【アナライザー】

小麦子

第1話 再会

驚くくらいの静寂に包まれていた。


私は暗闇の中で息を飲んだ。


胸の鼓動が抑えきれない。


どんどん速くなって、今にも爆発しそうなほど気持ちが高揚していた。


さっきまでの熱狂は台風のように消え去り、代わりに涼しい風が頬を撫でた。


アリーナに詰めかけた約4万人もの観客が、彼らの登場を今か今かと待ち望んでいた。



ベースが鳴り、たちまちビリビリと身体に電流が走った。


ドラムスティックを叩く音がだんだん速くなっていくにつれ、会場もザワザワと蠢き始めた。


次の瞬間、一気にステージが明るくなり、私は思わず目を細めた。


そして、徐々に目が慣れてきた頃、もう一度目を移すと、そこには3人のシルエットがあった。


大歓声の中、彼らの演奏が始まった。

8月の終わり頃、蝉の声はすっかり聴かなくなった。


あんなにあった夏休みも残り僅かだった。


私は親友のトモコと最後の休日を楽しんで、帰路に就くところだった。


明日からは溜まりに溜まった課題をこなさなければならない。


憂鬱な顔で歩いていると、季節外れの鳴き声が、どこからともなく聴こえた。


その瞬間、私は電子レンジに入れられたみたいに、分子レベルで身体が熱くなった。



偶然の出会いだった。


今はそうとしか言いようがない。


周りの動きはだんだん遅くなっていくのに、頭に入ってくるメロディーは徐々に鮮明に形となって浮かんでくる。


そう、それは間違いなく彼の奏でる音だった。


単に音階とか、テンポとかそう言うことではない。


もっと言葉では言い表せない、独特の雰囲気が私を包み込んでいた。




彼は5年前、中学一年生の頃の私の心を奪った、3人の内のひとりだった。


当時彼らを知らない人はいなかったし、テレビやラジオには必ずと言って良いほど出演していた。


彼の名前は樋口竜也。


ベース担当でチームのムードメーカーでもある。


バンドが解散した後は音楽業界から去り、大きな衝撃を与えた。


世界的なギタリストが、こうも簡単に辞めてしまうものなのかと、私は失望した記憶がある。


その一方で、それほどあのバンドチームを大切に思っていたという証でもあった。




私は戸惑うトモコを近くのベンチに座らせ、


「待ってて」


とだけ伝えて荷物を預けた。


私の足は彼の方へ走り出していた。


後から聞いた話だが、その時トモコは私に何度か声をかけたらしい。


しかし、私の耳には心を熱くさせるギターの音しか聴こえていなかった。

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