砂鰐鮫様 ──スナワニサマ──

柿月籠野(カキヅキコモノ)

初めての一人旅(プロローグ)

  プロローグ



 来た。

 来たぞ。

 ついに両親の監視のもとから離れて、一人旅に。

 京香きょうかが一人旅の行き先に選んだのは、鳥取県であった。

 理由は、日本で最も人口が少ないから。

 それと、両親が頷いてくれたから。

 幼少期から都会で育ち、今も実家からコンクリートジャングルの中にある会社に通勤する京香は、人が少ないという状況に憧れた。しかし――。

 人、全然、少なくないじゃん。

 夏休みシーズンだからか、鳥取砂丘へと向かう大型バスはほぼ満席だ。今朝一番のバスなのに、京香の隣、通路側の座席にも、一人旅らしい男が座っている。

 知らない人たちが周りにつかってこそこそと話しているうるさい声を聞きながら、京香は一人で、重いエンジンの振動に揺られる。

「昨日さあ、友達から電話あってさあ」

「たいちゃん、危ないから座って」

「まじかよ? やべえなそれ」

「あ、もしもしおばさん? はい、大丈夫ですから、今は……」

 ああ、ほんとにうるさい。イヤホンしよ。

 京香が膝に抱えた桃色のバックパックに手を突っ込んだ、その時――。

《次は、砂丘会館。砂丘会館です》

 機械を通した女性の声のアナウンスがかかる。

 目的地が同じ乗客は山ほどいるだろうが、京香が真っ先に降車ボタンを押す。

《次、止まります》

 女性の声が停車を予告する。

 京香は隣の男にぶつからないよう気を付けながらも、さっさとバックパックを背負せおい、バスが速度を落とし始めた途端とたんに立ち上がる。

 立ったまま、大型バス特有のゆったりとした振動に身体からだを動かされていると、ひときわ大きな、しかし穏やかな揺れがあって、窓の外の景色が止まったのを視界の端に感じる。

 京香はバスに乗っている間、ずっと下を向き、景色を見ないようにしていた。

 だって、ガラスしより、なまで見た方が綺麗きれいに決まっているから。

 京香はもたもたしている隣の男の膝をまたぎ、樹脂製の床を見ながら、サンダルを鳴らしてバスを駆け下りる。

 ……あー。

 天気と、長く伸びる道路の先にうごめく海はまだいいが、観光客向けの近代的な建物たちと、地図上では『鳥取砂丘』となっている方角にある、今にも崩れそうな砂の土手にぽつぽつと木が生えている物体は、想像していた鳥取砂丘の姿とは違う。

 だが、これからだ。

 何かの施設の駐車場を駆け抜け、砂の土手に設けられた木製の階段をのぼる。――海の匂いがしてきた。

 京香は、その階段の蹴込けこいたに書かれた『砂への落書き禁止』の文字を見てはいたが、読んではいなかった。

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