第23話 魔猪の塔屋上

階段を登り切ると、見晴らしの良い屋上に辿り着いた。最奥にある巨大な篝火が、灯台の役割を果たすように揺らめいている。


『奴』は、俺を待ち構えているかの様に佇んでいた。目に見える程の強烈な存在感、威圧感が俺を押し潰そうとするかのようだ。


「……よお。やっと会えたな」


魔猪の塔には、不可思議な噂があった。

二つ星とDAGが公認しているのに、何故か偶にこのダンジョンで行方不明者が出る。

行方知れずとなった者は皆、腕の立つダンジョンアタッカーだった。

捜索隊を募集して行っても、スタンピードやイレギュラーなども全く無い。


そして『ソロで行く』事が前提だと推察された後、当時最も勢いのあるダンジョンアタッカーにこのダンジョンのソロアタックを依頼。そして発見したのが目の前にいる……


“winner:オークキング。今までの敵とは一線を画すレベルの強さを持つ。少なくとも五つ星クラスの実力を持つ者でなければまともに戦う事すら出来ない”

“伽藍堂叶の討伐記録が最初で最後だっけか”

“やべえ。画面越しなのに威圧感が……”

“吐きそうになってきた”

“うわ、同接1万越えとるやん”

“何だこれ……怖過ぎる”

“無理無理無理無理”


奴……オークキングの体格は、オークジェネラルよりも更に一回りデカい。地面に打ち付けている巨大な棍棒には、剣や斧など、様々な武器が突き刺さっている。恐らく、奴の犠牲となったダンジョンアタッカーの物だろう。

身に付けている物はその棍棒と腰蓑のみ。しかしその肉体は、さっき戦ってきたオーク達の様に肥えていない。身体中の筋肉は、全てを極限まで削ぎ落としたかの様に隆起し、一つ一つの血管が意思を持つかのように脈動している。


防御の事など微塵も考えず、自らの肉体の強さを武器とする。その威風堂々たる姿は正に『王』と呼ぶべき貫禄と威圧感を兼ね備えていた。そして、ボディビルダーの理想型とも言える筋骨隆々のその姿はまさに……



魔猪マッチョの王……」


“草”

“お前さあ……w”

“よくこんな状況でジョーク言えるな”

“君大物になるよ”

“恐怖と笑いで変な声出たわw”

“どっちもヤベエ”

“緊張感無くすなぁ…w”


俺の言葉に反応したかの様に、オークキングが動き出す。棍棒に刺さっていた剣を一本引き抜き、俺に投げてくる。

殺気を感じず油断していたので、思わず身構える。しかし、投げられた剣は俺に届くことはなく、まるで渡してくるかのように俺の前に落ちた。


「………は?」



“ん?”

“お?”

“あん”

“何だ?”

“剣を渡した?”


……これは。


「戦士への情けって事か?」


オークキングは動かない。俺がその剣を取るのを待っているみたいだ。


「……舐めんなよ」


剣を取り、地面に突き刺す。質の良い剣なのか、容易く地面に刺さった剣を、更に足で地面に完全に埋める。


“ファーーーwww”

“刺したまま埋めやがったww”

“剣ってあんな簡単に埋まるんだぁ…w”


「施しは受けねえよ」


俺の言葉を理解しているのか、オークキングが再び動く。

途端、殺気が爆発的な勢いで溢れ出す。空気がヒリつき、肌を痛いほどに刺してくる。


「……はは」


目を離せば死ぬ、それくらいの殺気を纏うオークキングに、思わず笑ってしまう。

また、俺は別の意味でも目が離せなかった。


「コアが5個……?ふざけてんのか」


“は?”

“は?”

“コアの数が5個…?”

“初見。コイツコアモンスターの持ってるコアの数分かるのか?!”

“コアの位置まで分かるぞ”

“何その魔眼。羨ましい”

“それよりもオークキングだよ。俺もダンジョンアタッカーだが、コイツは観てるだけでも今までのモンスターとは別格って分かるぞ”

“これマジでやばいんじゃ……”


オークキングが攻撃モーションを取るより早く、心の中で『纏魔気鱗』と呟く。

すると、まるで昔から出来ていた様に無意識にマナと気が融合し身体を巡る。スキルとして昇華された事で、マナがスキルの発動を補助してくれているのかもしれない。

そんな事を考えながら、一息で奴の懐に入る。


「はっ!!」


油断も遊びも一切なしの、全力のストレート。それに合わせてくる様に、奴も左の拳で応戦してきた。

肉体から出たと思えない轟音と共に、衝撃波が広がる。互いの拳が弾かれ、大きくバランスを崩す。


「かった……!?」


オークジェネラルの鎧よりも硬い感触に、顔を顰める。俺が体勢を整えようとするよりも先に、横から棍棒が振り抜かれる。


「ぐっ…!」


体勢を整えるのを諦め、地面に転がって棍棒を回避。後ろに転がって再びオークキングを見ると、既に俺の眼前まで来て脚を振り上げていた。


「やば……!」


最初に感じたのは、全身の骨が軋む感覚。次いで空気が吹き飛ぶ様な轟音を耳が捉える。

蹴られた、と分かったのは、自分の身体がボールの様に地面を数度バウンドしてからだった。


“うわああああああああああああ”

“スイッチいいいいいいいいいい”

“何だよ今の!?何が起きた!?”

“winner:一歩でスイッチ君に近付き蹴り飛ばしたね。予想外だったようで、ガードも出来ていなかった”

“嘘だろ!?”

“スイッチが反応出来ないなんて……”

“あんなのマトモに受けたら木っ端微塵だよ”


身体を捻り、足から着地。全身を巡る衝撃を流す様に地面を滑る。


「ってぇ……!!」


“生きてるーーー!?”

“馬鹿野郎お前!スイッチは勝つぞこの野郎!”

“ノーガードで喰らって無事とかイカれてるわ”

“普通なら即死やぞw”

“いや、でもこれ…”

“楽観視出来ないぞ。スイッチが力で負けたし”


腹の中で爆弾が爆発したんじゃないかと思った。たった一撃で、全身が悲鳴をあげている。


「ふ、ははは……」


今度こそ、死ぬかも。

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