第3話 くすぐったい罰なこって

「やっちまったああああああ!」


 俺の無慈悲な叫びは虚しく響くだけだった。


 そんなことをしても馬車は止まることを知らずに、ドナドナと俺を見知らぬ土地へ容赦なく運んで行く。


「あかん! やりすぎた! 詰んだ! 人生詰んだ!」


「まぁまぁご主人様。落ち着いてください」


「これが落ち着いていられるか! 追放だぞ。侯爵家を追放なんだぞ! ああ……俺の子供部屋おじさんイン異世界の野望が……」


 くそぉ。まさか実力を隠すことで追放までされるとは思ってもみなかった。

 実の息子だろ!? そこまですんのかよ異世界めっ!!

 しかし、実力を発揮すると跡取り問題に発展したり、騎士団に入団させられたり、色々面倒だからな。

 

 あー、丁度良いくらいの力が出せれば良かったんだけどな。

 俺、力配分って苦手なんだよ。

 やるならとことんやる。やらないならとことんやらない。100か0。白か黒って性格だかんなぁ。ここはかなりの欠点だよなぁ。


「どうすんだよぉ。これからの生活どうすんだよぉ」


「生活に関しては、当主様からのお慈悲があったではありませんか」


「お慈悲って……。あれをお慈悲と言うのかね」


 父上から言われたことを思い出す。


『お前みたいな者を到底由緒正しきステラシオン騎士学園に入学させるわけにはいかない。お前はアルバート魔法学園にて魔法を学んで来い』


 アルバート魔法学園とは、アルバート魔法王国にある全寮制の魔法学園だ。


『魔法を学んで来い』なんて一見、一からやり直せって言い方に聞こえるが、もうね、全然違うんだよ。


 騎士の家系の者が魔法学園に通うのは厄介払いや島流しみたいなもの。


 なんたって騎士の生まれは魔法の扱いがなっちゃいけないからな。俺もそうなんだよ。魔法なんか勉強したことないから訳わっかんね。


 そんな奴を、超エリート魔法使いを排出しているアルバート魔法学園に入学させようとしているのは、完全に俺を見捨てたってこったな。


 せめて、全寮制の学園への手続きはしてやるという父上の最後の情けが見えるけどさ。入学できまいが、実力不足で退学になろうが、ヘイヴン家は知ったこっちゃないってオチだ。俺がどうなろうがどうでも良いって感じだろう。


 あははー。完全なる侯爵家からの追放だよ、ぼくちん。


「くそぉ。俺のなけなしの小遣いじゃ数日の宿代しかねぇぞ。寝床も危ういな」


「全寮制の学園ですし、入学できれば宿代は必要ありませんよ。ですので答えはシンプルです。入学試験に合格すれば問題なし」


「いやいや。ヴィエルジュさんやい。魔法学園って言ってるからには、入学試験は魔法に関する試験だろ」


「アルバート魔法学園は超エリート魔法学園ですものね。入試も厳しそうですよねー」


「俺は騎士の家系。魔法なんか使えるか」


「……」


 ぽむぽむぽむと、俺との思い出を脳内で懸命に漁っているヴィエルジュ。


 ちーんと答えが出たみたい。


「ご主人様なら大丈夫っ」


「グッジョブっ! 舌ペロッ♪ じゃねーんだよ! なかったでしょ!? 俺との思い出に俺が魔法を使ってる思い出なかったでしょ!? どうなんの!? 入学できんかったらどうなんの!?」


「路頭に迷いますね」


 あっさり言いやがりますね、このメイド様。


「大丈夫ですって。レーヴェ様からお守りももらったことですし、頑張らなければ」


「お守りねぇ」


 ヘイヴン家を出て行く時に、レーヴェからもらったネックレスに手を置く。


『もう。自堕落な生活してるからお父様も怒るんだよ。これを可愛い妹と思って大事にすること。わかった?』


 なんて大人びたこと言いながらくれたネックレスだ。


「合格祈願でくれたネックレスとは思えないけどな」


「それでもなんでも、大事な妹君様から頂いたもの。やはり良い物ですね。兄妹、姉妹というものは……」


 彼女が寂しい声を出すものだから、心配になる。


「俺と一緒に来て良かったのか?」


 こちらの質問は、俺が何を言いたいのか伝わったみたい。


「もちろんです」


 即答した後に続けて語ってくれる。


「私はご主人様と共に歩むと決めております。ご主人様がヘイヴン家を追放であれば私も追放と同じですし、ご主人様がアルバートに行くのであれば私もアルバートへ向かう。私の事情など、どうでも良いのです。何処へ行こうが、何をされようが、ご主人様の目指す場所がヴィエルジュの居場所なのです」


 忠義の意を示してくれる。


 専属メイドとしてこれほどまで満点な回答はないだろうが……。


「無理はしてない?」


「……」


 少しの間が気になっていると、彼女はサササッと俺の前に来る。


「ご主人様が意地悪な質問をしてくるので罰です」


 えいっと可愛らしく言ってのけると、そのまま俺を座椅子代わりに体を預けてくる。


 ふわりとヴィエルジュの甘い香りがこちらの鼻筋を通った。


「ご主人様はしばらくヴィエルジュと密着しなければなりません」


 なんともくすぐったい罰なこって。


「罰を受けるのなら、せめて俺の質問には答えて欲しいもんだ」


 つい本音で、「ヴィエルジュが心配なんだ」と囁いてしまうと、一気にヴィエルジュの体が熱くなるのが感じた。


「うう……。そういうところが好きなんですよ、ご主人様」


 もう。なんて少し嬉しそうに拗ねると、彼女は観念したように教えてくれる。


「正直に申しますと、アルバートには行きたくありません。ストレスです」


「やっぱり。行くのやめとく?」


「しかし、先程の言葉もまた真実。私の人生はご主人様と共にありますので」


 ですが、なんてなにか悪戯を思いついたかのような彼女はくすくすと笑いながら言って来る。


「アルバートにいると情緒不安定になりますので。こうやってご主人様と定期的に密着しないとだめかもしれません」


 とんでもないことを言って来るメイド様なことで。


 でも、それでヴィエルジュの気持ちが落ち着くのであれば、彼女の事情を知っている身からすると断ることはできないな。


「しょうがないな。ヴィエルジュがそうしたいならそうしなさい」


「えへへ。やった♪」


 同い年の専属メイドは、普段年上に見えるけど、時折見せる無邪気な姿はレーヴェよりも幼く感じて愛でたくなる。


 ついつい、彼女の頭を撫でちまう。


 プラチナの髪は手入れがしっかりしているみたいで、サラサラできめ細かく、触り心地が良かった。


「お気遣い痛み入ります。ご主人様」

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