第36話  悪巧みをするのは楽しいけれど、誰とするかは重要だと思うな

 今日の授業内容は、王都郊外の森で魔物狩りの練習をするということだった。なので、歩いて小一時間くらいの森の入り口付近にやってきたのだけれど、僕たち赤組は今もまだ黒組と合同での訓練をせざるを得ない形を取らされているせいで四十人近くの大所帯だ。


 クロイツ先生とケビン先生はどちらも一身上の都合により退職するという旨を、あの事件の後に唐突に伝えられた。ルナたちの報告によると、クロイツ先生だけでなくケビン先生もあの事件の首謀者だったらしく、アテナによると「末端の人間だったので、大した情報を持っていませんでした」とのことで、きっちりと後始末をしてくれたらしい。


 他の皆も、突如として行方不明になった二人と、同時期に起きた誘拐事件への関連性を疑っているのだろうけれど、もう誰もそのことを口にはしない。学園側が一身上の都合で辞めたと言っているのだからそうなのだろうと思うことで、安心して学園生活を送りたいのが本音なのだろう。


 それに、この一件ではユリティア王女殿下も表向きは亡くなったことになっている。王族の死に関して悪戯に噂すれば上からどんな圧力を受けるのか分かったものではないし、触らぬ神に祟りなし、臭い物に蓋をする、といった側面も持ち合わせている。


 そんな事情を踏まえて、僕たちは臨時で担当教師をしてくれているゲヘナ先生について来たわけだ。気難しそうな顔をして、表情をムスッとさせた高身長な男性……イメージとして、凄くルールに厳しそうだ。


「今から、お前たちには森の中に魔物狩りに行ってもらう。あまり強い魔物は生息していないが、一歩間違えば命を落とす危険もあるので油断はしないように。まずは、二人一組のペアを作れ」


 ゲヘナ先生の醸し出す厳格な堅苦しい空気感に逆らう人はおらず、大人しく二人一組のペアを作り始める。前の授業より会話も減ってやりやすくはなっているけれど、人によってはやりずらい授業になったかもしれない。


「さて、僕はどうしようか……」


 僕は人族とあまり慣れ合いっていうのをしたくはない。自分の仲間が所属している種族を平気でぶっ殺すヤバヤバ野蛮人さんたちと仲良くしたいって思う人がいないようにね。


 適当に気配を消してグループ作成時間をやり過ごして、皆が出立した頃を見計らって僕も単独で森の入るか。確か、この森の中での魔族の救出作業は完了しているってルナがこの間言っていた気がするし、魔族が見つかる心配はないだろう。


 だから、課題で必要な最低限のレベルの魔物を狩って、あとは強い魔物が居そうな方向に進軍するって感じが良さそうだ。まだまだ必殺技の練習もし足りないし、魔物相手なら躊躇とか遠慮とかしないでサクッと実験できるから都合も良い。


「じゃあ、さっさと隠れて……」


「どこに行くつもりかしら?」


 ……おかしい、とっくに気配は消えているはずなのに。どうして、僕の左肩はがっちりと掴まれているのだろうか?


「……ちょっと散歩に行こうかと思ったんだよ。だから、この手を離してくれないかな? アリスティア」


「嫌よ。あなたは私とペアになるの。異論も反論も一切認めないわ」


「誰が決めたのそんなこと」


「私に決まってるじゃない。あんたは私の奴隷になったんだから、従うのは当然よね?」


 僕は彼女の手から逃れようと身じろぎするのだけれど、彼女もまだまだ本気ではないらしく握力を上げてきた。っていうか、そこ骨の間だから地味に痛いんだけど。


「……じゃあ、クーリング・オフってことでいいかな? まだ契約からそんなに日にち経ってないし、あの話は無かったことにしたいなあ。あと一つ付け加えておくと、僕は奴隷じゃない」


「認めるわけないでしょ、そんなこと。あと、奴隷じゃないなら家畜ね。あんたは私に良いように使われてれば幸せなの。分かった?」


「人の幸せを勝手に決めないでくれるかな。思わず殴っちゃいそう」


 そこで僕の頭に落ちるグーパン。しっかり魔力も篭ってたし、ちゃんと魔力でガードしてなかったら頭部が潰れたトマトみたいになってたかも。


「私に逆らわないで。でないと殴るわよ?」


「手を出してから言うことじゃない気がするなあ」


「ともかく、あんたは「はい」って返事しとけば良いの」


「へーい」


「返事は?」


「……はーい」


「わざわざ伸ばし棒を入れない。本気で殴るわよ?」


「……はい」


「素直でよろしい」


 彼女は僕の右肩掴んだまま正面に回り込むと、今度は僕の襟首をしっかりと握って悪辣な笑みを浮かべた。


「……いい加減離してくれないかな? 苦しいんだけど」


「離したら逃げる気でしょ? そうしないために、今まであなたの姿を見失わないよう神経を張り巡らせたのだから。飼い犬には、首輪が必要だものね」


 僕は内心で舌打ちをしつつ、何とか平然を取り繕った。アリスティアはこの演習に同行し始めた段階で僕の魔力だけを監視、追跡して一緒になる機会を窺っていた。


 その理由は察するまでもなく、例の取引の件に関係することだ。そして、僕を武闘会に推薦した理由もそこにあると考えるのが自然……か。


「大人しくなったってことは、事情は察せたのかしら?」


「うん、大体はね」


「気づくのが遅過ぎる。今度からは、もっとスマートに動きなさい。姉様の彼氏がそんなだと困るわ」


「努力はするよ」


 それ以前に、君とは関わりたくなかったとは言わないでおく。事情を聞かなければ武闘会も、無難にやり過ごせるかと思ってたのが全部パーだ。


「ペアは作れたか? ならば、さっさと森に入るといい。狩ってくる魔物は一組につき五匹。種類は問わない。強い魔物であるほど加点は多いが、判断を誤れば死ぬ。せいぜい、生き残って戻ってくることだ」


 ゲヘナ先生の号令で、次々とペアを作った生徒たちが森の中に入っていく。


「さあ、私たちも行くわよ」


「ぐへっ」


 彼女が思いっきり首を引っ張るものだから、変な声を出してしまった。すると、アリスティアは更に不機嫌そうに首を強く締め始めた。


「返事は、はいでしょ!」


「苦しいから、まずはこの手を離すところから始めようか」


「離すわけないでしょ。さっさと歩く」


「……はい」


 アリスティアは宣言通り、僕を逃さないよう襟首を掴んだまま進軍し始めた。今の僕には対抗する力も気力もないので、大人しく従うことにして鬱蒼とした森の中へと足を引き摺られていった。

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