第2話 目を覚ますと、というテンプレを体験した

 病院のベッドで息を引き取ったはずなのに、目を覚ますと僕は見知らぬ天井を見ていた。


 状況を把握するために体を動かそうとしたが、体が上手く動かない。というか、自分の手が凄い小さいことに驚きなんだけれど。


 しかし、考えずとも答えはすぐに出た。僕はどうやら、転生というやつをしたらしい。


「あなた、生まれたわよ!」


「やった、男の子だ! これで我が家は安泰だぞ!」


 見知らぬ女性と見知らぬ男性に囲まれて騒ぎ立てられたら、そりゃもう確信に変わるってものだ。


 しかも、単に転生したというわけじゃない。これは間違いなく、地球とは全く異なる常識が蔓延る世界だと理解できた。


「この子の魔力はどれくらいだろうな?」


「分からないけれど、将来有望だと良いわね」


「魔王の転生体じゃなければ何でもいいさ! 我が子はきっと、勇者のような立派な男になる!」


「そうね、きっとそうだわ」


 この胸に感じる高鳴り、鼓動とも恋とも異なる高揚感が教えてくれた。この世界には魔力があり、僕もまたその力を手にする事ができたのだ。


 生後から間もない僕ですら知覚できたのだから、この世界の人間は等しくこの力を有しているのだろう。実際、両親と思わしき二人からも同じような気配を何となく感じ取ることができたからだ。


 頭で考えるだけで体の中を自由に移動して、柔軟に変形させる事ができるのだから面白い。


 少し頑張って集中して見ると、周囲に漂う魔力の気配も感じる取ることができた。今、自分の体内には極僅かな魔力しか存在していないけれど、この漂う魔力を掴んでこちらに引き寄せると……?


 お、できた、できた。自分の体内に魔力がどんどん貯蓄されていくのが分かるぞ。


 この世界の体の構造から察するに、普段は必要以上の魔力を持つことはしないようだ。肉体における魔力の保有限界は存在するけれど、それ以前に魔力という未知のエネルギーが持つ力のせいだ。


 肉体の強度限界、これがあるせいで魔力の保有限界よりも早く限界がやってくる。その証拠に、自分の鼻から何かが垂れてきたのが分かる。


 軽く指で触れてみると、それは紛れもなく自分の血だった。このまま体からの警告を無視して魔力を練り続ければ、あっという間に殺人事件現場の完成だ。


「あなた! この子、鼻から血が!」


「どうしたんだ!? 何かの病気か!? 痛くないのか!?」


「どうしましょう!? 泣かないなんて、本当に大丈夫なの!? というか気づいたんだけど、産声も聞いていないの!」


「何だってええええ!? それは不味い! すぐに医者に見せないといかんな!」


 僕だって、転生した矢先に死んでしまうなんて御免だ。でも、例えばこの限界ギリギリの状態を維持することができればいずれは肉体強度が上がり魔力を扱える量も増えていくはずだ。


 要領としては筋トレと同じ、器が脆いなら丹念に鍛えて強くして、また脆くなったら強くする。その繰り返しを……って、いつの間にか凄い大事になってる。


 え、何? 僕が泣かないから皆騒いでるって?


 ……よし、今は思いっきり泣いて赤子としての使命を全うしようじゃないか。僕が転生してから初めて出す声なんだから、ここは自分の生誕を大いに喜ぶような大声を出してやる!


「おぎゃああああああああ! おぎゃあああああああ!」


「泣いたわ! ようやく泣いてくれた!」


「でも、まだ鼻血は止まっていない! やっぱり医者に見せよう!」


 いや、それは魔力を操作してるせいだから是非とも辞めていただきたい。そう主張したかったけれど、僕には鳴くことしかできないので……続行!


「おぎゃあああああああ! おぎゃああああああああああ!」


 喉がはちきれんばかりの大声を上げて抵抗したが、最終的には医者を呼ばれて体のあちこちを弄り回された。


「良い子だから泣かないでね~。今、全身隈なくおかして……じゃなくて、おかしなところを見ていくからね~」


「おぎゃあああああああ! おぎゃあああああああああああ!」


 しかも、そいつが立派なお髭を蓄えたおっさんだったのがトラウマ過ぎて診察中に泣くのを意地でも止めなかったのは、この世界にやってきて初めてできた武勇伝である。全身をぞわぞわっと逆撫でするみたいな変態的な視線に対してとんでもない身の危険を感じて、危うく蓄えた魔力を暴発させて殺人事件を起こすところだった。


 ともかく診察は無事に終了してくれて、特に異常のようなものは見られなかったとのこと。強いて言えば、鼻血が出たのは魔力に対する感応が人より敏感だからだそう。


 あんな見た目と性癖を持っていても腕は確からしいから、人っていうのは分からないことが多い。両親も結果を聞いてどうやら満足しているらしかった。


「ただ、お気を付けを。もしかしたら、魔王の生まれ変わりの可能性もあります」


「そんな……」


「まさか、もしもそうなったら……」


「ええ、彼を教会に差し出して殺してもらわねばなりません。魔王は人類の怨敵、絶対に復活させてはなりませんから」


「ああ、やはり予言は本当だったのね?」


「ここ百年以内に最恐最悪の魔王『イグニス』が転生……。かつて、勇者軍が勝っていなければこの世界は魔族で蔓延っていたとも恐れられる存在が、我が子に宿っていたら……」


「まだ決まったわけではありませんから、ご安心を。三歳になったときに行われる魔力測定の儀式を乗り越えれば大丈夫です」


「大丈夫よね、あなた?」


「きっと大丈夫だ、うちの子は魔王なんかじゃない! 勇者になる子なんだから!」


 何やらジェットコースター級に話の浮き沈みが激しくて全部理解できたわけじゃないのだけれど。


 要するに、勇者が倒したらしい『イグニス』っていう最恐最悪の魔王が、ここ百年以内に転生する。で、その転生体が僕かもしれなくて、もしも僕が『イグニス』と同一の存在だと判断されたら殺されちゃうってことか。


 どうしよう、いきなりバッドエンドルートまっしぐらな展開だ。このまま魔力を増やす練習を続ければ、三年経てば確実に今より扱える魔力は増える。


 そのとき、万が一にでも魔力が魔王とやらに匹敵する力を持っていたら……。僕は生後三年で享年という望ましくない結果が生まれてしまう。


 ……まあ、いっか。その時のことは、その時になってから考えれば良い。


 だから、僕はこの時に決めたんだ。この世界における最強の存在、魔王になってやろうって。


 だって世界最強の力を手にすれば、きっと僕はもう如何なる理不尽にも屈しなくて済むだろう? 今の僕にとって一番大事なことはそれで、これが為されることで僕の人生は前世より一段と輝きを増すからだ。

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