第3話

 100年前の勇者パーティーの魔法使いが生きていたのだ。一刻も早く国王に報告をと思いミルリーフは地下の採掘作業を止め、アルカンタラとともにアムハイナ王国に戻ることにした。


「100年経っても馬車は馬車なんだな……」

 帰路を馬車に揺られる2人。目覚めると100年後の世界になっていたアルカンタラは辺りをキョロキョロと見回す。


「ふふ、馬車は昔と変わらない?」

「そうだな。この辺の風景も同じだな。魔王の城が無くなったくらいか?」

「そっか……ここは魔王の城の跡地だったわね。それでアルカンタラがここに眠っていたのね」

 魔王の城での最終決戦、そこでアルカンタラは魔王の攻撃により凍りついたのだ。


「それにしても100年か。信じられないな。これからどう生きていけばいいんだよ……知ってるヤツはみんな死んじまってるんだろうな……」

 アルカンタラは少し寂しそうにつぶやいた。


 アムハイナ王国への帰り道、荒野を馬車で進む2人。

「お、この荒野も昔と変わらないな。モンスターがウジャウジャいたんだけどな……おかしいな? 全然モンスターがいないぞ!?」

 アルカンタラは不思議そうにあたりを見渡す。かつて同じ道を旅した勇者パーティー、その時はおぞましい数のモンスターが襲いかかって来たのだが。


「あー! そうよね。アルカンタラは驚くわよね。

 100年前、魔王が滅んでからモンスターはほとんどいなくなったわ」

「なに? モンスターはもういない?」

 ミルリーフの言葉に驚くアルカンタラ。


「モンスターの力の源は魔王から発せられる闇の力だったと聞いているわ。魔王が滅びたらモンスターは繁殖数も減って、途端に弱体化したのよ」

「そうなのか……弱体化して100年も経てばモンスターも狩り尽くされるか」

「そうね。魔王がいなくなって数年で世界中のモンスターはほとんど滅びたそうよ。

 今の若い人はモンスターを見たことない人も少なくないわ」

「なるほどな。本当に平和が訪れたんだな。モンスターにどれだけの一般人が傷つけられたか……」

 アルカンタラは昔を思い出し、唇をかみしめる。


「……でも問題もあってね。モンスターと戦う必要がなくなった今の時代の戦士は、アルカンタラの時代と比べたら相当弱くなったと老人たちは言ってるわ。

『今の若者はザコばかりじゃ』ってね」

 ミルリーフは悔しそうに言う。


「ふっ、弱体化したモンスターに合わせて人間まで弱っちくなったのか。まぁいいんじゃないか? この平和な時代じゃあ力なんて必要ないだろ」

 アルカンタラは昔と違い、モンスターの影もない荒野を見ながら言う。


「うん……確かにそうだったのよ。今までは……」

 ミルリーフは静かにつぶやく。

「ん? 今までは?」

「最近、世界中のあちこちの国で、今までなら見たこともないような、強いモンスターが現れたという報告があるのよ……」

「ほー? 魔王がいなくなって、モンスターの力の源はなくなったじゃないのか?」

 アルカンタラが尋ねる。


「うーん、そのはずなんだけどね……不思議なことに。

 国王もアムハイナ王国にいつかモンスターが現れるんじゃないかと心配してるのよ。

 だから……アルカンタラに一度国王に会ってもらえればと思ってるのよ。魔王との戦いを経験しているアルカンタラに聞きたいことはたくさんあるはずだわ」


 ミルリーフの言葉にアルカンタラは渋い顔をする。

「……なんかめんどくさいことに巻き込まれそうだな? 国王か……当然100年前の国王から変わってるんだろうな」


『ゴーッ』

 その時、2人が進む荒野に風が吹いた。重たい馬車が揺れるほどの強風。


「凄い風……何かしら?」

 ミルリーフは怪訝そうに空を見上げた。

「……ん? あれは……鳥?」

 上空には大きな黒い影が1つ。一見、鳥のようだがミルリーフの表情がこわばる。


「なによあの鳥? あんな大きな鳥見たことないわ……」

「なんだ? どうかしたのか?」

 馬車に寝転がるアルカンタラも空を見上げる。

「あー、あれは……」

 ミルリーフとは対照的に呑気なアルカンタラだった。


 普通の鳥では考えられない大きさ、真っ黒な尖った羽根をバタつかせるその鳥のような生き物は2人をめがけ急降下してくる。

「く、来るわ! あの鳥……まさかモンスター? マズイはね……」

 ミルリーフは決意したように空に手をかざす。


「お、魔法か? お前はアゼリの血をひいてるんだろ? どんな魔法を使うのか見せてくれよ」

 アルカンタラは嬉しそうにミルリーフに言う。

「あ、あんたね! こんな緊急事態になに呑気なこと言ってんのよ!」

 緊張感のないアルカンタラの言葉にミルリーフは怒りながら腕を空に伸ばす。

 徐々に突き上げたその手に魔力が集まる。

 調査団団長ミルリーフの魔法はアムハイナ王国ではトップクラスの腕前だ。


 そんな魔力を溜めるミルリーフの動きを不思議そうに眺めるアルカンタラ。

「……なあ? なにノロノロやってんだ?」

「ノロノロって……くっ、原始人には私の魔法が分からないのかしら。ただの鳥ならまだしも相手はモンスターなのよ! しっかり魔力をチャージした魔法じゃないと通用しないでしょ!」

 鳥はもうミルリーフのすぐそばまで迫っている。魔力のチャージが終わったミルリーフは迫り来る鳥に魔法を放つ。


「……?」

 アルカンタラはミルリーフの魔法を不思議そうに眺める。

 魔法は鳥に直撃した。しかし、一瞬ひるむも鳥はミルリーフの魔法を突き破り、勢いは止まらず降下してくる。


「アルカンタラ、あぶない! 伏せて!」

 ミルリーフはアルカンタラを守ろうと覆い被さる。

「おいおい……なにやってるんだ? ったく……」

 アルカンタラはめんどくさそうにスッと手を鳥に向ける。

『ピカッ』

 次の瞬間、強烈な閃光が荒野に光った。

「な、なに……? 今の光は!?」

 ミルリーフは状況が掴めずに困惑していた。


『ドンッ!』


 閃光の直後、何かが大きいモノが荒野に落ちる音が響く。ミルリーフが恐る恐るあたりを見ると地面にはピクピクと痙攣しながら横たわる大きな鳥の姿。


「……え?」

 ミルリーフは口をぽかんと開く。

「何だ今の弱っちい魔法は? お前強いんじゃないのか?」

 馬車の荷台に寝転びながらアルカンタラが言った。

「こ、これは……アンタが?」

 瀕死の鳥を指差しながらミルリーフは混乱する。


「お前、本当にソーサーとアゼリの子孫なのか? こんな小さいサンダーバードも倒せないなんて」

 アルカンタラは呆れたように言うとミルリーフの顔色が変わった。

「サ、サンダーバードですって!? 聞いたことあるわ。昔いた凶暴なモンスターだって……この鳥がそうなの?」

 モンスターを見た経験のほとんどないミルリーフは驚いた。まさか自分の対峙していた鳥がモンスター図鑑などで見たことのあるサンダーバードだったなんて。


「凶暴……? サンダーバードは貴重な食料だぞ。なかなかうまいんだよ」

「しょ、食料!? それにしても……私の魔法が効かないモンスターを簡単に倒すなんて……」

「……なあ、この時代の人間、弱すぎるんじゃないか?」

 アルカンタラはアクビをしながら言った。

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