第39話 いよいよ、武闘会とやらが始まるらしい

「それにしても、酷い目に遭った」


 僕は現在、学園の中にある保健室的なところのベッドで天井と睨めっこをしていた。


 思い出すな〜。中学生の頃とかは出たくない授業があったり、嫌なことがあった次の日とかは仮病を使って保健室に篭ってたっけ。


「嫌なことと言えば、あの王女だよ。まさか、僕のことを躊躇もせず盾に使うなんて……。まあ、そのお陰で武闘会で負けた時の言い訳が一個できたけどね。まさに、怪我の功名ってやつかな」


 あの授業の後、アリスティアに引き摺られながら戻ってきた僕の惨状を見たゲヘナ先生が血相を変えて学園へと直帰、そこから緊急ってことで保健室に連行されて今に至る。アリスティアは僕の心配をするどころか、容赦なく「武闘会までにコンディション整えておいて」だからとんだパワハラ上司な感じだった。


 保険医の先生に診てもらったところ、僕の怪我は腹を貫かれたことによる大量出血で貧血を起こしたのと、後は軽く骨が何本か折れたって感じだった。今も少しばかり体が痛みを感じて所々から悲鳴が聞こえてくるけど、実はそこまで大したこと無かったりする。


「軽く、で済ませたとはいえやっぱり痛いものは痛いよね。我慢はできるし、もう慣れてるけどさ」


 アリスティアに盾にされて巨大蜘蛛の攻撃が飛んできた瞬間、僕は蜘蛛の足が刺さりそうな箇所の内臓を魔力で紡いだ細い糸で引っ張って避けておいた。だから、体に穴が空いたくらいで特に重大な怪我には繋がらなかったのだ。


 それで、飛ばされた時は肉塊に変えられたっていう演出をするために茂みの奥に飛んだ時に魔力で上手く着地した直後、予め魔力感知で掴んでいた適当な魔物を潰しておいた。最適な魔物がいなかった時は、最悪自分の腕一本を犠牲にして後から再生する予定だったけどね。


 骨折に関しては、僕が支障なさそうな範囲で適当に折っておいた。だって、あんなに派手に飛ばされたのに無傷だったらおかしいからね。


 取り敢えず利き手じゃない左手、利き足の右足と、肋骨を二本ほど。この程度なら死ぬことはないし、折り方を間違えなければ日常生活に支障は生じない。


「僕がこうも体の構造を理解できているのは……。実は、魔力で体を再生する実験を自分の体でしたからなんだよね。腹とか腕とか、治せそうなところを捌いて中を覗いて、自分の体の仕組みを理解して……みたいな感じ」


 魔力を持っている人は、是非とも試してみてほしい。自分の体を知れる機会なんてそうはないし、いざって時に対処療法とかしやすいからさ。


「本来、全治一ヶ月くらいの怪我だけれど、利き手は使えるし無理のない範囲なら武闘会自体への参加は可能らしい。まあ、何があっても自己責任っていうのがルールの一つらしいから当然っちゃ当然か」


 因みに、これは保険医の先生から聞いたんだけど、武闘会は来週の開催らしい。興味なかったから日程とかすっかり忘れてたけど、この状態でなら試合の運び次第では負けても仕方ないと思わせられるかもしれない。


「さて、変な繋がり方をしないうちに残りの傷と骨折を治して……っと。これで良し」


 左手、右足、あとは肋骨も問題なさそうだ。傷も完全に塞がったし、後は怪我が治ったことを悟られなければこれ以上に余計な問題は出てこないはずだ。


「さて、これからどうしようかな……。取り敢えず、武闘会までは怪我を理由に適当に授業をやり過ごしておいて……。後は、魔王をどう登場させるか考えて……」


 などと言っていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。今は保険医の先生は席を外してるから僕が対応した方が良いのかな?


「どうぞ〜。空いてるから適当に入って〜」


「失礼します! 兄様! お怪我は大丈夫ですか!?」


 入ってきたのは、どこから聞きつけてきたのかユイナだった。彼女は僕を見るなり、もうジェット機くらいの勢いで飛びついてきた。


「兄様、心配したのですよ? 魔物をお腹に刺されてしまったとか。痛いところはないですか? 痛いの、痛いの、飛んでいけくらいはした方が良いですか?」


「大丈夫。僕の怪我は軽い骨折とか貧血らしいから、そのうち治るよ」


「おいたわしや。代わって差し上げられるなら、このユイナが代わってしまいたいです」


「心配してくれるだけで十分嬉しいよ。ほら、よしよししてあげよう」


「はう……」


 かなり興奮していたらしい彼女も、頭を撫でていると自然と呼吸も安定してきた。こういう自分からグイグイくるタイプはアテナ辺りで扱いに慣れたからね、まるでペットみたいで愛着すら湧いてきそうだ。


 そして、そこにはもう一人意外な客人が来訪していた。


「よっ、邪魔するよ。随分と酷い怪我を負わされたみたいだな」


「どうも、イオナ先輩」


 ぶっきらぼうな感じの雰囲気を漂わせて入ってきたのは、シュウヤの姉のイオナだった。今朝会って以来だから割と早い再会になったけど、寝起き、姉ときて、今度は友人ポジション的なノリでやってきた。


 この人、キャラの使い分けも上手いけど気配の消し方も巧妙だよね。ユイナの強い気配に隠れてやってくるなんて、思っていたより結構強いのかも。


「先輩なんて仰々しい。イオナって呼び捨てにしてくれて良いぞ?」


「随分と馴れ馴れしいですね。まあ、妥協してイオナさんくらいにさせてください」


「ああ、いいぜ。先輩でなければ、好きに呼んでくれて構わない。あと、敬語はなしだ。付けたら口聞いてやらん」


「ユイナはどうなんです?」


「こいつはデフォでこれだからな。友達として、特別に許してるんだよ。でも、お前はダメだ。こういうのはきちんとしとかないとな」


「……じゃあ、分かった。これで良い?」


「いいな、素直な奴は嫌いじゃない」


 この人の琴線がどこにあるのかイマイチ掴めないけれど、取り敢えず従っておいた方が無難そうだ。


 彼女もユイナの後ろまで近づいてくると、僕の怪我をまじまじと観察してきた。まるで見定めるかのような目つき、まさか治ってることがバレるかと思ったけれど……。


「派手にやられたな。腹を一発と、転がった反動で骨折か。あたしも何度かやってるから分かるわ。誰にやられたんだ?」


「ギガスパイダー? っていう大きな蜘蛛。見た目が気色悪くて、見ているだけで鳥肌が立ちそうなやつ」


「お、あいつか。あれはとんでもねぇほど硬い外殻を纏ってるからな。並大抵の剣術と魔力じゃ歯が立たねえ。どうやって生き延びた?」


「僕は出会い頭に一発貰って即退場した。やったのはアリスティアだよ」


「アリスティア王女殿下か……。ありゃ、基礎は身についてるが剣がまだまだ幼すぎる。そうは思わないか、ユイナ?」


「そうですね〜……。あの方が剣を振るう姿は演習を覗き見て把握していますが、基礎ができているだけで素直過ぎると思います〜……」


 ユイナの語尾がへな猪口なのは、どうも僕に撫でられていることが原因らしい。飼い主に懐く犬のように頰を緩ませ、今にも溶け出してしまいそうだ。


「いつまで撫でられてんだよ」


「だって、好きですもの〜……」


「まあ、気持ちは分からなくもねえよ。あたしも、シュウヤのことを可愛がるのは好きだからな」


 何か通じるところがあるらしい、イオナも云々と同調して頷く。イオナは僕とは違って弟、妹を真剣に可愛がりたいタイプのようだ。


 朝の様子から見ていても、二人の中は良好なようだし? シュウヤ自身もシスコンだとか言ってたし、お互いにとって必要不可欠な存在同士なのだろう。


「そういうわけだから、僕は何もしてないんだ」


「……そうなのか?」


 ユイナはずっと撫で撫でに夢中だ、イオナはその隙をつくかのように僕の顔を覗き込んでくる。二つの黒目に見つめられると、澄んだ水晶体の奥に潜む野獣のような鋭い視線に貫かれて引き込まれそうになる。


「お前、何か隠してないか?」


 これはただの勘で、ただの踏み絵なのだろう。彼女は僕の正体に気づいていない、ならば僕はいつものように道化師を演じるだけだ。


「何も隠してないよ。僕は、赤組底辺剣士なんだからさ」


 嘘だ、本当は隠している。けれど、僕はただニコニコと笑顔を浮かべて血肉に飢えた肉食獣が通り過ぎるのを穏やかな心で待ち続ける。


 僕の真意を確かめるためなのか、まだまだじっと熱い視線を向けられ続けた。しかし、流石に無駄だと分かったらしく「そうか」と言って引き下がった。


「まあ、だろうな。初めて会った時は、中々強そうだと思ったんだが……。寝ぼけてたんだろうな、きっと。お前は、守られら側の人間だ。まさか、王女様がそこまで強いとは思ってなかったし……。少し、勘が鈍ったかもな」


 剣が錆び付いているのか、判断できるのは己だけだ。彼女がそう思ったということは、文字通り錆び付いてしまっているのだろう。


 顎に手を添えて何やら考えていたらしい彼女は、「よし」と小さく口にしてニヒルな笑みを浮かべた。


「ちょっくら剣を振ってくる。後は、二人でゆっくりしてな」


 そう言い残すと、彼女はさっさと保健室を後にしてしまった。どうやら僕と同じで、考え事をしていた時に頭をスッキリさせたい時は剣を振るらしい。


 さて、後は残ったユイナを引き剥がせば任務完了だ。次の武闘会はせっかくだから、魔王として乗り込む場面を作ってみたいと思っているのでそのための作戦を練らないといけないからね。


「ユイナ。そろそろ、離れようか。ぼくはゆっくりしたいんだよ」


「名残惜しいですけど、仕方ないですね……」


 僕が手を離そうとすると、手のひらに頭を擦り付けてきて全然離れようとしない。仕方ないとは言いつつも、まだまだ甘え足りないらしい。


「ほら、シャキッとして。勇者がこんな姿を見られたら恥ずかしいでしょ」


「私は別に……。いえ、やめておきましょう。でも。それなら最後に一つ聞かせてください」


「どうしたの?」


「どうして、実力を隠してらっしゃるのですか?」


 ユイナの発言に、僕は動揺などしない。熟練の相手なら瞳の動き方や瞬きの回数、呼吸の仕方、心拍数などからも相手の変化を読み取れてしまうのだから、敢えて警戒しないという方向性で話を進める。


「どういう意味?」


「イオナさんにはあんな風に仰ってましたが、本当は私なんかより魔力量が多く、技術も優れているはずです。まだ私の憶測ですが、ほぼ確信もしています」


 僕は何も答えないし、何も反応しない。ここで何かアクションを起こせば、逆に相手に付け入る隙を与えることになる。


「幼い頃、私の前にいた兄様が一度だけ見せたことがありますよね。私の寝ているゆりかご、そこから見えた兄様はまるで天人のように光り輝いておりました」


 確か、あの時は両親に頼まれてユイナの面倒を見なきゃいけなかった時だ。と言っても、やったのはオムツ変えたりとか、顔芸で軽く笑わせてあげたりとか、魔力で紡いだ蝶や鳥を飛ばしたりとか、ゴミを取ってあげたりとかした程度だ。


 もしかしたらその時、僕が未熟だったこともあって制御しきれなかった魔力が外界に放出されてしまっていたのかも。


「ですが、今や蝋燭の火を吹き消すが如く僅かな魔力しか感じません。それは、つまり……」


 つまり、僕が力を隠してしまっているということ。ここまで指摘されたら、もう本当のことを打ち明けるしかないのかもしれない。


 いや、それはダメだ。それがバレたら、魔王でいられる魔法の時間が終わってしまう。


 理不尽に抗うための虚像たる理不尽を体現することができた今、こんなところで躓くわけにはいかないのだ。


 だから、とことん誤魔化していこう。嘘に塗れることで自分の野望を守れるのなら、僕は喜んで嘘を吐き続ける。


「……僕は力を隠してない。これが、本当の僕なんだ。ユイナ、君が見たのは単なる幻か、もしくは夢だったんだよ」


「分かっています。兄様が本当のことを言えないことくらい。だって、私にに力を隠しているのは兄様がシスコンだからですよね?」


 ……え?


「兄様は私の力を見抜き、そして私の将来のためにわざも汚名を被り、弱い剣士を演じているのですよね? もし魔王の生まれ変わりだとしたら、私は大事な兄様を殺さなくてはならなくなってしまうのでその可能性は考えません。だって、例え魔王の生まれ変わりだったとしても兄様は兄様ですもの。私のために作っていただいた勇者としての人生を、私は全身全霊で生き抜きます。ですから、兄様は何もせずにいてください。むしろ何もしないで? 私の紐になりましょう、そうしましょう!」


「待て待て! 何か凄く危ない雰囲気だから一度落ち着こうか! 妹がブラコン過ぎるヤンデレなんてゲームとか音声作品くらいで十分お腹いっぱいだから!」


「さあ、遠慮しないで! 私の管理下で、永遠に働かず動かざる人生を過ごしましょう!」


「た、助けて! 重度なブラコンヤンデレ妹に監禁される!」


 まるで執念深い蛇のような瞳をギラリと光らせ、僕にアダルティに絡みついて絡め取られようとしたところ、近くを通りかかった生徒に救われた。


 ありがとう、モブAさん。君のことはたぶん、きっと忘れないと思う。


 結局、僕が何度説明してもユイナの誤解を解くことは叶わなかった。自分にとって都合の悪いことは聞こえない畑の人間、ちょっと多くない? 僕も含めて。


 それからも怪我をした以外に特に変わった日常が訪れることもなく、武闘会は予定通り行われることになった。いよいよ僕の、魔王としての舞台もまた幕が上がりつつあったのは言うまでもないかとだった。

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