第14話 伽藍堂叶の困惑

『あ、これはですねー。DAGにあるPR用の機材を後見人の人がレンタルしてくれました』


「ほう、顔は中々悪くないな。顔色が悪いのが気になるが……」


顔色や「後見人」という言葉から、この者があまり良い生い立ちをしていないのが想像出来る。しかし、本人は気にした様子も無く、コメントに嬉しそうに答えている。


「今のうちにツバを付けておくのもアリか……」


彼の配信を見る片手間に、自身のアカウントを作る。

名前は適当に「winner(勝者)」として、彼にコメントを送る。


“winner:初見。新人ダンジョンアタッカーかな?どこに行く予定なの?”


『あ、初めまして。スイッチです』


雑でもおべっかでもない、普通の挨拶。

自身過剰な雰囲気は感じず、どこか久しぶりに会った親戚のお兄さんの様な(※いない)柔らかさがあった。


『魔猪の塔に特攻しようと思ってまーす』


「は?」


それも、彼が行こうとするダンジョンの名を聞いて吹き飛んだが。


「いや。いやいやいや」


あり得ない。自殺行為だ。色んな言葉が頭で飛び交うが、彼の行動の意味が理解できず、暫く呆けてしまう。

確かに、魔猪の塔は二つ星ダンジョン。出てくるモンスターもそこまで凶悪ではなく、慣れたダンジョンアタッカーなら簡単に攻略出来るだろう。だからこそ、『危険度』を表すパロメーターでは二つ星と判断されている。


だが、それはだ。ソロでこのダンジョンに挑む猛者は、この日本でも一握りしか存在しないと言っても過言ではない。それこそ、DAGのダンジョンリストに警告文として【必須:パーティ挑戦】と出てくるぐらいに、このダンジョンはソロで挑む者を確実にブチ殺そうとしてくるのだ。


「私が見誤ったか……?」


顔や雰囲気に出ていないだけで、もしや本当に自信過剰な大馬鹿者なのでは……。人の汚い部分を多く見てきた自分の審美眼を疑ってしまう。そして、彼に今すぐ止める様にコメントを送った。


『いやいや。これにはね、深いふか〜〜い理由があるんですよ』


自分の行いを理解していないのか、相変わらず能天気な雰囲気にイラっとする。

しかも理由を聞いてみれば、金欠で他のダンジョンに行けないなどという、明らかにふざけきっている様な理由だった。


「嘘でしょ……?」


しかし、画面を穴が空く程見ても、目の前の彼…スイッチが嘘を吐いている様には全く見えない。

この男が身を置いている環境があまりにも理解出来ず、思わずコメントに貼られたリンクへ飛ぶ。


『ああ、今は死ぬ気は無いですよ。そういう条件なので』


「dちゃんねる……」


『【DAG】ワイ将、ダンジョンアタッカーの資格獲得するwww【特攻野郎】 』というふざけたタイトルのスレッドを1から見て、彼女は初めて彼が置かれた環境を知った。


「そうか、D災の生き残り……」


目を閉じ、忌まわしい記憶を掘り起こす。

去年の春に発生した同時多発スタンピード事件。彼女も国からの救援要請を受け福平県まで飛んで行った。

現場は……まさに地獄絵図だった。四肢が千切れている、右か左半身が無い。それすらまだ優しい死に方で、モンスターに食われ生きながら消化されていく者、原形すら残らずぐちゃぐちゃにすり潰された者、骨だけ抜き取られそれでも生きている者……生者の絶叫と死者の欠片、そして地平の彼方まで続いているのかと思う程のモンスター達。

3日間続いたスタンピードは、日本中のトップダンジョンアタッカーが集結し、正に死力を尽くした結果終了した。しかし、地元住民の死傷者数7割、残りの住民も後遺症が残ったり、今も病院のベッドから起きられない者が殆どだ。

かくいう叶も、心までは無傷といかず、1ヶ月程D災の悪夢にうなされ続け、常に気を張っていないと落ち着かない生活を続けていたくらいだ。


「ならば何故ダンジョンアタッカーに……当事者ならばいい尚更トラウマになってモンスターを見るだけで再起不能になってもおかしくないだろう?」


そして、意気揚々とダンジョンに進んでいくスイッチを観察し、いち早く気付いたコメントを見て己もようやく気付く。


「違う……もう心が壊れているのか。だとすると、魔猪の塔に来たのはまさか………死ぬ為?」


だとしたら、ソロで魔猪の塔を選んだのも納得出来る。『奴』ならば、例え腕に覚えのあるダンジョンアタッカーといえども、真っ向から叩き潰されるだろう。

そこまで考え、先程スイッチが言った言葉を思い出す。


『ああ、今は死ぬ気はないですよ。そういう条件なので』


「……DAGの後見人との条件………『ダンジョンで自殺してはならない』とかか?いや、それなら幾らでも抜け道がある……私なら、『全力で生きる為に戦って死んだなら文句は無い』というだろう。そしてそれで死ぬ事が出来るならば……魔猪の塔に行くだろうな」


叶は瞳に憐憫を浮かべ、ダンジョンの説明をしているスイッチを見る。

哀れには思えど、特に何かしようとは思わない。彼が死ぬと決めたのであれば好きにすれば良い、自分には関係無いのだから。そして『奴』に会って殺されるなら、それこそ彼の本望ではないか。


「……ならば、少しばかりは先達として助言くらいはしてやるか」


そう思い立ち、イジェクションボアの情報をコメントで送る。


『あ、情報ありがとうございます。もしかして、先輩ダンジョンアタッカーの方ですか?』


「先輩……」


『先輩ダンジョンアタッカーの方ですか?』


『先輩ですか?』


『先輩?』


『先輩』





今まで生きてきて、人の醜い部分を多く見てきた。

ガーランドウェポンズ。彼女の祖父と父親が作り上げたダンジョン用の装備を一手に担う一大企業。ダンジョンが突如出現したばかりの黎明期において、彼等が発明した武器や防具は多くの人命を救い、また国の発展にも寄与してきた。

その献身が認められる頃に、彼女と兄は生まれた。元ダンジョンアタッカーの父と一般人の間に生まれた彼女達は、その才を十二分に受け継いでいた。

兄は史上最年少で五つ星ダンジョンアタッカーとなり、多くの人命救助、そしてダンジョンに関する資料を広く世界に認知させ最上位ランクである金星ダンジョンアタッカーとなった。

叶自身も、兄に次いで最速で五つ星を獲得し、更に新たな武具の開発を手掛け、その人自身に合った武具をオーダーメイド出来る部門を父の会社に設立。間接的に多くの人命を助ける結果となった事が評価され、(特にいらない)銀星を貰うまでに至った。


彼女は地位も、金も、才能も、生まれながらに全てを持っていたのだ。そして、それらが集う場所には、必ず甘い蜜を吸おうと迫る虫がいる。

自他共に認める容姿端麗・眉目秀麗な兄妹、ガーランドウェポンズの社長が誇る至宝。そんな彼女達の下には、多くの人間が集まってきた。

父の会社の下請け企業の社長。親戚を名乗る知らない人。息子を紹介してくる政治家。子供だから、女だからとあからさまに下卑た視線を浮かべてくる大人まで。


伽藍堂叶が人間関係に対して、擦れた思考を持つのは至極当然の事だった。兄は人間関係との軋轢を知っている為、過保護気味のシスコンになってしまうし、彼と離れる為に一人暮らしを認めてくれ、その上で国からの要請以外に叶に何も要求しない両親には感謝しかない。


詰まる所、彼女は疲れていたのだ。その果てに、己の伽藍堂な心を占める何かを、彼女は求めていた。


『先輩、あの黒いヤツについてスレ民に説明をお願いします』


そんな中、画面の向こうから聞こえてくる、裏表の無い純粋な好意で呼んでくれる『先輩』呼び。

枯れた池に水が湧く様に、温かい何かが胸に灯る。彼が『先輩』である自分を求めてくれる、『伽藍堂叶』ではなく唯の『先輩』を……唯それだけの事ではあるが、彼女の心は一気に満たされてしまったのだ。


「先輩……私が、先輩……ふふふ……」


勿論、中学や高校でも後輩はいた。しかし、彼等が呼ぶその声にはいつも「伽藍堂叶」としてのノイズが入った嫉妬、媚び、不満が多く渦巻いていた。故に、彼の様に親しみを込められて呼ばれる事など無かったのだ。


「そうかそうか。視聴者への配慮も忘れない、殊勝な心掛けだな、うん。どんどん頼ってくれて構わないよ」






決して、『傷心中に優しくされただけでコロッと落ちてしまうチョロイン』などと言ってはいけない。

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