第47話 ネオ vs イオナ
熱気が立ち込める会場を沸騰させるほどの大歓声がリング場へと降り注ぐ。その最中、司会者席から魔道具を用いたアナウンスと共に放送が流れると、それに従い二人の選手もリングの上へと出でてきた。
「さあ、お待たせいたしました! これより、注目の準決勝! アリスティア王女推薦期待のルーキー! これまで一度たりとも剣を振るう姿を見せない彼が、今度こそ剣を振るう姿を拝めるか!? ネオ・ヨワイネ! 対するは! 名だたる魔法剣術士の名家出身のご令嬢! 弟の無念を晴らし、見事に決勝戦への切符を勝ち取れるか!? イオナ・エンペルト!」
名前を呼ばれた二人の剣士は、リングの上にて剣を構えて向かい合う。イオナもまた、ネオと同じく王国流剣術使いなので、彼の構えをそっくりそのまま写したかなように剣を構えた。
絶対に負けられない。心臓から全身へと送り出されるように沸々と煮えたぎる闘志を理性で抑えつつも、そのタガを外してくれる試合開始の合図を今か今かと待ち侘びる。
対して、対峙する彼はどこまで冷静なようにイオナは感じていた。まるで感情など始めから存在していないかのように、ただ形式に倣って剣を構えているに過ぎない石膏像のようだ。
構えも気迫も並大抵の剣士が持つそれであり、今のところは万に一つも負ける要素はない……そう思っていた。
しかし、彼の出立とはチグハグな彼の纏う独特な空気感が彼女の野生の勘に警鐘を鳴らす。油断するな、さすればすぐに首を刎ねられると。
「なあ、ネオ。お前、ちゃんと本気出してるか?」
何気ない、試合前のちょっとした探りのついでの会話だ。答えられずとも気にはしない、しかし彼は「ふっ」と意味ありげに微笑むとゆっくりと口を開く。
「僕は、いつだって本気だ。この言葉に嘘はない。ネオ・ヨワイネとしての本気、見せようじゃないか。先輩の胸、貸してもらいますよ」
彼の挑発的な発言は実に愉快なものだった。彼もまた一介の剣士らしく、軽口を叩きながら勝負を楽しもうとする余裕くらいはあるらしい。
「はっ、嫌なこった! 私の胸を揉みしだいて良いのは弟のシュウヤだけなんでね。さっさと、終わらせてやる」
だが、やはり思い過ごしだったようだ。彼の実力は一介の剣士のそれ、その見立てに間違いなど存在しない。
未だにぬめりとした納得のいかない感触が頭の中に住み着いているようだが、それも試合が始まれば分かること。勝つと決めた以上、最初の一手は攻め一択なのに違いはないのだから。
「それでは、ネオ・ヨワイネとイオナ・エンペルトの試合を始めます! 試合……開始!」
試合開始の合図と共に、イオナがネオの方へと突っ込んでいく。しかし、これではネオが繰り出す魔力波の餌食となるワンパターンな戦法だ。
「さあ、どう来る?」
「こうすんだよ!」
ネオが相手の周波数に合わせた魔力を放つと同時に、イオナまた同じだけの周波数を持った波、つまり自分の魔力を思いっきりネオに向けて飛ばした。
すると、互いの放った魔力の干渉によって魔力同士は打ち消し合い、そして軽い衝撃波が会場にいる観客の前髪がふわりと揺らされた。
そして、ついにイオナの振り抜いた剣をネオの剣が受け止めた。会場は一瞬静寂に包まれたが、それをひっくり返すほどの大歓声が湧き上がった。
「何と言うことだ! ネオ選手、ここで初めて相手選手の攻撃を剣で防いだ! 流石は準決勝、一筋縄では終わらない! 終われない!」
剣の鍔迫り合いが二秒ほど続いたが、すぐに状況は動き出す。イオナの魔力によって強化された筋力は並大抵のものではなく、今のネオには到底受け止めきれないものだった。
彼女が今度こそ剣を左斜め上に振り上げると、彼の体はゴムボールのように大きく宙を舞い大きく後方へと下げられた。敢えて体全体を地面に叩きつけるように着地することで、衝撃を分散しつつ落下の威力は弱めたものの、転がされたことによる若干の痛みは許容せねばならない。
イオナは特に追撃をするようなことをせず、彼が起き上がるのを待っていた。それは、イオナが彼の強さに対してそれなりの興味を見せていたことに起因する。
ネオは地面へと剣を突き立て、足腰に力を込めて起き上がる。たったの一撃を受けただけで満身創痍、側から見たらかなりのダメージに見えただろう。
しかし、対峙しているイオナには分かった。苦悶の表情を浮かべながらも、瞳や髪から落ちる影の中に高揚感が潜んでいることが読み取れたのだ。
「楽しんでるな……。実力はこっちの方が上なのに、どうしてだ? 負けるのが怖くないのか?」
「愚問だね」
ネオは笑いを堪えるようにしながら、震える唇を懸命に動かして答えた。体はボロボロでも心は微塵も折れていない。
それを証明するかのようにギラリと激らせた闘志を瞳に宿し、全身から発せられる気を剣先に乗せてイオナへと向けた。
「負けるのが怖くて大会になんて出られないよ。確かに、この勝負の行く末は決まっているかもしれない。けれど、決して諦めない。僕は僕なりに全力を出して、出し尽くす。それが、僕の信念だ」
「……悪かったな、水を刺しちまった」
「お互い様だよ。ごめんね、僕なんかが相手で」
「良いってことよ。お前は、これからも強くなる見込みがある。その信念、死んでも貫け」
「無論だよ。さあ、終わりにしよう」
互いに剣を構えて、視線の先に相手を見据える。周りからの歓声も、客席に座る人たちの視線も、背後に映る景色や青空さえも避けて、他の一切には目もくれない。
神経を研ぎ澄まし、全身の血が指先へと巡るのを強く感じ取る。瞳を見開き、心臓の音が耳元で聞こえてきたその時、二人は同時に動き出した。
互いの魔力が己の手に持つ剣へと注がれる。気迫、闘志、野望……それらの全て余すことなく乗せられた一撃は、相手を確実に穿つための凶器と化す。
鋼同士のぶつかる甲高い金属音が鼓膜を打った。拮抗したのは一瞬で、次の瞬間には決着が着いていた。
金属の塊が礫となって砕け散る。白い魔力の光によって飲み込まれた金属片は蒸発し、やがてその先にいた者を焼却せんと襲いかかる。
目を見開いたのはネオの方だった。目の前に迫った光の束に対して、彼は成す術がないことを悟るとそっと目を閉じた。
目の前を光が覆うのと、巨大な爆発音が響いたのは同時刻だった。闘技場の壁まで吹き飛んだネオの体は鉄の壁に埋まった後、重力に従って地面へと落下した。
この時点で勝敗はついた。審判はこれ以上の戦闘が起こらないよう、慌てて試合結果を通達する。
「ネオ・ヨワイネ戦闘不能! 勝者、イオナ・エンペルト!」
わああぁぁぁぁぁぁ! かつてないほど先の見えない攻防に、会場に歓声の嵐が巻き起こった。
意識不明となったネオはすぐに担架で治療室へと運び出されていく。その姿を見送ったイオナは、最後の瞬間での出来事の手応えの無さに違和感を覚えていた。
「あの時……。重みをあまり感じなかったのは……」
確かに、己の魔力と彼の魔力はぶつかったはずだ。しかし、あまりにぶつかったという感覚が曖昧で、彼が弾き飛ばされた時もどちらかというと吹き飛ばされたというより、わざと後ろに飛んだような印象の方が強かった。
「……ああ、くそ。考えてもわからねえ。やっぱり、考えるのは苦手だな」
気を紛らわすために後頭部を掻いたイオナはともかく、自分が無事に決勝戦へと勝ち上がれたことを素直に喜ぶことにした。
ユイナは確実に決勝戦へと勝ち上がってくる。対峙した自分が彼女にどれだけ追いついたか試すチャンスがやってきたのだ。
「……ユイナ。お前に、絶対勝つからな」
決勝戦はすぐに始まる。少しでも疲労回復に努められるよう、やや急足で控え室へと戻って行ったのだった。
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