唯、共働きで一緒に過ごす時間が少なくなってきただけ。
『ぼくがしょうらいお金をたくさんかせいだら、仲良くくらしてくれますか?』
子供の時、二人にそう言った事がある。父さんも母さんも笑ってたけど、子供の無垢な願いを否定したくなかったんだろうな。
でも俺は、来る日も来る日も、大好きな両親の為にお金を稼ぐ事を考えていた。
成績はあまり良くなかったけど、二人共『照真が元気で生きていてくれるだけで良いよ』と言ってくれた。俺の学費のせいで、二人はもっと忙しくして、ますます一緒に過ごす時間が減っていた。
『入学式には必ず行くからな』
『照真の大事な青春を過ごす高校だもの。ちゃんと家族で見ておきたいの』
高校の入学式が近くなってきた頃、二人がそう言ってくれた。凄く嬉しくて、思わず泣いてしまった。
『逃げろ照真!!』
『早く!安全な所に逃げて!!』
『父さん!!!!!母さん!!!!!』
ああ、悪夢が始まってしまった。地震が起きたと思ったら、そこかしこからモンスターが湧き出した。父さんと母さんが、俺を近くの物陰に隠し、まるで囮になる様に俺から離れていくのを、俺は見ている事しか出来なかった。
そして、二人が消えた方向からやって来た、白い化物。
『あ……ああ…………ああ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッッ!!!!』
未来が嫌いだった。何も無い、空虚な絶望しか思い描けなかったから。
『戸張照真君、大丈夫ですか?』
『落ち着いて聞いてください。貴方は、ずっと眠っていたんです』
『今の西暦は20XX年。貴方は、一年もの間昏睡状態でした』
『あの災害……D災の生き残りは非常に少なく…貴方の様に、後遺症は残っても殆ど無事なケースは珍しく…』
病院での記憶は朧げだ。昏睡状態だったから、まだ意識がハッキリしていなかったのかもしれない。
唯一ボンヤリと理解したのは、『ああ。父さんと母さんは死んだのだな』と、先生が遠回しに教えてくれた事だけだった。
両親の遺産は、全部俺の入院費に使われていたらしい。足りない分は、父さんの親戚の人が払ってくれていたようだ。
D災の被災者は凄く多いらしい。俺以外も大勢入院していて、日常生活を送れる様になった人はすぐ退院する必要があるとか。訳もわからないまま退院する事になった俺は、先生に親戚の人の住所を聞いて、お礼も兼ねて挨拶に行った。
『お前の様な、入院費も碌に返すあてもない穀潰しに延々と金を収めてやったんだ。退院出来ただけでもありがたいと思え。二度と顔を見せてくるな』
唾を吐かれ、追い出された。お金なんて持って無いので、近くの公園で野宿する事にした。
『………』
寒い。お腹が空いた。喉が渇く。
住所不定、保護者もいない未成年を雇ってくれるお店は、田舎には無かった。皆が憐憫の目を向けてくるが、俺と親戚のやり取りが知れ渡っているのか、誰も何もしてこなかった。
先生から、未成年者の為の生活保護とか何とかっていう案内を貰っていたが、見る気にもなれなかった。そもそも、もう何もする気にならなかった。
来る日も来る日も、夢なら今すぐ覚めてくれと心から願った。
『………』
辛い。辛い。辛い。
夢も居場所も、いきなり全部無くなった。どうすれば良いか分からない。何がしたいかも分からない。
苦しくて。苦しくて。苦しくて。苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくてたすけて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて
『………………………………………死にたい』
何で俺、生きてるんだろう。
この力が嫌いだった。大切な人達を守れなかったから。
『戸張照真……年齢は16か。保護者は?』
『いない。D災で死んだ』
山櫛のDAG支部で、ダンジョンアタッカーの試験を受けたら、ギルドマスターと面談する事になった。
『D災……福平の?何故ダンジョンアタッカーに?』
訝しげな視線に苛立ちが募る。
『死にたいから。ダンジョンで死ねば、父さんと母さんと同じ死に方が出来ると思ったんで』
『……呆れた理由だな。ダンジョンアタッカーの資格は、自殺の免罪符じゃないんだぞ』
『知ってる。でもどうでも良い』
俺は早く死にたいんだ。もう許してくれ。今すぐ資格証をくれ。それだけで、俺は救われるんだ。
『……二つ。条件がある。どの道、後見人がいないとお前はダンジョンアタッカーの資格は取れないしな』
『………』
『よろしい。DAGは現在、人手不足だ。正直、お前の様な自殺志願者の手も借りたいぐらいにな。だから、最低限DAGへの貢献はしてもらう』
『分かった』
『二つ目。生きるのを諦めるな』
『……は?』
何を言ってるのだろう。俺の事を何も知らないくせに、簡単にそんな事を言わないでくれ。
『どうせ死ぬ気なら構わないだろう?それに、すぐ死んではDAGへの貢献も出来んしな』
『じゃあ何で、そんな事を言うんだよ…!』
俺の大切な人はもういない。俺の人生にはもう、何も残されていないのに。
来る日も来る日も、あの日死ねなかった自分を呪うくらいなら、もう来ない明日に向かって死にたいんだ。
『お前がまだ生きているからだ。これから先、お前を必要としてくれる人が必ず現れる。お前はそれを死ぬ気で探せ』
ふざけるな。勝手な事を言わないでくれ。
『……何だよそれ。いつ来るか分からない奴なんかの為に生きろってのか』
『そうだ。死ぬまでの暇つぶしに、それくらいは良いだろう?それに、自分のご両親がダンジョンに負けたままで良いのか?』
……………。
『嫌だ』
『ならば、まずはご両親の為に生きてみろ。少なくとも、彼等は君に死んで欲しいと願う様な人物ではないだろうからな』
確かに、それはそうだ。だからあの時、父さんと母さんも……。
『お前が家族の事を大切に思っているのは、少ないやり取りでも伝わった。なら、ご両親がお前に刻んだ生き様を、今度はお前が誰かに刻め』
『生き様……?』
『そうだ。どんな形でも構わん。お前が死のうと、誰かの胸に宿る誇り。お前が必死に生きた証だ』
『……はは、誰かにそれを刻むまで死ぬなってか。死ぬ為に生きろってかよ』
『そうだ』
生き様……それがあれば、父さんと母さんにも胸を張れるかな。
『分かった』
『契約成立だ。オレが、書類上だけ後見人となろう。お前が二つの条件を守る限り、お前がやろうとする事に口出しは一切しない。どこでどう死のうともな』
そうして俺は、ダンジョンアタッカーになった。それで、適当な誰かに俺の『死に様』を見せる為に……。
「ーーーーーーッッ!!?」
意識が浮上する。頭がガンガン痛いし、全身がシェイクされた様にギシギシと悲鳴をあげている。
手を動かすと、固い石の感触。これは……
「気を…失って……?」
さっきまで俺は……
「……ーー!!?」
背面に凄まじい衝撃。何かに押し潰された様な感覚と共に、肺から空気が零れる。
背中を守る様にひっくり返ると、満点と星空と、豚顔の巨人。
「…ゴホッ……!そうだったな……」
オークキングに殴られて、意識が飛んでいたようだ。
何秒寝てた?1秒…?いやもっと長い……?
“もういい……”
“もうやめてくれえ……”
“惨すぎるやろ…”
“ふざけんな。スイッチがこんな形で死ぬなんて…”
まだ生きてるのかぁ……何でこんな力なんて持ってるんだろう。
溜息を吐きながら、ストンピングを両腕でガードする。
“スイッチ生きてる!?”
“無事か!?”
“良し!生きてるぞ!!”
“生きてるなら動いてくれスイッチ!!”
「スゥ……っラァ!!」
渾身の力を両足に込め、ストンピングの嵐にぶつける。反撃されるとは思っていなかったのか、オークキングは面白い様に地面に転がった。
「ハッ…!はっ……!」
すぐさま身体を起こし、息を整える。
身体が痛みで重く感じる。オークキングは俺の復帰に驚いたのか、迂闊に攻めてこようとしない。でも、今は好都合だ。
あれ、でも俺配信してなかったっけ……?
“復活!!スイッチ復活!!”
“良かったああああああああスイッチいいいいいいい”
“お前があれくらいで死ぬなんて思ってなかったぞ馬鹿野郎!”
“心配かけさせんじゃねえよ”
“油断せずいこう”
配信してた事を忘れて、慌てて画面を見る。すると、俺を心配してくれている人が多くて……思わず、思考が止まる。
“頑張れスイッチ!!”
“まだ勝ちの途中や!!”
“諦めんな!動き続けろ!”
“いけええええええええええ”
“良し!攻撃跳ね返した!通じるぞ!”
俺を励ましてくれる人、心配してくれる人、信じてくれている人……。
気付けば、色んな人達が俺の動画を観てくれていたらしい。こんな馬鹿で、弱くて、死にたがりで、どうしようもない俺を。
『今の俺』を肯定してくれる人が、俺を応援してくれていた。
『これから先、お前を必要としてくれる人が必ず現れる』
「…はは………」
視界が滲む。何でだろう、別に悲しくなんてないのに。
“スイッチ、大丈夫か!?”
“どうした!?”
“スイッチ、スレ民は信じてるぞ”
“お前を最初から知ってる民としては、そいつに負けて欲しくねえ”
“頼むから幸せになってくれスイッチ”
『ご両親がお前に刻んだ生き様を、今度はお前が誰かに刻め』
生き様が何なのかまだ分からないけど……この人達に、不甲斐ない姿だけは見せたくないな。
『お前が死のうと、誰かの胸に宿る誇り。お前が必死に生きた証だ』
……ああ、そうか。
「俺は、生きたいと感じてるのか」
“スイッチ……”
“やばい、泣いてもうた”
“まだ泣くな!”
“そうだ!まだ終わってない!!”
“winner:生きてね”
オークキングの拳が目の前に迫ってくる。
俺は……
「オラアッッ!!」
全身全霊で、殴り返した。
“えっ”
“はっ!?”
“よっっし!!”
“うおおおおおおおおお!!”
“反撃の狼煙だあああああああああ”
“みさらせスイッチの本気を!”
「スゥー……ハー……!」
来る日も来る日も
「スレ民の皆さん、すいません。随分寝てたみたいです」
何度も何度も
「皆さんのお陰で、やっと目が覚めました。ありがとうございます」
「俺は『今』から、人生を始める」
そして、『今日から先』に行く。
「行くぞ、オークキング」
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