第4話 銀髪の少女

 五歳にもなると、ようやく僕の魔力量が一般人並みになったことを両親は大いに喜んだ。


「やったわ! ついに我が子の力が開花し始めた!」


「この調子で魔法剣術にも力を入れていくぞ!」


 というわけで、僕は魔法剣術とやらを習わされることになった。師範はうちの母親、実は父親は名前の通りマジで弱くて、本当に強いのは母の方だったのだ。


「ほら、もっと腰を入れて突いて!」


「やあああ!」


「はっ!」


「うわーー!」


 木剣を持たされた僕は父や使用人たちが見守る中、母と一緒に撃ち合いをしていた。ここのところ毎日、日が沈むまで休む暇もなくやり続けている。


 母の剣は鋭く速く、この世界基準で言えば卓越しているのだと思う。魔力を剣に乗せて、しかしこちらの剣が壊れない程度に加減し、でも痛めつけて感覚を体に覚え込ませる。


 こうして宙に舞って風に流されているのも、母が僕に一日でも早く王国の剣術を身につけさせるためだ。正直、前世の僕が見たら目を覆いたくなるような無様な姿だけれど、地面を転がり土の泥苦さを知っておけば地に這いつくばらないよう自分でもより努力するだろう。


「母様、もう少し手を抜いてよ。厳しすぎるよ」


「あなたはヨワイネの長男です、泣き言は許しません。さあ、もう一度立って剣を構えなさい!」


 仕方なく、僕は言われた通りに剣を構える。確かに、この世界の剣術にも長所はある。


 前世で使っていた竹刀や木刀とは違う西洋剣術で用いられる木剣は、とても素早く連続した攻撃に特化している。魔力を乗せることで攻撃力も増し、使い方によっては一撃必殺の攻撃も可能な柔軟性もある。


 学ぶべきところは多いし、決して稽古が無駄とは言わない。でも、やはり発展途上の中世時代、無駄な動きが多いし隙もある。


 だからこそ、僕が前世で身につけた剣術のパターンと組み合わせれば母など恐るるに足らず。何なら、ここでこてんぱんにして稽古をつけるのを辞めてもらうこともできる。


 けど、そうはしない。魔力が最低ラインの僕が紫の一歩手前くらいの力がある母に勝ったらおかしいからだ。


 結局、剣術云々は大事だけれど、魔力がバカみたいに多ければ実力差をひっくり返すこともできる。ここはそういう世界で、剣術と魔力の両方で高い力を持つ母はどちらも底辺クラスの父よりもずっと強いのだ。


「さあ、剣を握って!」


「はーい」


 よいしょっと、僕は立ち上がってどう手加減しようか考える。魔力はあまり込められないし、剣術も相手のレベルに合わせるっていうのは結構疲れる。


「ネオ、あなた……」


「どうしたの、母様?」


 母が怪訝そうな顔をして、じっと僕を見つめてくる。まるで瞳の奥にある何かを覗き見ようとしているみたいで、あまり心地の良いものじゃない。


「あれだけ吹き飛ばされても傷一つなく、疲れてもいないようね」


「そ、そうみたいだね。毎日吹っ飛ばされ過ぎて、慣れちゃったのかな?」


「……そういうものかしら。なら、一層鍛錬に力が入れられるわ。さあ、もう一度!」


「えぇ……」


「返事は、はいでしょ?」


「はーい」


「間を伸ばさない」


「はいはい」


「返事は一回!」


「……へい」


 露骨に嫌そうな顔を見せつけながらも、厳しい稽古が終わることはなかった。それもこれも全ては、僕の演技がまだまだ未熟なせいなんだけれどね。


 だって服が汚れるのは嫌だし、大して疲れる訓練でもないんだもの。


 こうなったら、傷や汚れは魔力の色合いで偽装して、更に魔力を用いて意図的に心拍数を上げれば発汗や息切れを促せるだろうか? 今度からは、そういったことにも力を使って魔力制御をより緻密にできるようにしていこう。


 そうした訓練が続く中、やはり自分の腕を上げるためには全力で戦う必要があると個人的には思っている。手加減ばかりに慣れてしまって、いざとなった時に全力が出せないというのも間抜けな話だからだ。


 そんな困ったお悩みを解決するべく、練習相手に僕が選んだのは例え殺してしまっても問題の発生しない人物たちだ。


 夜、屋敷を抜け出してやってきたのは領内の外れにある森林地帯だ。ここには、僕の獲物となる人物たちがフナムシのように湧いてくる。


「よお、坊ちゃん! 奴隷にされたくなかったら、有金全部出せよゴラァ!」


「良い子だから、言うこと聞けるよな? 良い服着てんだ、さぞ良い家の生まれなんだろう? 仮面を取って素顔を見せてくれよ」


 ガタイは良いが素行が悪く、顔つきも不細工ばかりのごろつき連中。こいつらは、ヨワイネ男爵家の管理が行き届いていない場所を縄張りにして、通行人や商人から金品を奪う盗賊さんたちだ。


 家がもっと力のある貴族なら、自警団とかを雇って領内のゴミ掃除も簡単にできるだろう。けれど、そんなことにお金を回す余裕もないので、悪いことする奴らが味を占めて住み着いてしまうのだ。


 放っておいたら、いつ実家の方に火の粉が飛んでくるとも限らない。ならば、お掃除ついでに僕のサンドバッグになってくれた方が利用価値もあるし、彼らにとっても良い勉強になるだろう。


 人の島で悪さをしたらどうなるのか、あの世で後悔することになるだろうけれど。


 今の僕は、魔力で編んだ魔王っぽい洋装とローブに身を包み、顔を怪しげな黒い仮面で隠している。


 魔王になるなら、やっぱり形から入らないとね。僕は魔王の生まれ変わりではないけれど、こういったハッタリは大事だと思うからね。


「さあ、どうするんだ?」


「どうするも何も、選ぶのは君たちの方だ。選べよ、金か命か」


「はあ? 何言ってだクソガキ?」


「聞こえなかった? 謝礼金だよ、謝礼金。人の縄張りで好き勝手に暴れやがって、対価を払うなら命までは取らないっつってんの」


「ふざけんじゃねえよ! 武器も持ってねえお前に、何ができるってんだ!」


 相手は剣に魔力を込めて襲いかかってきた。手に武器を持たない僕はこのまま一刀両断される、何て思っていたら首が吹っ飛ぶよ?


「まあ、もう遅いけど」


 直後、襲いかかってきた盗賊の首は仲間達のところへと返還され、制御を失った体が僕の目の前で地に伏した。噴き出て流れる赤い血が足元に広がり、仲間の惨状を見た残りの盗賊どもが顔を青褪める。


「あいつ、どこに武器なんて隠してやがった!」


「だが見ろ! あいつの手に剣が握られてるぞ!」


 彼らの注目はすぐに僕の右手に握られた漆黒の剣に向けられた。月光すらも飲み込むほど闇より暗く、剣先にかけて非常に鋭利で斬れ味は盗賊さんで証明済みだ。


 魔力はある程度のエネルギーを持つと質量と実体を伴うようになる。僕の格好も魔力で作ったものだし、これだと変身や武器の携帯も凄い楽なんだよね。


 まあ、この世界に住む一般人や貴族程度の魔力量じゃ実体化は不可能だろうけれど。その分、頑丈だし好きな形に変形できるから戦闘スタイルに合わせることもできて柔軟性も高い。


「やっぱり、武器はこうでなくっちゃ。品質と使いやすさを重視するのは剣士として当たり前……」


「オラァ!」


「人の話は最後まで聞こうよ」


 襲いかかってきた彼の剣を避けて、再び首を切断する。もっと遊んであげてもいいんだけど、あまり長引かせても面倒な上に痛ぶってるみたいで気分も良くない。


 弱い人間には、それに相応しい末路を与えよう。増して、良い子で待てもできない奴なんて必要ないから。


「じゃあ、残りの盗賊さんたち。言い残すことはある?」


「この、化け物が!」


「やっちまえ!」


「仲間の仇ぃぃぃ!」


「はい、さようなら」


 僕は魔力を具現化させて飛ばした槍をそれぞれの心臓に突き刺し皆殺しにした。こうも呆気なく終わると詰まらない……。


「せやぁ!」


 後ろから剣を振り下ろされたので、特に視線を向けることもせず魔力で作ったバリアでガードする。相手は何度も剣を振るうが、その程度では障壁はびくともしないから安心してほしい。


「やっと出てきたか。頭が部下のピンチに駆け付けず、茂みでこそこそと恥ずかしくないの?」


「うるせえ! よくも仲間達を……。許さねえ!」


 茂みの陰から様子を窺っていたのは、この集団の統領に当たる人物だ。醸し出す気配が他の構成員とは違うからすぐに分かったけれど、もっと上手く気配を消した方が良い。


「それに、背後から近づくなら静かにやらなきゃ」


「っ! 何だ、この壁……。全然、ビクともしねえ!」


「君はその程度の実力だってことだよ。大人しく逃げていれば追わないであげたのに。向かってくるなら、容赦しない」


「うわあああああああ!」


 障壁は魔力の棘を生成すると、飛び出したそれらが彼の全身を串刺しにして風穴を空けまくった。見るも無惨な姿になってしまったが、これは強者に歯向かった大いなる代償だと思って諦めて欲しい。


「ふう、さてと。冒険者が敵を倒したら報酬を手にするのは道理だよね。今回は、何が手に入るかな〜?」


 彼らが守っていたらしい根城はすぐ近くの木々が開けた場所にあった。そこは遺跡みたいになっていて、所々に空き家のような場所もある。


 空き家の中を探ってみると、彼らの隠していた宝物が所々に散りばめられていた。


「うんうん、金貨、銀貨に財宝、絵画……。どれもこれも価値のあるものだけれど、そろそろ保管場所にも困ってきたな。正直、お金以外にはあまり興味がないし。琴線に触れたものは取っておいていいけど……」


 一応、住んでいるのは貴族の屋敷だからね。無駄に部屋は広いから自室の床下やベッドの下、クローゼットなどを改良して保管場所は作っているけれど、このままでは溢れ返って家の人に見つかってしまう。


「まあ、今回は金貨や銀貨辺りで手を打とうかな。残りは、別の保管場所を見つけてから改めて回収すれば良い。誰かに盗られたなら、その時はその時だ」


 僕が金貨、銀貨を回収してここを去ろうとしたとき、ゴトっと部屋のどこかで音がした。電気は点いてない、部屋は真っ暗だけどこの空き家は入ってすぐのリビングだけのはず。


「……気のせいじゃない? 微かだけど、魔力の反応がある。こっちか」


 僕は部屋の隅にあったクローゼットに目をつけた。何の変哲もない道具に見えるけれど、それをゆっくり開けてみると中には布を被せられた大きな物体が入っていた。


「魔法の道具、アーティファクトか。クローゼットの奥行きだけ見た目と違うなんて、これは見落としてたよ」


 目の前のお宝に気を取られて、物音がしなかったら調べることすらしなかっただろう。さて、こんな場所に隠すようなものとは一体何なのか……。


 僕は期待に胸を躍らせながら布を取り払ってみると、そこには何と……。


「……あなたは、誰?」


「こりゃビックリ。僕はとんでもないものを見つけてしまった」


 そう、そこには一般人より長耳で、霞んだ銀髪を頭頂部から引っ提げた、体中泥塗れの少女が閉じ込められていたのだから。

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