理不尽に抗うための異世界転生譚〜そうだ、魔王になろう!〜

黒ノ時計

第一章 魔王の誕生

第1話 これは、人族の青年が魔王になる物語だ

 僕には、才能と呼べるような物がなかった。


 勉強も、スポーツも、ルックスに関しても、生まれ持った資質を変えることはできない。人一倍努力することはできても、元々の能力値が低ければ上げられる能力の限界も見えてしまう。


 けど、僕は才能なんて言葉で他人の努力を否定したくはなかった。きっと、才能なんて無くても血の滲むような努力をすれば誰だって最高到達点へと至れると本気で信じていた。


 だから、僕はあらゆる方向性からアプローチをして努力をした。僕がそこまで頑張りたいのはきっと、この世界に住む七十億人のうちの一人ではなく、全世界の人間が僕個人の力を認識して、彼らに認めてもらいたかったのだ。


 中学生の時は学力で同世代を上回ろうと頑張ってみた。最初は簡単に一番を取れたけれど、そのうち得た不得手がはっきりしてきたお陰で一番を取るのが難しくなってきた。


 特に、理数系に強くなってしまった自分は文系科目にめっぽう弱く……。しかも、得意な理系科目ですら頭角を表した才能ある御仁には敵わなかった。


 ならばと、高校ではスポーツを頑張ってみた。その中でも人一倍力を入れていた剣道では全国大会に行くレベルまで到達したが、決勝戦前にトラックと正面衝突するという大事故に遭遇した。幸い、死体を失わずには済んだが決勝戦は不戦敗となり、剣道家としての道は絶たれることになった。


 ならばと、大学に入ってからはお金を増やして資金力で世界に力を示そうとした。苦手だった経済学も頑張って勉強し、社会人になってから真っ当に働いて稼いだ給料をFXや投資に使い途中までは順調に資金を増やせた。


 しかし、大震災と呼ばれる災害に見舞われ財産を全て失った。しかも、その際に建物の倒壊に巻き込まれてあっけなく病院送りとなったのは本当に笑えなかった。


 全身包帯ぐるぐる巻きで、手足の感覚も一部存在しない。こんな状態では、例え経済が元に戻ったとしてもまともに生活していくのは不可能だ。


「力が、欲しい……。どんな厄災に見舞われても、理不尽に抗えるだけの力が……」


 他者を寄せ付けない圧倒的な才能すらもねじ伏せられるほどの力が欲しい。


 トラックと衝突しても、建物の倒壊に遭遇しても潰れず、例え四肢を失ったとしてもすぐに再生できるくらいの力が欲しい。


 資金力でも無く、知力でもなく、体力でも、権力でも無く、僕だけが持っているような、それでいて如何なる理不尽が襲い掛かろうと関係のないような特別な力が……。


「僕は、こんなところで……」


 終われない。そう呟いた時には、息を引き取っていたはずだったのに……。


「魔王様、敵勢力の配置と戦力把握が完了致しました。いつでも侵攻可能です」


「うむ、ご苦労」


 今回の作戦は、奴隷として隣国に売り飛ばされそうになっている魔族の同胞を救うのが目的だ。王都に隣接している山脈を越えられる前に捕まえないと、少しばかり面倒だ。


「これより、我らの同胞を救うべく動く。先陣は僕が切ろうじゃないか」


「イグニス自ら出るの? それは、少々危険では?」


 夜闇の中でも月光のように美しく輝く銀色の髪を靡かせながら、僕に付き従う最古の忠臣が止めにかかる。僕の身を案じてくれるのは嬉しいけれど、いつも後ろに下がっているだけだと退屈で仕方ない。


 だが、多くは語らない。魔王としての威厳を保つため、少ない言葉数で自分の意思を明確に伝えるのが肝要だ。


「不服か?」


「いえ、そんなことない。むしろ、あなたが前に出ることで捕まっている子たちに魔王の威厳と強さを知らしめることができる。後々、軍門に加えるのならその方がいいでしょ?」


「そうか」


 相変わらず、ルナは難しいことを考えているようだけど、僕は魔王としてこの世界に君臨できるのならなんでもいいかな。それよりも、もっと強い相手と戦って高揚感に身を焦がしたい。


 僕は一度、後ろを振り返り自分に付き従う仲間たちの顔をずらっと見ていく。ここにいるのは、僕が魔王軍分隊のリーダーを任せている八魔将である。


 それぞれ特技や性格も異なるし、魔族の中でもエルフに獣人、ハーピィ、鬼人など種族も異なる。


 そんな彼らを束ねるのが僕、魔王イグニスだ。イグニスは数千年前に本当に実在した魔王らしいんだけど、今はその名を借りて魔王再来を演出中。


 前の世界では何もかもが上手くいかなかったけれど、ここでは概ね自分の思い通りに事が運んでいる。


 それもこれも、全ては魔王にも匹敵する魔力を持っているからこそ。どうしてこんな力を与えられて転生したのかは不明だけれど、僕は魔王としてこの世界で好き放題するって決めてるから理由なんてどうだっていい。


 今が楽しくて、皆んなが幸せならそれで構わないのだ。


「では、行くぞ。僕に続け!」


「了解!」「はい!」「承知しました!」「ええ!」「喜んで!」「「主人様の仰せのままに!」」「はいです!」


 皆んな違って、皆んな良い。僕が夜空へと駆け上がるように飛翔すると、彼女らもそれに続いて夜空の星々のように散っていく。


 月明かりの階段を滑るようにスピードを上げると同時に、僕は今一度決意を堅くする。


 今度こそ、僕はこの人生を楽しみ尽くしてみせると。そのためなら僕は、この世で一番恐れられる魔王にだってなってやるのだ!

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