第2話 追放されちゃった☆

 リオン・ヘイヴンには夢がある。


 一生、このヘイヴン侯爵家のスネをかじって生きることだ。


 ふっ。笑いたければ笑え。俺も一緒に笑う。


 冷ややかな目を送るならどうぞ。丁度暑かったところだ。


 それくらい心が腐ったのも、前世の記憶があるからだろうね。


 あー、思い出しちゃった。確かあれは退職願を出した時だっけ──。






 部長と応接室で退職について話していると、急に部長が電話をし始めたんだよな。

 気が付けば、俺の目の前には4人の男。向かって左から、部長、課長、先輩A、先輩B。


『きみは私達を裏切るんだね』


 部長が羽毛布団を高値で売ろうしている悪徳業者みたいな声だったのは今でも覚えている。


『いや……裏切るとかでは……』


『なぁ……』


 課長がどこぞの仁義な人かのように偉そうな座り方でにらみつけてくる。


『今なら、吐いたつば飲みこんだら丸く収まるんやから、やめへんって言えや』


 本当に、どこのやーさんなの? めっちゃ怖いんやけど。


 やーさん課長の次に、先輩Aが不満気に言ってくる。


『勝手にやめるとか無責任やろ。転職はみんなでするもんちゃうん』


 どこの転職サイトのキャッチコピーです?


 転職はみんなでするもの!


 頭バグってんか! 聞いたことないぞ!


『……』


 なんも言わんのかい! 先輩Bの迷言なしかいっ! お前はなにしに来てん。ただ社歴が1年先輩なだけの年下やろ。


『こんだけ思われてるのにやめるって言うん?』


『すみませんが、やめ──』


『なんやねん。10年頑張ってきたやんけ。同じ釜の飯を食うたやないけれど──』


 あかん。圧迫面接よろしく、この、4対1の話し合いパワハラに俺のターンがやってこない。こんなんどうしろっていうねん。ぼけ。


 っていうわけで無事に退職の話はなくなり、俺は心が腐って前世の記憶を引き継いで転生しましたとさ。めでたし、めでたしっと。


 世の中にはもっと苦しんでいる人もいると思うけど、これは腐るでしょ?







 そういうわけで、運良く転生先では侯爵家の三男とか、なぁんにも責任無さそうな立ち位置に生まれたことを神に感謝しながら、絶対にスネかじって楽に生きて行こうと決めたわけさ。


 しかし、嫌な予感がする。


 今まで、ライオ兄さんに呼ばれた時は剣の実技という名の八つ当たりでボコボコにされていた。


 だが、今回は父上も一緒。父上に期待されていない俺が呼ばれることは稀だ。


「今度入学するステラシオン騎士学園のことではないでしょうか?」


 屋敷の廊下から中庭に向かっている途中、ヴィエルジュがそれらしいことを言ってくれる。


「ああ。学園の話か」


 合点が行った。


 由緒正しき騎士の家系であるヘイヴン侯爵家では15歳の年に、数々の英雄や王国騎士団長を輩出しているステラシオン騎士学園へ入学するのがならわしとなっている。


 俺も期待はされていないが、腐ってもヘイヴン侯爵家三男ってことには変わりない。入学は必須だ。


 いや、まじでだるいよな。スネかじり的には行きたくないと言いたいが、そんなことを言えば父上の怒りが爆発しちまうもんだから行くしかない。


 まぁ授業は選択制で昼から授業も全然あり。設備も整っているため、仮眠室も充実してる。毎日の馬車登下校で数分程度。


 スネかじり的にはほぼアウトだけど妥協しないとね。


 間違っても優秀な成績なんて取っちまうと、色々なイベントが盛りだくさんになるから絶対に優秀になっちゃだめだ。

 給料据え置きで業務が増えるのと一緒だからね。

 日陰でコソコソ単位取って卒業すりゃ父上もなにも言ってこんだろ。

 後はスネかじりボンバー発動で、まったりお屋敷生活。

 子供部屋おじさんイン異世界の完成よ。


 なんたる完璧な計画。




 ♢




「お待たせしました。父上。ライオ兄さん」


 ヴィエルジュと共に中庭に出ると、まず視線が行っちまうのが金髪をオールバックにした俺の父上、レオン・ヘイヴン。


 視線が行く理由に身体の大きさもあるが、それよりもオーラが桁違いだ。


 この人のオーラは別格。


 幾千もの修羅場を潜り抜けてきた騎士の中の騎士。流石はステラシオン騎士団団長ってだけあり、オーラだけで何人か気絶できるんじゃないかと錯覚しちまう。身内ながらに恐ろしい人だ。


「おせーぞ! リオン!」


 隣に剣を持って立っていた身体の大きな次男坊、ライオ・ヘイヴン。金髪の短髪で切れ長の目の整った顔立ち。

 身体の大きさは父上と同じくらいだってのに、やはり経験値不足か、オーラが違うね。この人も同年代の中じゃ最強なんだろうけど、王国騎士団長と並ぶと月とスッポンだわ。


「申し訳ございません。それで、今日はどのようなご用件で?」


 まぁたいつもの八つ当たりだろうとか思っていると、質問には父上が答えくれる。


「リオン。今からお前にはテストをしてもらう」


 そう言ってからこちらへ剣を投げ渡してくる。


 いきなり投げ渡してくるもんだから、あわあわとお手玉しちまったじゃねぇか。そんな俺の姿を見て父上は呆れていた。ライオ兄さんは嫌味な笑みを浮かべていたな。


「テ、テストですか?」


 なんとなーく流れは読めるけど、一応質問しておく。


 しかし、父上からの返答はなく、代わりに答えたのはライオ兄さんだった。


「おめぇがステラシオン騎士学園に入るに相応しいかのテストだよ!」


 答えと共に放たれるライオ兄さんの剣撃。


 遅い剣撃だ。スローモーションのように見える。


 それと言うのも、転生特典なのかなんなのか。俺の右目は相手の魔力を感知することができる。


 この世界の人間には強かれ弱かれ魔力が流れている。前世で言うところの気ってやつかな。


 騎士は魔法が苦手だのなんだのと言うが、この世界の人間は微弱ながら魔力を放出して攻撃を繰り出している。


 魔力を感知することで相手の次の行動が予想できるため、簡単に回避することが可能だ。


 だが、ライオ兄さんの遅い剣撃を回避したことはない。正しくは回避したくない。


 ここで回避して攻撃を繰り出すと期待を持たれてしまう。


 期待を持たれるとどうなるか。


①父上の跡取りとして継承争いに巻き込まれる。


②騎士団に入団させられる。


③前線で戦わされる。


 スネかじりが夢なのにこれ以上ない苦痛だわ、そんなん。


 んなわけで、俺は前世の記憶と実力を隠して上手いこと適当にライオ兄さんにボコられるフリを今までしていた。


 俺の実力を知っているのは、専属メイドのヴィエルジュだけ。


 なんとなく気が付いているのは長男のリーフ兄さんだけ、かな。多分。


 とりあえず、ここは今日も適当にやられたフリしてやり過ごすか。


 試験だなんだっていっても、俺がステラシオン騎士学園に入るのは必須。適当にやり過ごしますか。


「うわああ!」


 自分、演技は苦手なんです、はい。


 ライオ兄さんの剣撃を剣で受けた瞬間、地面を蹴って吹き飛ばされたフリをする。


 ゴロゴロと転んでヴィエルジュの方へ転がると、「相変わらず演技が下手ですね。そんなところも可愛くて好きですが」と小さな声で言われちゃった。


 複雑な感情を抱きつつも、いつも通りに立ち上がり、痛ぶられる三男を演じてみせる。


 刮目せよ! この手が痺れた演技を!


 よしよし、父上が憐れみの目で見て、落胆している。


 それこそが我が子供部屋おじさんイン異世界の第一歩ですぞよ!


「おらあ! 次いい!」


 ライオ兄さんの追撃が来るので、適当に受け流そうとしたところ、「そこまでっ!」と父上の声が中庭に響いた。


 ライオ兄さんはやんちゃな性格であまり言うことを聞くタイプではないが、父上の言うことだけは聞く。


 獣でも上下関係ははっきりわかるってこったな。


 スタスタとゆっくりと俺のところにやって来る父上は、いつもみたいな呆れた顔をしているかと思ったら違った。


 ゴミを見る目をしていた。


「お前みたいな無能はヘイヴン家にいらん。出て行け」

「……へ」


 あ、やっべ。実力隠し過ぎた結果、無能扱い受けて侯爵家追放されちった。

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